第93話 商人の苦労
交易は思いのほか順調に進んでいた。
彫刻の装飾品は工芸品よりも高く値がついた。「今は出回っている数も少ないので、もう少し低い値で落ち着くと思います」とのこと。それなら数を出すより、質を上げたほうがいいな。
そう考えながら彫刻担当者と打ち合わせる。
「見た目にも凝っていて華やかにも見せるなら、透かし彫りはいかがですか?」
木をくり抜き、蔦や葉を模した透かし彫りを施した小さな飾りだ。中に色付きの自然石を収められるようにするらしい。何も入れなくてもいいが、磨いた自然石を収めると、透かし彫りの隙間から色が覗き、模様がより美しく映える。
「色の好みがあるでしょうから、売るときは紙か布でも入れておいて、好きな色の石を入れてもらうのが良いのでは?」
ただ、透かし彫りはとても手間がかかるため、少ない数しか作れないようだ。だが、数を増やすつもりがないからその方が好都合だ。
とりあえず透かし彫りが得意な二人で一つずつ、違う模様で彫ってもらうことにした。置物の大きさでも作れるが、今回は紐を通して首飾りにできる程度の大きさにしてもらう。
作り手の意匠があると気に入った人が次も買うことがあると話すと、照れながらも何か考えると乗り気だ。
やはり作り手としては人気が出るのは嬉しいものらしい。
「箱を彫りながら自分にも意匠を作ろうかと考えてはいたのです」
彫刻仲間にも声をかけて、模様に影響しない場所に意匠を彫るようにしてくれるらしい。小さいものは意匠が見えないから、工芸品のように箱に入れるかと悩んではいたが……その辺りはやりやすいように工夫してもらえたらいい。
この透かし彫りは人の交易担当者にも好評だった。
「置物ほどの大きさで作れるのであれば、灯りを飾るランプシェードのようなものも人気が出そうです」
持ち運び用の金属製のランプで周りに模様が施されたものを見せてもらったが、これは木で作ると、動きに合わせて傾いた時に燃えそうだ。
「机の上に置いた蝋燭に被せるものはどうだろうか? 炎から十分離した外枠だけ作って入れ替えられるようにすると良さそうだが……」
「せっかくの装飾が燃えてしまっては残念ですからね。その方がいいです」
蝋燭の大きさがよくわからなかったから、よく出回る大きさのものを二つ購入する。
「エルフの方々は明かりも精霊魔法なのですね」
蝋燭を使ったランプの話は旅行記でお土産として紹介されていたからすぐわかったが、それがなかったら話についていけないところだった。やはり交易をするのであれば、人のことを知っておくほうがよい。
「蝋燭ではなく油を燃やす灯りもあるのですが……」
裕福な家や貴族では、油を継ぎ足して使う灯りの方が一般的なようで、そちらの見本も二つ購入しておく。横に広いが高さがないから形をいろいろと工夫できそうだ。
「これは、扱うのが楽しみですね」
売り方をいろいろと考えているようだが、数が準備できないことは伝えておく。エルフからの品は希少性を売りにするから問題がないようだ。
意匠入りの箱に入れた工芸品も予想通り人気があるようだ。
「ただ、箱を利用して偽物を売るものが現れましてね……」
想定はしていたようだが、工芸品に直接意匠をつけるのは難しく、どうにも対策が難しい。元々、エルフの工芸品と騙ったものは多く出回っていたそうだ。
「うちから売るもの以外は偽物を疑ってもらうくらいしか方法がないのが現状ですね」
ただ、商人が買い付けにくることはあるそうなので、他の店から売り出しているもの全てが偽物というわけでもない。商人には販売した証明をつけているらしいが、その証明の偽物すら出回っているらしい。
希少性を売りにしているからこそ狙われると言っているが、その考え方は理解が難しい。偽物なのだからもっと安くなるのでは?
工芸品が安くなると必要な物が買えなくなるから、少しでも高く買ってもらえるのはありがたくはあるのだが……
「偽物対策はこちらの仕事ですので、気にせず好きなように作ってください。また新しい品がありましたらいつでも見せてくださいね」
どうやら人の情報を聞きたがるから、販売の現状を教えてくれたようだ。他の部族をまとめている担当者とはこういった話をすることなく、淡々と交換のみしているらしい。
せっかく交流できる場なのだから、情報も交換した方がいいと思うのだが、違うのだろうか?
「いえ、我々としては情報も売り物と同じくらい貴重なものなので、ぜひこのまま会話を交えながら交易をお願いしたいです」
たしかに最初の頃は一方的に情報を買うために薬草を売っていた。情報に価値があるということは理解している。
エルフの担当者が情報交換を行わないのは、交易がエルフの森では入手できないものを得る手段の一つというだけで、他のことには全く興味がないのだろうな。
ここからは交易とは関係のない話になるから、欲しいと言われた量の薬草を渡しながら情報を聞いていく。
国の歴史について書かれた本を読んでいて気になった点がある。
「なぜ人はこんなに戦争をしたがる?」
特にドラグナール帝国という国は戦争をしてばかりだった。
戦うということは命のやりとりだ。そこまでして得るものとは何だ?
「そうですね……欲しい土地や資源があって譲れなかったり、考え方や信仰がぶつかったり……理由は様々ですね。」
個人同士でも考えが異なって譲れなければ喧嘩になる。それが国同士で起こるのが戦争だと言われれば、なるほどとは納得もする。
「特に例に出されたドラグナール帝国は領土を欲して、いろんな国を取り込んで大きくなった国です。国内でも思想の違いがあり、戦争まで発展しなくても小さな衝突はあるようですね」
部族が集まって形成しているエルヴァリエルと少しだけ似ているな。ただ、エルヴァリエルでは部族がたくさんあっても、部族相手に武力を用いた争いはしない。もし受け入れられない何かがあるなら交流しない方を選ぶだろう。
精霊も守ることには力を貸すが、相手を傷つけることには力を貸さない。最大の力をもつ精霊がそうだから争いが起こらないと言ってもいいくらいだ。
今までエルフが人と交流を持たなかったのは、戦争を回避することも視野に入っていたのだろうか?
だとすると、インゴットを利用した交易は戦争を呼ぶかもしれない。結界があるからすぐにはそうならないはずだが……対策は何か考えておくべきだろうな。




