第11話「殻の中、海の先」
最終的にはキレる栞になだめ、自宅のマンションへと戻ってきた麗奈。
いつものオートロック、いつものエレベーター、そしていつもの玄関。
普段通りのはずなのに、どこか物足りない。
部屋の間取りこそまったく同じだが、そこにはゲームも、お菓子も、ジュースも、ない。
そして何より。
世話焼きで真面目なアイツが、いない。
昨日まで、この光景に何の疑問も抱かなかったのに。
心に穴が空いたような、何かが抜け落ちたような、そんな感覚。
あいつ、また私の夢に入ってきてくれるかな。
もしかしたら、あの夢を現実になる日が来たりするのかな。
午後からコンビニバイトだけど、いつもより頑張れそう。
家賃を稼いでは支払うだけの淡々とした日々が、途端に色づいていく。
栞ちゃんに借りた服を脱ぎ、自分の服へと着替える。
バイト先へ向かう私の足取りは、かつてないほど軽快なのだった。
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一方、神城家居間。
麗奈の協力もあり、栞は落ち着きを取り戻していた。
「兄貴が麗奈さんと、一晩であんなに仲良くなっちゃうなんてね〜〜??」
落ち着き、取り戻してなかったかも。
「なんか、やたら長い夢だったんだよな…全然疲れないし、時間も経たなかった」
「そんな夢もあるんだね...私見たことない」
「どんだけ安眠したんだ麗奈…あ、そういえば」
ふと、薬局での買い物を思い出し、おもむろに家のゴミ箱を漁る。
「え…もしかして麗奈さんが出したゴミを漁ろうとしてる?」
ドン引きする栞。どんどん失われていく落ち着き。
「違うっつーの…あった、これだこれ」
俺が引っ張り出したのは、昨日買った入浴剤のパッケージ。
株式会社アウト・オー・アニムス製の、新製品だ。
「これ、昨日俺らが使った入浴剤なんだ。はじめて買ったし、これのせいなのかもって。
栞、昨日寝てみてどうだった?」
「肌はスベスベになったけど...それだけ。これといって特別なことはなかったかな」
「うーん…情報が少なすぎるな。とりあえず調べてみるか」
スマホを取り出し、株式会社アウト・オー・アニムスについて調べてみる。
去年創業した会社ではあるものの、かの有名な九条院グループの傘下らしい。
通称アニムスと呼ばれている新進気鋭の寝具メーカーで、
独自の研究結果に基づいた枕やマットレスを発売し売上を上げていたが、
最近ではサプリメントや入浴剤にも手を伸ばしているのだとか。
九条院グループと言えば、大抵の事業には手を出しているイメージだ。
他領域に事業を展開するのはお手のものなのだろう。よく知らんけど。
「栞、九条院グループについてなんか知ってることあるか?」
「うーん。駅前のナインデパートが、九条院グループだってことくらい?」
そうなんだ。てか名前そのまんますぎる。
「むしろ兄貴の方が詳しいんじゃない?兄貴の学年に、九条院グループのご令嬢いるじゃん」
「そうなのか?全然知らないんだけど」
「結構有名だよ。毎日リムジンで登下校してるとかなんとか」
そういえば、学校の前にリムジンが停まっていて驚いたことがあったような。
とはいえ、それが九条院家のものだなんて考えたこともなかった。
「それにめちゃくちゃ美人だよ。ザ・お嬢様、清楚の権化って感じ。憧れるな〜」
「前から気になってるんだけど、なんでお前は清楚を目指してるんだ」
「だって清楚な方がモテるでしょ?麗奈さんのせいで、正解わかんなくなってきたけど」
「男なんて、顔可愛くてスタイル良かったらなんでもいいんだよ」
「ケダモノがよ〜〜」
適当に軽口を叩き合いながら、そのご令嬢とやらのことを考えていた。
今度見かけたら、アニムスについて聞いてみようかな。
と言っても、ご令嬢がグループ内の事業内容なんていちいち知らないか。
「ケダモノと言えば、もうすぐ三者面談があるんじゃなかった?」
どんな思い出し方だよ。ケダモノと三者面談関係ねぇよ。
親と先生に躾けてもらえってことか...?
「そういえばそうだった。母さんに電話しなきゃ」
別に栞に聞かれて困るものでもない。
手に持っていたスマホで、そのまま母に電話を掛けた。
プルルルル。
「もしもし、母さん?」
「あら、蒼じゃないの!めずらしい。もっと電話掛けてきなさいよね」
彼女の名前は神城 小春。俺の母親だ。
昔から家を空けることは多かったのだが、もう長いことアメリカ暮らしだ。
父と同じ研究施設に所属していて、同じ研究をしているらしい...のだが、
何を研究しているのかは一向に教えてくれない。なんでだよ。
「来月、三者面談があるらしい。母さん帰ってこれる?」
「そりゃあ帰るわよ。蒼の将来に関わる大切なことなんだから」
「それじゃ、詳しい日程が決まったら送っとくよ。じゃ」
「アンタ、もうちょっとおしゃべりしなさいよ!近況とか」
用件が済んだのでさっさと切ろうと思ったのだが、引き止められてしまった。
「近況なあ…」
学園で有名なギャルを家に泊めて、夢の中に入ったんだよね〜。
なんて言えるワケもないので、適当にお茶を濁す。
「そういや最近、凄い入浴剤見つけたんだよ」
「へ〜。どこのやつ?」
「アウト・オー・アニムスって会社のやつ」
「……」
「そっちに売ってるのかわからんけど、他のメーカーのヤツとは違う気がするんだ」
「…覚えておくわ」
「俺も栞もいたって健康だし、これといって変わりもない。なーんも心配いらないよ。
また帰ってきたらゆっくり話そう」
「それもそうね。じゃあまたね」
「じゃあな〜」
ガチャリ。
母さん、アウト・オー・アニムスの名前を聞いた時の反応、なんかヘンだったな。
気のせいだろうか。
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家事だの筋トレだのしていたら、あっという間に夜になってしまった。
ピンポーン。
突然のチャイム。
こんな時間に営業やセールスが来ることはないし、なんだろう。
玄関のドアを開けると。
麗奈が立っていた。
「こんばんは」
「麗奈か。こんばんは。どうした、忘れ物か?」
「いや、どちらかというと逆かな。栞ちゃんに借りた服を返しに来た」
洗濯され、綺麗に折り畳まれている。
きっと栞は、洗濯されない方が嬉しかっただろうな。
「別に月曜で良かったのに。悪いな」
「ううん。じゃあね」
「あ、ちょっと待て麗奈」
「せっかくだし、良かったら夕飯食っていかないか?カレー余ってるんだ」
「え、いいの」
麗奈は、満更でもない表情を見せるのだった。
その後、栞に「また麗奈さん連れ込んでんじゃん!!」とツッコまれながら、夕飯を振る舞い、結局また泊めることになり、夢で勉強を教えたのだった。
ただ、今回は普通の長さの夢だった。やっぱり、あの入浴剤が特殊なのだろうか。
これから定期的に勉強を教えるんだったら、家にいくつかストックしておいた方が良さそうだな。




