第99話 エルヴァリエルの異変
魔素の変化により異変が起きたのは世界樹だけではなかった。
ここ最近、エルフの森を覆っていた結界が不安定になり、これまで侵入できなかった場所まで人が入り込めるようになっていた。
エルフの森の東側では、ドラグナール帝国セラディアから送り出された情報部が傭兵を護衛につけ、交易担当者の情報をなんとかして得ようと調査が続いていた。
「止まれ! ここはすでにエルフの領域だ! それ以上進むのであれば敵対行為と見做し、攻撃する!」
制止の声が響き、足を止める。声のする方を見ると弓を構えたエルフが十人ほど左右に分かれてこちらに構えていた。
「待ってください。こちらに攻撃の意思はありません。話をさせていただくことはできませんか?」
「こちらは話をする気がない」
ぎりっと弓がさらに引き絞られる音が響く。
話を聞いてくれる気配がなく、どうしたものかと悩む。
「引いた方がいい。エルフとやり合うのは本意じゃないだろ?」
護衛の傭兵がこちらを庇う位置を保ったまま、引くよう助言してくる。
しかし、これを逃したら次にエルフと接触できるのはいつになるのか……
自分が持っていた武器を外し、傭兵に渡す。
「今からエルフの方々と話す間は護衛していただかなくて結構です。見えないくらい離れた位置で待機していてください」
「……ちゃんと帰ってきて下さいよ。目覚めが悪くなる」
傭兵たちがエルフを刺激しないようにゆっくりと距離をとっていく。姿が見えなくなるところまで離れたのを確認して、エルフの方へと向き直る。
「……」
変わらず弓をこちらへ向けたままだが、気にせずに話しかける。
「こちらの話は交易に関するものです。話ができる方はいませんか?」
「交易はしない。帰れ」
まるで話を聞く気がない。
そもそも、エルフの話している言葉が片言だ。このまま一方的に話をしたところでどこまで理解してもらえるのか……
『待て。ここまで攻撃の意思がないものを攻撃すれば精霊が離反する』
『族長! 危ないから下がって下さい!』
『問題ない。弓を下げろ』
エルフ語で交わされている言葉は理解ができないが、どうやらこのエルフは話を聞いてくれるようだ。
「なぜここまで入り込めたのかわかりませんが、交易の何が聞きたい?」
「鉱石を交易に出している担当者を探しています」
「……鉱石」
「可能であれば交易を交わしたい。まずは交渉をしたいのですが、会えないでしょうか?」
『全く……あの若長は余分なものしか引き寄せませんね。こうなった責任は本人にとってもらいましょうか……』
何かエルフ語で呟いているが、内容はわからない。だが、表情はあまり印象が良い感じではない。
「詳しくは話せませんが、今は立て込んでいます……担当者の情報だけならば話しましょう」
「情報だけでもいただけるのであれば助かります」
「その鉱石を交易に出しているのは、ルミシルヴァの若長です」
ルミシルヴァ……
「ルミシルヴァに向かいたいのですが、どの辺りにあるのですか?」
「……ルミシルヴァの位置? わかりません」
首を傾げながら答える。どうやら隠しているわけではないようだ。
「部族同士は小径で移動します。距離も方向も意識しませんから、私にも場所は説明できません」
どうやらその小径を使うと森の反対端まで半日もかからずに行けるらしい。ここから反対側といったらドゥルガルド近辺だ。そんな場所なんて、木のない外から見ても見えないし、道を馬で走っても二、三日かかる距離なのだが……
それでもルミシルヴァはここからかなり離れていることは確かなようだ。ルミシルヴァがあるであろう方向を教えてくれたが、その方向にはヴァルカディアン軍がいる。
これはとりあえずこの情報だけ持ち帰って判断を仰ぐべきだな。
「あまり森をうろつかれるのは困るのですが……」
相手からすれば庭先をうろつかれているようなものだ。それは迷惑だろうな。だが、連絡する術がない以上、森を調査するしかない。
お礼を言って離れた場所で待機している傭兵と合流した。
とりあえず一番知りたい情報は手に入った。
……これでやっと帰れる……
調査に入って、もうすぐ一月過ぎようとしていた。
◇◇◇
一方のヴァルカディアン軍でもエルフと鉢合わせ、騒動となっていた。
『なぜ人間がこんなところに!』
『警戒の報せは鳴っていないはずだ! どこから来たんだ!?』
「ここはエルフの集落か?」
「この先は部族の者だけだ。人は出ていけ!」
見張りらしいエルフと軍がやりとりをしている間に、気配を消した影が二手に分かれ、情報を少しでも得るために集落の中へと走る。
だが、しばらく走ったところで枝が行く手を阻み、体にツタが絡みつくことで行動を阻害されてしまった。
『精霊、他に侵入した人間はいないか?』
周りの木々がさわりと音を立てる。
「……精霊魔法か……」
手足にもツタが絡まっていたが、なんとか隠していたナイフを取り出して絡みつくツタを切りつける。すると、精霊が宿るツタが悲鳴を上げ、苦しむように身をよじって離れていく。
『精霊!? どうした!?』
魔法を発動させているであろうエルフに素早く近づき、腕を浅く切りつける。切りつけられたエルフはそれだけで崩れ落ち、動けなくなった。
『な……なんだ……これは……』
問いには答えず、行く手を阻んでいる枝に近づき声を上げる。
「これ以上、呪いで精霊を傷つけられたくなければ解除しろ」
枝の向こうから動揺するようなざわめく気配が伝わる。
しばらく待ってみるが、ざわめくだけで動きがなさそうだ。行く手をはばむ枝にナイフを突き立てるべくナイフを振り上げる。
「待て! 今そちらにいく」
『族長!』
『話をしている間に避難を進めろ!』
枝の一部が開き、一人のエルフが出てくる。
「人間がこんなところまで、何の用だ?」
「エルフに関する情報、もしくは詳しく話せるエルフそのものを連れていく」
「……そのような一方的な要求を飲め、と?」
「……別に制圧して強制的に何人か連れていっても構わないが? すでにあちらでは戦闘になっているようだ。時間が経つほど被害は広がるが、いいのか?」
人同士が戦う時とは違い、金属のぶつかる音は一切ない。代わりに何やら怒鳴る声と悲鳴が響いていた。
相対しているエルフの顔が引きつり、落ち着かせるためか深く息を吐き出す。
「連れていくエルフは一人でいいんだな?」
「エルフ事情を深く知る者なら一人でいい」
「ならば族長である私が行く。ただし、それで切りつけたものを回復させてからだ。そのような呪物を持ち歩いていたのだ。回復手段は持っているのだろう?」
懐から瓶に入った水を取り出し、動けなくなっているエルフと、もがいているツタへ振りかける。動けなくなっていたエルフが回復したところで族長がそのエルフに話しかける。
『若長。話は聞こえていたな?』
『……はい……』
『行ってくる。後は任せた』
強く食いしばる歯がぎりっと鳴る。
『フェルシルヴァを頼んだ』
『はい……』
戦いへと発展していた場にフェルシルヴァの族長が現れ、エルフたちを集落へ帰させることで小競り合いは終結した。
こうしてフェルシルヴァの族長はヴァルカディアンの手に落ちることとなった。




