第100話 世界樹
アイラが世界樹へたどり着くと、エルヴァリエルの族長の指揮で各部族から集められた祝福もちの者が世界樹に魔力を捧げていた。
「ルミシルヴァはお世話の仕方はわかっているな?」
「はい。いつも通りで良いのですね?」
「ああ、ただし全力で頼む」
「承知しました」
近くにある世界樹の根に触れ、ゆっくりと魔力を馴染ませていく。世界樹と魔力が馴染んできたら、流れに任せて魔力を流し込んでいく。
いつもなら、この辺りで世界樹は魔力を受け取らなくなるのに……
魔力を流しながら周りを見る。
自分の周りだけを見れば葉は降っていない。だが、遠くを見れば時折ひらりと葉が降ってきているのが見える。
「……本当に世界樹の葉が降ってる……」
世界樹のお世話に初めてついてきたときに、「世界樹が枯れる前兆として葉が降ることがあるらしい」とお母様から聞いてはいたけれど……世界樹が枯れたら……森はどうなってしまうの?
考えながらも魔力は流し続けている。
そんな中、ふいに空気が変わったように感じた。
「……魔素が一気に動いた……?」
エルヴァリエルの族長の呟きが聞こえる。
「……あの方向は……ルミシルヴァか……」
ルミシルヴァ?
部族の名前が出て、ふいにおじい様が思い出される。
……ここに来るとき、様子がおかしかった。まさか、おじい様に何かあったのでは?
ざわりと胸が騒ぐ。けれど……ぶんぶんと頭を振って不安を振り払う。
今は……世界樹のことだけに集中しないと!
周りを見ると、先ほどより降る葉の数が減ったように見える。
同時に魔力の限界を迎えた者が出始めたようで、その場に倒れ、休んでいる者もいるのが確認できた。
アイラも軽く頭がふらつくのを感じ、そろそろ魔力切れになりそうだ。
だけど数が減ったとはいえ、世界樹の葉はまだ降っている。
「魔力が全然足らない……! 光の精霊! お願い、力を貸して!」
自分の祝福はお母様から分け与えられたものに過ぎない。体の中に感じる精霊との繋がりを確かめるように、胸に手を当てて意識を集中する。そして普段はお母様のそばにいるであろう光の精霊に対して、強く願う。
どうか、届いて!
世界樹を助けて!
◇◇◇
『アルシェイラ』
「ぅわっ! びっくりした。声を聞かせるなんて珍しい。どうかした?」
地下畑の研究室にこもって一人で錬金術を楽しんでいたら、普段は気配すら感じさせない光の精霊から突然声をかけられる。
『あの子が力を求めてる』
「あの子……アイラが? 何かあったの?」
『世界樹が弱ってる』
「世界樹が!?」
『しばらくそばにいない。必要な時は強く呼んで』
「待って! アイラと世界樹のためならあたしの魔力も持っていって! 命さえ保てれば限界まで持っていっていい!」
光の精霊から戸惑う気配が伝わる。
『いいの?』
「いい。命さえ残れば、みんなが体を守ってくれる。あ、でも魔力を抜くのはちょっと待って」
言うが早いか、森の入口に向かって走る。
アイラが力を求めるなんてよっぽどだわ。急がないと……
森の入口で警備しているトビアスとカイルの姿を目にしたところで叫ぶように声をかける。
「トビアス! カイル!」
「アルセラ様? そんなに慌ててどうしました?」
「あたし、今から三日くらい倒れるけど死ぬことはないから心配しないで!」
「……今から、倒れる?」
「いいわ! 持っていって!」
『……』
ごっそりと魔力が引き抜かれ、体から力が抜けて膝から崩れるように倒れ込む。
あー……倒れるってわかっているんだから、ベッドに行ってからにすればよかったかな……
「「アルセラ様!」」
慌てたトビアスとカイルの声と精霊から呆れたような雰囲気を感じたところで、意識がふつりと途切れた。
◇◇◇
アイラは意識が沈みそうになるのを必死にこらえていた。
もう……手を放そうかな……
そんな思考に支配され始めたところで、体があたたかい気配に包み込まれて沈みそうになっていた意識が引っ張り上げられる。
「……ふあ?」
思わず変な声が漏れる……でも、すごく心地いい。
心地よさを堪能していたら、頭に直接言葉が響いてきた。
『アルシェイラの魔力が流れる』
お母様の魔力?
『ゆっくり、がんばる……耐えて』
がんばる? 耐える?
疑問に思っていると、突如体に大きな魔力が押し寄せてくる。
「――――っ!?」
魔力が奔流となって全身を駆け巡る。あまりの奔流に叫びたいのに声にならない。自分の体を巡って、触っている手から世界樹へと力が流れていくのを感じる。
これがお母様の魔力? こんな莫大な魔力、お母様のどこに……?
先ほどまでは魔力切れで倒れそうだったけど、今は大きすぎる力に負けて意識が飛びそうになる。
『ダメ。耐えて』
耐えるって、これにかぁ……あと、どれくらい?
視界がちかちかするような錯覚も出始め、ずいぶん長く感じる時間をただただ耐えた。
ルミシルヴァの娘に限界が見え始めた頃、突然娘の近くに光が溢れ、人のような形を作る。ふわりと娘を抱きしめるような動きを見せると、気絶するかと思われた娘が覚醒する。
「あれは……もしかして、精霊王か?」
娘へ注がれた光が、そのまま世界樹へ流れ込んでいく。
「……あれだけ魔力を注いでも反応がなかったのに……」
世界樹全体に魔力が満たされ、淡く光に包まれると降っていた葉が止まり、枝葉がさわりと音を立てる。それが喜んでいる声に聞こえてほっと息が漏れる。
他の祝福もちのエルフたちも手を止め、世界樹を見上げていた。
「……も……もう、無理……」
小さく声が聞こえたところでルミシルヴァの娘が気を失い倒れた。光が気遣うように包み込んでいる。
「その娘は大丈夫なのか?」
答えが返ってくるかはわからないが聞いてみると、光がわずかに揺れ、肯定の意思が伝わってきた。
ふわりと周囲に光が広がり、体の中心がほんのりあたたかくなる。姿が見えなかった精霊たちが戻ってきて、いつものように世界樹の周りを飛び始めた。入れ替わるように精霊王の光が霧散していく。
意識のある者たちは一様にもう大丈夫だと安堵の表情を浮かべ、倒れた者たちの介抱を始めた。




