第89話 ルミシルヴァの交易
交易から戻ったその足で族長の元へと向かう。
部族として交易を始めるために、他の部族の取引の様子や人の担当者の話をした上で、ルミシルヴァでも交易を始めてもいいのではないかと話を振る。
その流れでルミシルヴァから交易に出さないのはなぜかと聞いてみたところ、どうやら交易が始まった当初はルミシルヴァからも交易の品を出していたらしい。
ただ、作っていた者がその時ですでに老齢期に差し掛かっており、数年で交易に出す工芸品を作る者がいなくなってしまったようだ。
そんな経緯もあり、ルミシルヴァでは作りたい者がいなければ交易には参加しないと決めていたらしく、作ってみたいという者が現れたのであれば、交易へ参加することとなった。
作成する者を探すのに時間がかかるかと思っていたが、部族内で昔ながらの工芸品を作っては配っている者に話を持ち掛けたところ、二つ返事で了承を得られた。
「たくさん作っても部族内だけでは処理しきれなかったから嬉しいです」
ルミシルヴァとして交易ができることに安堵しつつも、どんなものと交換したいか尋ねてみる。だがそこは外の世界を知らないエルフだ。交易で交換する品は部族内で必要なものにして、作成者には食料などの配分を多めに渡すこととなった。
交易に参加したい者が確保できたことを族長に報告しがてら、村に必要なものとして何が必要かを相談する。
「交易には疎い。どんなものが交換できるか、まずは様々な物と交換してきてくれるか?」
自分にとっても人との交易品にはどんなものがあるのか、知るのにはちょうど良い。次の交易までにどれだけの工芸品が揃うかはわからないが、交換できる量も聞きだしておくべきだろう。
毎回交易の場へ足を運ぶ建前とはいえ、交易としては正当な取引としなければな。
夜になり、アレの中へと入る。
やはり数値をゼロにしていると、薄暗く、精霊の姿がない。とはいえ、こんな穴の中なのにぼんやりとでも見える明るさがあるのが不思議なのだが……
久しぶりに警告文を前にして、魂にかかる重さを思い出し呼吸が荒くなる。まだ、何も入力はしていない。ただ、警告文が現れただけだ。
意識して深呼吸を繰り返し、呼吸を少しでも落ち着かせる。
大丈夫だ。少なくとも前回は魔素の揺らぎは確認されなかった。
震える手を警告文へと伸ばす。
前回と同じく、一文字、また一文字と入力していく。
完成と同時に重くのしかかる重さにうめき声が漏れる。
「何度やったとしても、慣れる気がしないな……」
ちらほらと精霊の姿に彩られる中、地面に座り込み冷や汗を拭う。
「これが……あと、四回……」
今回のように、交易に出る時には数値をゼロにして止めておくことは必要だろう。そうなると毎回こうして真名を入力しなければならないわけで……
「一度に持っていく数を増やしたくなるな……」
だが、あまりに急激に負荷をかければどうなるかわからない。ただ……
「前回は二本育てている間も魔素には揺らぎはなかった」
少なくともインゴット二本を同時に育てる程度なら問題がないはずだ。むしろ少ない期間で持っていく数を確保して、交易に出る前から数値をゼロにして止めておくほうがいい。
毎回真名を入力することには変わりはない。変わらないが、稼働させている時間が短いほどここを利用していることを見つかる危険性は減る。
すでにできているインゴット二本のうち一本を回収してマジックバッグに入れる。これで交易前に回収して穴になっているところと合わせて二本育てることになる。
まずは予定していたインゴット五本を確保しつつ、薬草を処理してマジックバッグに貯めていこう。薬草が回復ポーションの材料となるのであれば、多くても取引は成立するはずだ。
計画した通りにインゴットを五本確保して、前回持っていった倍以上の薬草も準備できた。新たな情報の対価としても、これだけあれば十分なはずだ。
マジックバッグの中を確認して数値をゼロに設定し直す。
順調だ。あとは部族として出す工芸品を揃えたら問題なく行けるな。
交易を七日後に控え、工芸品の作成を受け持ってくれた担当者を訪ねる。
どうやら工芸品の作成を趣味にしている仲間にも声をかけたらしく、二十個ほどの工芸品が出来上がっていた。
多くは光のルミシルヴァらしく、葉や花などを象った意匠から、光を表すように丸く磨かれた色とりどりの自然石が使われていた。これらは部族の中では昔からよく使われている意匠だった。
ただ、一角だけ……異彩を放つものがある。あれは……なんだ?
異彩を放つ一角をじっと見ていたら担当者も気まずげに話す。
「あー……一人、少し変わった感性の者がいまして……声をかけないわけにもいかず……申し訳ありません……」
「いや……持っていくが……断られる可能性はある。それでもいいか?」
「もちろんです! 他の物も、気に入らないのであれば戻ってくるのはいつものことですのでお気になさらず」
そのまま袋にしまうと壊れそうだったので木で小箱を作り、一つずつ箱の中に収めていく。よほど物を作ることが好きなのだろう。その箱を作ることも楽しいらしく、「次からは箱に詰めた状態にしておきます」と笑顔で言っていた。その辺りは任せる。
ふと小箱にも少し装飾があればいいと思って提案したら、「彫刻が得意なものに話してみる」とのことだったので、次が少し楽しみだった。
だが……この絡まるような蔦はわかるのだが……この心臓? 目? これはなぜつけた? しかも総じて黒い……
この感性だけは理解できそうになかった。




