第12話「背後お嬢様」
時は流れ、中間テスト結果発表当日。朝の学校。
今日に至るまで、麗奈は何度もウチに泊まりに来た。
そしてアニムスの入浴剤を使い、徹底的に勉強を教え込んだ。
(栞が拗ねるので、栞にもたまに勉強を教えてやった)
麗奈と栞はすっかり打ち解けており、もはや姉妹のような雰囲気だ。
栞がこんなに人と仲良くなるのは初めてかもしれない。
俺がもっと家に女の子を連れて来てあげれば良かったんだろうか...いやそれは厳しいな。
麗奈がウチに遊びに来るのは、俺にとっても楽しい時間だった。
俺らの家、2人で住むにはちょっとでかすぎるから。
我が校は前時代的なので、全科目の合計点数の順位が廊下に張り出される。
普通に残酷なシステム。が、張り出されるおかげで、麗奈の点数と順位がわかる。
どれどれ、結果は——
1位 神城 蒼 930点
2位 桐谷 麗奈 910点
3位 九条院 月華 904点
...
麗奈、学年2位じゃないか!
薄々勘付いていたけど、アイツやっぱり頭良いんだな。
勉強時間が確保できればそれで良かったんだ。
俺も俺で、1位を取ったのは初めてだと思う。
麗奈にみっちり教えていたせいで、俺も普段より勉強してしまったようだ。
それに、人に教えるのって、案外効率良いんだよな。
それにしても、3位の九条院月華って...もしかして栞が言ってた"九条院家のご令嬢"ってコイツか?
これまでも上位に居たのかもしれないが、興味が無さすぎて全然気付かなかった。
国内随一の財力を持ってしても、睡眠学習の前には無力だったか。アッハッハ。
などと心の中で笑っていたところ、後ろから見知らぬ女子生徒に声を掛けられた。
「随分とご機嫌ですわね?」
...お嬢様言葉、実在していたのか。
え、じゃあコイツが九条院月華なのか!?
腰まで伸びた黒髪、艶々のパーマ。
皺一つない制服、凛とした佇まい。
言葉遣いだけじゃない。お嬢様であることは、直感的に理解した。
「麗奈が2位だったから上機嫌だ」なんて言ったら流石に不審がられる。
かといって「1位だったんすよ〜」と言ってしまって大丈夫なんだろうか。
煽りと捉えられかねないし、俺が神城だと自ら明言することにもなる。
リスクばかりで、全然リターンがない。
.........
......
...
「1位だったんすよ〜」
言った。
「正直者ですのね、神城蒼」
怒ってはいなさそうだ。
「わたくしは九条院 月華。あなたに負けるのは5億歩譲って仕方ありませんわ。ですが、桐谷麗奈に負けるなんてことがありまして...?」
「行きたい大学でもあるんじゃないですか。進路希望調査もありましたし」
嘘は吐いていない。
「だからって途端に学力が上がる訳ではないでしょう?
というかなぜ敬語なのかしら。私たち同学年でしてよ」
「恐れ多くて...」
「わたくしが高貴さと気品に溢れているということね?
お気持ちは嬉しいけれど、わたくしはあなたと友人になりたいの。他の同級生と同じように接しなさいな」
「逆に、あなたのクラスメイトはみんなタメ口なんですか...?」
「いいえ、みな敬語で話してきますわ。無礼を働けば社会から消されると思っているようですわね」
俺もそう思うよ。
「じゃあタメ口で話すけど、社会から消さないでくれよ」
「消しませんわ。あなたが私を裏切らない限りは」
ニコッと笑う九条院。
消すこと自体は可能と言わんばかりの口ぶりだ。九条院グループ怖すぎ。
「俺と友人になりたいって、何でだ?ただの男子高校生になんの興味が」
「あら、わたくしを負かした時点でただの男子高校生ではありませんわ。
それに...ウチの入浴剤、よく買ってくれているでしょう?」
アニムスの入浴剤のことか。
待て、なんでそんなこと知ってるんだ。
「あなたがよく利用している薬局も、九条院グループのものなの。
男子高校生がアニムスの入浴剤をまとめ買いしていくという話を聞いて、
監視カメラの記録を見たら、あなたが映っていたというわけですわ」
「プライバシーとかないんか?」
「わたくしはただ自社製品の購入者データを集めているに過ぎませんわ」
「まあいいや...だったら九条院に聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう」
「あの入浴剤、なんか特殊な成分とか入ってるのか?」
「どうしてそんなことを聞くのかしら?」
「なんというか、あの入浴剤...普通とは違う気がするんだ」
あんなに夢の時間が長くなる経験、あの入浴剤以外でしたことがない。
きっと他にはない"何か"を備えているに違いないのだ。
「ふぅん、そう...」
「新しく発見された成分とか入ってるのかなって」
「おおむねあなたの言う通りですわ」
「やっぱりそうなのか」
「ただ、それを認識できるのは...ごく一部の人間のはずですけれど」
「なっ...!」
「やっぱり、正直者なんですのね」
少し軽率すぎたか。もしかしてコイツ、俺の能力に勘付いてる...?
麗奈にバレたばっかりだし、そうポンポンとバレるのは本意じゃない。適当にごまかそう。
「いやなんか、やたらと肌スベスベになるんだよ。なんなら触ってみるか?」
袖をまくり、栞に負けず劣らずスベスベになっていた腕を見せる。
いきなり仲良くもない男に触ろうとは思わないだろう。これで適当に距離でも取って——
スィー...。
まくった腕を指先でなぞられる。
「ひゃあ〜」
「何を情けない声を出してますの?差し出したのはあなたでしょうに」
何度も繰り返しなぞられる。何をしとるんじゃ。
「もうわかっただろ!あの入浴剤、やたら肌スベスベになるんだよ。だから特別なのかなって」
「まあ、一級品の美肌成分は配合していますけれど...」
九条院は考え事をしている様子で、ひたすら俺の腕を撫で回している。
普通もうちょっと抵抗とかあるもんじゃないのか。
「俺はもう教室行くから!じゃあな」
九条院の手を振りほどき、その場を後にする。
どうせクラスも違うんだし、しばらく会うこともないだろう。
「九条蒼...興味深いですわね」
九条院月華の瞳は、去り行く蒼の後ろ姿を捉えて離さなかった。




