第98話 ルミシルヴァの疑惑5
世界樹の葉が降り始めた。それは言い伝えにある世界樹の危機と同じ状況だ。
まだ葉の数は多くないようだが、だからこそ早急に対処しなければならない。
ここにちょうど族長が集まっている。あらためて言い伝えの内容を共有し、今は精霊王の祝福もちがいないことも併せて共有する。
「すぐに部族から祝福をもつものを世界樹へ向かわせましょう」
「ルミシルヴァには……」
「ルミシルヴァには直接私が行く」
もう責任がどこにあるかなどどうでもいい。ただ、今後も動きやすくするためには、長の権限をこちらに戻してもらう方がいいだろう。
ルミシルヴァに到着してすぐに族長へ面会を求める。
「長が移ったときに伝えた言い伝えは覚えているか?」
「はい。魔素が減少した時に世界樹が枯れかけた話ですね」
「そうだ。そしていま、言い伝えのように世界樹の葉が降り始めた」
ルミシルヴァの族長が驚いた顔をしている。
「光の娘がいない以上、精霊王の祝福を完全に受け継いだものはいない。各部族の祝福をもつものを集めたとして、枯れるのを止められるかはわからない」
光の娘の名を出した途端、ルミシルヴァの族長の表情から色が消えていく。
「言い伝えを知りながら、あの祝福を森の外に出したのは失策だったな。この時点をもって長の権限をこちらに戻してもらう」
「……はい」
光の娘がいない以上、いずれこちらに長が戻ることは互いにわかっていた。早いか遅いかの違いだけだ。
それに、エルフの森では長の権限がどこにあるかなど、普段の生活ではさほど重要ではない。世界樹の葉が降るなど大きなことでも起きなければ……
「ああ、あとこれは関係ないかもしれないが……」
もはやこんなことは言っている場合ではないが、思い当たることがあるのなら対処させたほうがいいだろう。
「ルミシルヴァの若長が『魔素と魔力のこもった薬草』と『地の力を集めたインゴット』を交易で交換品として出していたらしい。何か思い当たることはあるか?」
インゴットがなんのことかわからなかったようだから、鍛冶師が使う金属の塊だと教えると顔色が変わる。もう返事などなくても答えは明白だった。
「……対処は任せる。今度こそ、森を守る判断をしろ」
「……はい……」
このことが世界樹に影響を及ぼしたのかはわからないが、まずは世界樹の状態を立て直す方が先だ。
世界樹へ向かって走りはじめた。
◇◇◇
「アイラ!」
「おじい様? そんなに急いでどうされました?」
「今すぐに世界樹へ向かってくれ」
ルミシルヴァの外では魔素が薄くなっていること、世界樹の葉が降り始めたことを伝えると、アイラも慌てて世界樹の方を見る。
「わかりました! すぐに向かいます!」
「アイラ」
今にも世界樹に向かって走り出そうとするアイラを抱き寄せる。
「おじい様?」
「ルミシルヴァを……世界樹を頼む」
「はい……大丈夫です。私のできる限りでがんばりますから」
体を離すと不安そうな顔をしたアイラが見上げてくる。
「時間を取らせたな。いってくれ」
「……はい。いってきます、おじい様」
何度も振り返りながら走っていくアイラを見送る。
これが最後になるかもしれない姿を、見えなくなるまで見送った。
アイラを見送った後はアルセリオンを探し、アルシェイラの残したアレの元へと一緒に行く。
「族長? ここで何を?」
「アルセリオン……これを使っていたな?」
動揺して身を固くする。それだけで、動かしていたことは事実なのだとわかってしまう。
「何回使った?」
言葉の出ないアルセリオンの姿に深く息を吐き出す。
「長の権限がこちらに移ったときに一緒に聞いた言い伝えを覚えているな?」
「……はい」
「いま、世界樹の葉が降り始めたそうだ」
「世界樹の葉が?」
「アルシェイラに『エルフを滅ぼす気か』と問うていたな」
アルシェイラの残したものに歩み寄り、アルセリオンの方へ振り返る。
「……ならば聞こう」
しっかりとアルセリオンの目を見る。まだ動揺が収まらないのか忙しなく視線を彷徨わせていた。
「アルセリオン……お前は、エルフを滅ぼす気だったのか?」
「そんなことは……っ!」
「動かせば魔素を使う。わかっていたはずだ」
「……」
返事はないが、胸元の服を握りしめる。緊張のためか浅く早く繰り返される呼吸が苦しそうだ。
「長の権限はエルヴァリエル部族に戻った」
ゆっくりと上げられた視線が合う。
「ルミシルヴァがエルフの森では採取できないものを交易で取引していたという情報を持ってきたのは、エルヴァリエルの族長だ」
ヒュッと音を立てて息を飲む。
まさか交易の内容が露見しているとは思ってもいなかったのだろう。
「その情報を聞いて、お前への疑いが確信へ変わった。アルセリオン、お前が魔素を消費していたのだと」
怒られた子供のように体を震わせている姿に、視線を逸らしそうになる。
「……せめてアルシェイラの残したものをそのままにしたいという甘さが招いた、私の罪でもある」
アルシェイラから止める方法は二つ聞いていた。
一つは数値を0にすること。もう一つは操作する場所にある魔石を壊すことだ。
だが、どうしても壊したくなかった。こんな事態となった今でも……アルシェイラに繋がるものを、壊せるわけがない。
「アルセリオン。私は今からここに繋がる全てを断つ」
「……え?」
「私の命を使って結界を張り、この地下空間を森から切り離し、魔素との繋がりを断つ」
展開し終えるまで邪魔をされないように簡単な結界を張る。
「族長!?」
「長には自分が何を使い、何をしたのか。自分の口で説明しなさい」
「どうし……どうして……!」
アルセリオンが結界を叩きながら叫ぶ。
「どうしてあなたが命をかける!?」
「これは私の罪でもあり、子らの罪だ。親子の罪なら、親がすべて負う。当然のことだろう?」
話しながらも結界は構築し続ける。外の結界とともに古くから伝えられている強固な結界だ。これならば破られることはないだろう。
「そんなことをしなくても! 壊せばいい!」
「それができないから、私の罪なのだよ」
アルセリオンの顔がくしゃりと歪む。
「こんな……こんな別れは嫌だ……! お父様っ!」
……ああ、そう呼ばれるのは久しいな。もう抱きしめてもやれないが……
結界が完成し、伸ばされた手も、泣き叫ぶ声も届かなくなった。
どうか……子らに幸あらんことを……




