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第25話「イヴとラボ」

俺が眠りに落ちた後。

目の前に広がっていたのは。


一面白塗りの、近代的な施設の中だった。

大量のモニター、ガラス張りの部屋の数々。

見たことのない巨大な装置、大量のベッド。


イヴの夢ということは、ここが母さんの所属している

アメリカの研究室なのだろうか。

知らない人々が行き交っているものの、国籍も服装も様々だ。


来たことがない場所なので、道がまったくわからない。

無論、イヴの居場所もまったくわからない。

うーんどうしよう。ぶっちぎりで孤独だ。


この研究室に知っている人間がいるとすれば、

母さん・父さん・イヴの3人。

父さんもここで研究しているはずだが、

そういえば詳しい話を聞いていない。


適当な人に居場所を聞ければ良いのだが、

おそらく英語が話せないとムリだ。

俺は英語が話せないから、

なんとか日本人っぽい人を見つけるしかない。


適当に歩き回っていると、休憩スペースのような場所に

日本人らしき男性が座っているのを発見。

白衣を着て、コーヒーを飲んでいるイケオジといった印象だ。

どうせこれは夢なんだ。ダメ元で話しかけてみよう。


「あのー…すみません」

「ん?なんだい?見ない顔だね。随分と若いようだ」

「神城小春がどこにいるか、わかりますでしょうか」


とりあえず、母さんの名前を出してみた。


「小春君は私の助手だけど…君は何者だい?」

「僕は神城蒼といいます。小春の息子です」

「君が蒼君か!小春君から話は聞いているよ。

とはいえ、こんな場所で1人でいるのも不思議だね?」

「えっと…」


ここは夢の中なんですよ、と言って通じるだろうか?

アウトソムニアの研究をしている人なのであれば、通じるかも。


「実はここは、イヴが見ている夢の中なんです。

僕はアウトソムニアでその夢の中に入った状態でして」

「そうか。イヴは日本にある小春君の家に行ったのだったね。

小春君の息子である君が、イヴにアウトソムニアを

行使していてもおかしくはない」


夢の中の人間というのは、原則として

夢(・)を(・)見(・)て(・)い(・)る(・)本(・)人(・)の(・)認(・)識(・)に(・)則(・)っ(・)た(・)状(・)態(・)で登場する。

つまり、イヴがこの人を「イヴが神城家に行ったことも、

神城蒼がアウトソムニアを持っていることも知っている人」と

認識しているということだ。


となると、おそらくこの人は。


「あなたは、もしかしてイヴのお父さんの橘博士ですか…?」

「いかにも。私は橘 啓介(たちばなけいすけ)。君のお母さんと一緒に、

アウトソムニアの研究をしているんだ。よろしくね」

「よろしくお願いします。いつも母がお世話になっています」

「いやいや、助けられてるのは私だよ。

小春君は本当に優秀だから」


母さん、ちゃんと活躍してるんだな。


「ところで…もしかしてイヴと同じベッドで寝ているのかい?」

「え!?いやその…イヴが押しかけてきまして」


イヴの父にバレるのは気まず過ぎる。これ夢だけど。


「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。

イヴが不用意に夢に侵入されるとは思えない。

侵入されているとしたら、自ら迎え入れた場合のみだろうから」

「良かったです…わかってもらえて」

「でも、それはそれとして、娘は心配だ。

くれぐれもイヴを裏切らないでくれよ?」

「もちろんです!イヴが嫌がるようなことは、

断じてしませんから」

「まあ、小春君に躾けられたのであれば、

『女性には優しくしろ』と

叩き込まれているだろうからね。安心かな」


もしかして、橘博士も叩き込まれてるのかな。母さんに。


「ところで蒼君、君はアウトソムニアの

発動条件をどう考えている?」

「夢に侵入したい相手と、同じ部屋で

一緒に眠る…だと考えています」

「確かにそれで発動するが…ただ、

定義が曖昧だとは思わないかい?」


定義が曖昧?どういうことだろう。


「特に同じ部屋、という部分が非常に曖昧だ。

たとえばAとBの2つの隣接した部屋があったとする。

この2部屋を行き来するためのドアは開いたままだ」

「Aの部屋に蒼君が、Bの部屋にイヴが眠っていたら、

君はイヴの夢に入れるかい?」


言われてみれば、考えたことも試したこともなかった。

同じ部屋って、どこまでが同じ部屋なんだろうか。


「すみません、試したことがなくて…」

「確かに、どこか遠くの知らない人の

夢に入ることは困難だろう。ただ、

同じ部屋でなくてはならないというのは

蒼君の思い込みかもしれないという話さ」

「なるほど。今度試してみます」


俺の部屋のドアも栞の部屋のドアも開いていると

想像したとき、それぞれ互いの部屋で眠っていても

栞の夢に入れるような気がする。

俺の部屋と栞の部屋は隣接していないけど。


「だから別に、イヴと同じベッドで寝る必要は

ないんじゃないかな…?君を信頼していない訳ではないが、

年頃の男女だし…ねえ?どう思う?蒼君」

「ホントすみません」


橘博士はコーヒーを一口飲むと、あらためて口を開いた。


「イヴはね、戦争孤児なんだ」

「え…」


母がいないとは聞いていたが...そういう事情だったのか。


「そして、被験体としてこの研究所に運ばれてきた。

睡眠研究への適性が高かったことで

あらゆる実験に利用されていたところを、

見るに耐えなくなって私が養子として引き取ったんだ」

「そうだったんですか」

「周りの研究者には、研究を独り占めするためだと

揶揄されることもあった。だが私は、どうしてもイヴに

モルモットのような人生を歩んでほしくなかった」


俺が想像していた以上に、

イヴの境遇はハードなのかもしれない。


「私は研究室に篭り切りだし、妻もいないから、

寂しい思いはさせてしまっているけどね」


なるほど。それで母さんが時折

イヴの面倒をみていたということだろう。


「イヴが日本に行きたいと言った時、寂しくもあったが嬉しくもあった。

これで学校と研究室を往復させる日々を終わらせられると思ったからだ。

君は妹との2人暮らしになれているようだから…イヴのことも、

どうかよろしくお願いできるかな」


「もちろんです。僕も、イヴがあまり遊んだことがないという話を聞いて

ずっと気がかりだったんです。家族のように接して、女の子として

当たり前の日々が送れるように支えます。イヴの望む限り、ずっと」


夢の中でカッコつけても意味はない。

橘博士はこの夢においてただのNPCで、

記憶も経験も持ち帰らないから。

だからこれは、単なる俺の決意表明だ。



////



一方、夢を見ている本人であるイヴは、早々に蒼を発見していた。

元々は夢の中で蒼と交流するのが目的だったが、

慣れない研究所で慌てる蒼が面白くて、

こっそり後を付けていたのだ。


そうしているうち、蒼は橘博士と話し初めてしまい、

内容も内容だったので、出るタイミングを失った。


そして。


2(・)人(・)の(・)会(・)話(・)は(・)す(・)べ(・)て(・)聞(・)い(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)。

無論、蒼の決意表明も。


「アオイ…」


イヴの瞳は揺れていた。

そして夢の世界も揺れ動き始める。目覚めの時間のようだ。

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