第13話「手招きお嬢様」
いつもの放課後。またまた栞がやって来た。
「朝から九条院先輩とイチャついてた兄貴の命を刈り取りに来たよ〜」
兄の命を刈り取るなよ。
「…そうなんだ?」
なぜか前方から麗奈も歩み寄ってくる。命を刈り取るタイプの歩み寄り方だ。
「いや俺が九条院の順位を抜いちゃったから絡まれただけで...てか麗奈、順位見たか?お前2位だったぞ」
「ホントはアンタのこと抜かしてやろうと思ってたんだけどな…でもありがとね」
「いや本当凄いですよ麗奈さん!いくら兄貴に教わったからって、なかなかできることじゃないです」
「栞は何位だったんだ?」
そういえば九条院に邪魔されてしまったせいで、栞の順位を見損ねていた。
「7位。まあ上出来じゃない?今回は麗奈さんに兄貴たくさん取られちゃったし〜?」
「ごめんね栞ちゃん…埋め合わせするよ。なんかしてほしいことある?」
「じゃあ一緒に温泉に行きたいです」
即答。こいつ絶対身体目当てじゃねーか。
「別にいいよ。近場でいいの?」
「いいです〜〜行きましょう!今日行きましょう」
「いってら〜」
「兄貴も来んのよ」
「俺行ってもしょうがないだろ」
「お金払えって言ってんのよ」
「なんでお前が麗奈とイチャつくためのコストを俺が支払うんだよ」
思わずカードゲーマーみたいな言い方になってしまった。
ただでさえアニムスの入浴剤買いまくってお金ないんだ、今。
「ふーん、じゃあ九条院先輩が兄貴に何してたか発表しちゃおうかな〜」
コイツそこまで知ってるのか!?
よくわからんが麗奈の機嫌を損なう気がするからやめ——
「わたくしのことを呼びまして?」
教室に、九条院までやってきた。
いよいよ収拾がつかない。というか何が目的だ。
「あなたたち、温泉に行きたいのでしょう?ウチに遊びに来なさいな」
「お前の家...温泉があるのか…?」
「天然温泉はないですわ。けれど、そこらの温泉よりよっぽど優れた泉質でしてよ」
「そうなのか。なんにせよ、いきなり家にお邪魔するのは」
「九条院先輩の...お屋敷...!?」
栞がめちゃくちゃ目をキラキラさせている。
いやでも、入浴剤の件で疑われたばかりだからな…
「行こうよ兄貴!兄貴だって九条院先輩のお屋敷、行ってみたいでしょ」
「そりゃまあ興味はあるが」
「それに、お金かからないじゃん!...かからないですよね?」
「招待しているのですから、お金なんて取りませんわ。ディナーのフルコースもお付けします」
「え〜〜絶対凄いやつじゃん!!行きたい行きたい〜〜」
明らかに怪しい。いくらお金持ちとは言え、九条院がここまでする義理がない。
だが、疑われている前提であえて飛び込んでみるという手もあるか?
逆に入浴剤の情報や、九条院グループの秘密などを得ることができるかもしれない。
「栞はめっちゃ乗り気だけど。麗奈はどうなんだ?」
「…食べたい」
「え?」
「ディナーのフルコースが、食べたい」
夢の時にも思ったけど、お前やっぱり食いしん坊だな?
栞と麗奈が2人とも行きたいって言うなら、まあ行ってみるか。
「じゃあお邪魔させてもらおうかな。どこへ行けばいい?」
「どこへ行く必要もないですわ。学校からリムジンでお送りしますから」
そりゃあ至れり尽くせりなことで…
俺・栞・麗奈で校門前のリムジンに乗り込んだ時、
全校生徒から死ぬほど注目されたのは言うまでもない。
////
九条院家のお屋敷に到着。リムジンから降りる。
おおむね想像通りではあったが…想像以上だ。
敷地の入り口にはいきなり立派な噴水。遠くにはテニスコートや野外プールも併設されている。
屋敷そのものもとんでもない大きさで、歴史ある洋館ではなく壮大な近代建築といった佇まい。
総じて、「屋敷」よりも「高級ホテル」と表現したほうがしっくりくるような感じだ。
「本日はスペシャルゲストをお連れしましたわ。くれぐれも丁重にもてなすように」
使用人たちに指示を出す九条院。
あんまり構われるのも気疲れするのだが...
「とんでもない場所に来てしまったな」
「凄すぎる…テンション上がるな〜」
「これって家なの…?」
場違いな俺たち3人は、おのおの感想を述べていた。
「あら、もうこんな時間ですわね。早速ですが、夕食のお時間にいたしましょう」
案内されたのは、30人くらい座れそうな巨大なテーブル。
天井にはシャンデリア。蓄音機のようなものからはジャズが流れている。
制服姿の高校生4人が着席するにはあまりにも不釣り合いな空間だった。
いやまあ、九条院だけは釣り合っているのだろうけど。
「料理は順に運ばれてきますから、お好きに食べてくださいな」
すでに何かしらの冷製スープが卓上に置かれている。
ビシソワーズかと思ったが、どうやら違う。
「兄貴〜すごい美味しいよ」
一応、礼儀・作法については備わっている栞が、
スプーンで冷製スープをすくいながら感動していた。
「これ、茄子のポタージュか?また上品な」
「あら、わかるんですのね」
「一応料理はするからな。コンソメから自作してる味だ...どれだけこだわってるんだ」
「九条院グループのレストランで最高峰の腕を持つシェフをここに迎え入れる決まりなの。
実力は折り紙つきですわ」
じゃあ、そのシェフの料理は基本的には九条院の屋敷にいる人しか食べられないのか。
なんだかもったいない話だな…いや、どのみち高すぎて食べられないか。
「ところで九条院。そろそろ本当の目的を話したらどうだ?
俺たちが温泉に行こうとしていたという理由で家に招いたワケじゃないだろ?」
探りを入れてみる。栞と麗奈には事情を話す暇もなかったから、警戒しろという意味も込めて。
「では正直に話しましょうか。アウト・オー・アニムスは、わたくしが立ち上げたブランドなの」
「(なにそれ?)」
「(麗奈さんがウチに泊まりに来る時によく使ってた入浴剤のメーカーらしいですよ)」
社名をはじめて聞いたであろう麗奈が、栞にフォローを受けていた。
九条院グループだから多少なりとも関係はあるだろうと考えていたが…九条院自身が深く関わっていたとは。
「現在は、入浴剤の開発に注力しているのですけれど…
睡眠の脳波データを集めているうちに、ある事実に気付いてしまったのですわ」
「ある事実?」
「レム睡眠とノンレム睡眠を、同時に行える人間がいる」
「同時に?」
「人間は本来、レム睡眠とノンレム睡眠を90〜120分のサイクルで繰り返しますわ」
「確か、レム睡眠中に夢を見るんだっけか」
「その通り。レム睡眠中は脳が記憶の整理や定着を行なっていて、
ノンレム睡眠中は脳は完全に休み肉体の疲労回復を行なっている。
本来、同時に行えるようなものではありません」
まあ確かに、活動と休息を同時に行うって変だよな。
「脳波を計測すればどちらの状態なのかわかるのですが…
稀に”どちらでもある状態”を維持する人間がいるのですわ」
「そんな特殊な人間がいるのか。お得だな」
「そして”どちらでもある状態”を維持できる人間ほど、
予知夢やデジャヴといった現象を訴える傾向にある」
「予知夢はそのまんまとして…デジャヴって、
『これどこかで見たことある気がする』ってやつだよな」
「そう。だから、レム睡眠とノンレム睡眠を同時に行なうと、
何かしら特殊な夢を見られるのではないかと私は考えていますわ」
なるほど、面白い考察だ。睡眠中に異常な脳波を示すヤツがいて、
そういうヤツに限って本来あり得ない夢を見てるってことか。
ちょっと待てよ。もしかして予知夢やデジャヴを訴える人間っていうのは、
自覚なしに他人の夢を見てしまった人間なんじゃないか?
自分では体験したことのないシチュエーションを事前に他人の夢で見ているから、
それが現実で起こったときにビックリしてるんだ、きっと。
「特殊な人間がいるのはわかった。でも、それがどうして俺たちを招待したことに繋がるんだ」
「アニムスの入浴剤は、その特殊な人間をターゲットに開発した商品だからですわ」




