第94話 ルミシルヴァの疑惑1
「……また、真名を使わねばいけないか……」
警告文を前にして荒くなる呼吸を落ち着かせるように体の力を抜こうとするが、うまくいかない。
そのうちに契約の重さに慣れるだろうと思っていたのだが、真名を入力するたび、魂を縛る重みが増していく気がする。まるで魂を縛る鎖がどんどん積み重ねられているようだ。
あまりの重さに耐えかねて一回の入力で二回分のインゴットを確保するようにしていたが、もう少し真名を使う回数を減らしたい。
まだマジックバッグの容量には余裕がある。三本ずつ採るようにすれば、稼働時間を変えずに多く準備できるのではないだろうか?
「問題は魔素に大きな影響が出ないか……」
さすがに目に見えるような変化があれば、族長はすぐにここが原因だとわかるだろう。それだけは避けなければならない。
真名を入力して、魂にかかる重さに耐える。以前は座り込む程度だったが、今は手も膝もつき、そのまま倒れこみたい勢いだ。
自分で始めたことだが、なぜここまでやるのかと自問自答を繰り返す。
最初はただの興味だった。
入手したインゴットが売れるのか。
売れるとわかると、外への興味がわいた。そして、求められ、応えられることが嬉しかった。
外を知れば知るほど、森がいかに閉じた世界であることを理解する。エルフと人との知識の差。思想の違い。力の違い。
たしかにエルフには精霊の助力という大きな力がある。だが、人は小さな力で大きなことを成す。その力は良いことばかりではない。それでも……
「人の文化は発展し続けている」
人は小さな工夫を積み重ね、新しい技術を生み出していく。
エルフは変化を望まない。その思想が発展の芽を摘んでいるのではないか?
交易のために、新しい品を考える時間は楽しかった。工芸担当者も、彫刻担当者も、こちらが提案を出すと次々といろいろな案を出してきてくれた。
エルフそのものに発展する力がないわけではない。ただ、そうする環境がなく、そういう考えに至るきっかけがないだけだ。
ふらふらと立ち上がり、生えているインゴットを二本引き抜き、育てる穴を三つにする。いつもより多くの魔素と魔力が動くのがわかる。
引き抜いたインゴットはマジックバッグに入れ、そのまま外に出て魔素や結界に意識を集中する。
「……いつもと変わらない気がする……」
特に大きな揺らぎは感じない。引き抜いた瞬間はわからないが、継続した変化でなければすぐに発覚することもないだろう。
「……森を守る力をつけなければならない……」
このインゴットの存在で戦争が起こるかもしれない。だが、交易をやめるという意識にはならなかった。
マジックバッグの支払いは終わっている。必ずインゴットを持っていく必要はなくなった。それでも、数を減らすことはできない。
「戦争に対抗するためにも知識が必要だ」
守りには自信がある。だが、人が集落まで入り込むという状況下ではその守りの力がなくなっている状況だろう。その状況が考えられるのは、森の結界を支えている魔素の枯渇だ。
「情報を得るためにも人が必要としているインゴットはなくてはならない。だが、インゴットを作れば魔素を消費する」
守りたいものを自ら削っている自覚はある。だが、今のところ影響はない。
だから、大丈夫だ。
そう思っていた。
いや、そう思わなければ自分が保てなかった。
この魂にかかる重さは真名の契約だけではないと、どこかで気がついていたから。
エルヴァリエル部族では族長と精霊の祝福をもつものが集まり、状況の確認を行っていた。
「最近、魔素が薄くなっている気がする」
「常に薄いわけではないようですが、また薄くなりましたね」
「森全体の結界に影響は出ていないが……原因を調べなければならないな」
「こういう時こそ長であるルミシルヴァが動くべきなのに、何をしているのか」
「光の娘が森から出たそうですから、長の権限も取り上げてエルヴァリエルで動くべきでは?」
族長は出た意見に眉を寄せる。
「長の権限はともかく、魔素は森全体の問題だ。各族長を集めて意見を聞くべきだな」
魔素が減少しているのに長が動かない。その事実に長の権限をもつルミシルヴァには不信感しかないが、まずやらなければならないのは魔素が減る原因を突き止めることだ。
魔素を生み、精霊を育て、森を守ると言われている世界樹。
昔、結界が保てないほど魔素が極端に減ったとき、世界樹の葉が落ち、そのまま枯れてしまうかと思われた。そんな世界樹を救ったのは精霊王から祝福を受けた五人の子供たち。
受け取っていた祝福を魔力に変え、世界樹に惜しみなく注ぎ込んだことで枯れることなく今に続いている。
それ以来ずっと、精霊の祝福を持つ子らが世界樹に魔力を注ぎ込んでいる。
世界樹については、このような言い伝えがエルヴァリエル部族に残されている。
今まで魔素が安定していたから、どれくらいの減少で世界樹に影響が出るものなのかはわからない。もし今、世界樹が枯れはじめたとしたら、祝福を受けた子らを各部族から集めても足りるかどうか……
ルミシルヴァ部族にいた光の娘。
たった一人で精霊の力関係を傾けるほどだ。おそらく彼女は光の精霊王の祝福を得ていた。その関係なのか、他にも複数の精霊から祝福を得ていたという。だが、もう森にはいない。
その子にも光の祝福は引き継がれているらしいが、力を子へ分け与えただけで、完全な祝福を得ているわけではないようだ。そもそも光の娘が森にいたとしても、たった一人で世界樹を支えるのは無理な話だ。
「また世界樹の様子を見てきてくれるか?」
「承知しました」
祝福の子らが世界樹へ向かうべく部屋を後にする。その様子を見送り、ぽつりと言葉がこぼれる。
「何事もなければよいが……」
ルミシルヴァの族長宛に族長を集めるように打診をする。
すぐに了承の返事が返り、各部族に通達が届く。
魔素が減り、精霊が減れば、こういった連絡も難しくなる。精霊の小径が閉じられれば、森の中の移動も難しくなる。
そうなる前に対策を講じなければならない。




