第6話「羽化」
「あ、兄貴に夢で勉強を教わるって…
桐谷先輩、条件わかって言ってます!?」
もはや猫被ることもできていない栞。
さようなら清楚。
「条件って?」
「兄貴が他の人の夢に入るには、同じ部屋で寝る必要があるんですよ!!」
「えっ!?そうなの...」
顔が少し赤くなる桐谷。
「まあ、家で寝てる桐谷の夢に遠隔で入るのは無理だな」
「こんなケダモノと同じ部屋で寝ちゃダメですって!授業中の居眠りならともかく」
「いやでも...赤点取るワケには...この身ひとつで済むなら...!」
「そんな身体売るみたいな真似しちゃダメですって!!」
いやいやいや。
安心してください、童貞ですよ。
「わかった。じゃあ桐谷がウチに泊まりに来いよ。栞も一緒に寝れば安心だろ」
「ハァーーーー!?!?」
叫ぶ栞。どんどん清楚から遠ざかっていく。
こうすれば栞が代わりに断ってくれるだろう。丸投げ。
「私一人暮らしだし、その方が安心かも」
「ぐぬぬ...いやでも...私にもプライベートってものがですね...」
「栞ちゃん...お願い......!」
両手を合わせ、ウインクをしながら頼みこむ桐谷。
「くそぉ!!可愛いなこの人!!」
栞は顔の良い女に弱いので、普通に折れかけている。
お前もうちょっと自分の意思を貫いた方がいいぞ。将来が心配だ。
「...じゃあ、私にメイクのやり方教えてくれるならいいですよ。
桐谷先輩めっちゃ上手いんで」
土壇場で捻り出したらしい、交換条件。
断ってもらうつもりだったんだけど、まあいいか...
「そんなのお安いご用。一晩かけて教えてあげる」
「いや勉強しねぇのかよ」
こうして、桐谷がウチに泊まりに来ることになったのだった。
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引き続き、屋上。少し時間は経過したが、
相変わらず誰かが来る気配はない。
「で、いつ泊まりに来るつもりなんだ?」
「今日バイトないし、明日は学校休みだし。
ご迷惑でないなら今日が嬉しいかも...」
「別に今日でもいいよ」
「私もいいよ〜てか早くメイク教わりたい!」
常日頃、家事はきちんとこなしている。
家が汚い...なんて状況はないので、いつ客が来ても特に困らない。
「でも、泊まりの道具とかいるんじゃないのか?
一度自分の家に戻ってもらってもいいけど」
「それもそっか...」
「私の貸してあげますよ」
タオルや歯ブラシは良いとして...栞の服、桐谷着れるのか?
どことは言わないがサイズが合わないのでは。
「また兄貴がカスみたいなこと考えてる...」
「っ...!」
「別にフリーサイズの服貸せばいいだけだから。童貞はおとなしくしてて」
おとなしくしてるのに。
というかケダモノか童貞のどっちかにしてくれ。
なぜ両方の業を背負わないといけないんだ。
「ごめんね、栞ちゃん」
「いいですよこれくらい!メイクの授業料みたいなもんです...フフ」
アイツ、自分の服を桐谷に着せてから自分で着たいだけだろ。
栞が俺のカス思考を読み取れるように、俺もまた栞のカス思考を読み取れるのだ。
「ありがと。じゃあお泊まりセットはいらなそうだけど、コスメ買いに行こっか」
「行きます〜〜!!」
「栞ちゃん、ブルベだから私のやつそのまま使えそうだけど...リップは微妙そう」
「わ〜ちょうど新しいリップ欲しかったんです」
楽しそうだね君たち。
よくわからないが、新しく口紅を買おうとしていることはわかった。
「俺が付いていってもしょうがなさそうだから、先に家に帰...」
「何言ってんのよ。兄貴も来るのよ」
「なんで」
「お金出しなさいよ」
「はあ!?」
「妹が可愛くなったほうが嬉しいでしょ?」
「ええ......仕方ないな」
実際、桐谷がウチに泊まるとなれば、栞には色々面倒をかけるだろう。
必要経費と思って割り切ることにする。
「栞ちゃん、つよいね...」
桐谷が若干ビビっていた。
栞が強いんじゃない、俺が弱いんだ。
俺は、弱い...
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近所の薬局に到着。
桐谷と栞はキャッキャと化粧品コーナーを物色し始めた。
俺は完全に蚊帳の外だ。適当に生活用品でも買っておくか。
そういえば、しばらく入浴剤を買っていなかった。
最近はリラックスして眠りやすくなる入浴剤なんてのもあるし、来客のおもてなしに買っておくか。
桐谷が寝付けなければ、そもそも勉強も教えられないからな。
それに経験上、ぐっすり眠ってくれた方が、夢への侵入も安定するのだ。
マジでメイク講座だけで一晩終わらないよな?信じてるからな?
ふと入浴剤を見比べていると、「無限の睡眠へと誘う」という謳い文句の
新製品を発見。また随分と強気に出たな...
製造しているのは株式会社アウト・オー・アニムス。
こんな会社あったっけな...?まあ試しに買ってみよう。
生活用品やら入浴剤の入ったカゴを持って化粧品コーナーに戻ると、
栞が両手いっぱいに抱えた化粧品をドサドサとカゴに入れてきた。
「口紅だけのはずでは...?」
「えへへ」
「えへへじゃないんだよ」
「ね〜〜許して兄貴〜〜教わるために必要なの〜〜」
「...本当か、桐谷?」
門外漢すぎて嘘か本当かわからないので、桐谷に振ってみた。
「まあ、妥協しないほうが良いんじゃない。こういうのは」
「麗奈さん...!」
もう下の名前で呼んでるし。仲良しかよ。
まあ桐谷にケチだと思われるのも嫌だし、買ってやるか。
「しょうがないな、全部買ってやるよ...
来月、三者面談で母さんに帰ってきてもらうから、
その時にお小遣いをねだっておいてくれ。それで補充すっから」
「は〜い」
思わず笑みがこぼれる栞だったが、
対照的に桐谷の表情は少し曇ったように見えた。




