第83話 アルシェイラ3
滾々と諭された翌日。再びおじい様の部屋に呼ばれる。
うう、またお説教じゃないわよね? 処分のお話よね……きっと……
部屋の中にはお兄様もいる。促されて座ると話が始まった。
「アルシェイラ、お前の処分だが……」
ああ、よかった。お説教じゃなかった。
でもきっと、錬金術に触れられなくなるんだろうな……それはちょっと寂しいかも。
「……族長としては幽閉を選ぶべきだ」
そこで一旦間が空く。
「だが、お前は悪意をもって魔素に影響を及ぼしたわけではない」
おじい様? 珍しく、すごく迷ってる?
「エルフの森からの追放、もしくは幽閉。どちらか選べ」
……え? あたしが選んでいいの?
「それなら追放を選びます」
おじい様がため息をつきながら零す。
「……やはりそう答えるか……」
この先、何百年とやりたいこともできずにひっそりと過ごすなんて無理。
それなら森から追放されたとしても、やれることの中からやりたいことを探して生きる方を選ぶわ。
「……そうか……」
ああ、ダメね。おじい様の寂しそうな顔を見るとさっさと決めた回答も揺らぎそうだわ。でも、どう考えても幽閉は無理よ。
幼い頃のように、おじい様に抱き着く。
「おじい様、今まで育ててくださってありがとうございました」
あたしの両親は物心がつく前に亡くなっている。何かあったらしいのだけど、詳しいことは誰も教えてくれない。
でも、その時からおじい様が親代わりとなり、あたしにお兄様ができた。
不器用ながらも優しく頭を撫でてくれる。この手がいつも、あたしを安心させてくれていた。大好きな手……
「……達者で暮らせ」
「……はい」
「それと……」
何かを言いかけて口を閉じた。
頭を撫でていた手があたしを抱きしめ返してくれる。
「……いや、なんでもない」
おじい様から体を離し、お兄様を見る。
「お兄様、アイラをお願いします」
「ああ、言われずとも」
そこで少し思案して確認してくる。
「あの子に錬金術のことは?」
「この話をあの子にしたことはありません。あたしと同じように遺跡の資料に興味を持って調べていない限りは全く知らないはずです」
あの資料を見たところで実用レベルまで理解できるとは思えないけど、可能性はゼロではない。そこを問題視するのであれば、遺跡関連の資料は閲覧できないように制限をかけた方がいいと思いますよ?
「……そうか」
その返し、やっぱり親子ですね。
もう一度おじい様をぎゅっと抱きしめてから扉に向かう。
「では、お元気で!」
「アルシェイラ? 追放とはいえ、旅に必要なものは持って行っていいのだぞ?」
「もう荷物はまとめてあります」
処分が決まれば、部屋に戻ることはないだろうと予測はしていた。
それに、時間遅延のマジックバッグを作ることができてからは資料や素材、錬金をするのに最低限必要な道具、その他生活に必要な物はすべて腰のマジックバッグに入れている。
だから、決意が鈍る前に出ていく。
涙をこらえながら集落の門に向かって走っていたら、横から突然何かに飛びつかれた。
ちょっ……何!? 何が!?
「お母様!」
「え? アイラ?」
びっくりした。え? なんでアイラがここにいるの?
「光の精霊が騒ぐから聞いたら教えてくれた! 森から出ていくって、なんで!?」
あー……精霊ネットワーク、情報が早いわ……
「んー……ちょっとやらかしちゃった」
アイラの目にあっという間に涙が溜まっていく。
なだめるように頭を撫でる。
「会えなくはなるけど、死ぬわけじゃないわ。今までと同じでお互いのやりたいことをそれぞれの場所でやるだけよ」
「すぐに会える場所にいるのと会えない場所にいるのでは全然違うよ!」
……怒られた。
んー……でもなぁ。アイラの無事は精霊に聞いたらわかるし、おじい様とお兄様がいるからあまり心配してないのよね。アイラも小さな子供ってわけでもないしね。
「ごめんね。でも追放は決まったことだわ。そして追放を選んだのはあたし」
森から、みんなから離れることは寂しい。でも、あたしはあたしがやりたいことを選んだ。ただそれだけ。
あたしと同じ金色の瞳にキスをする。
「お母様のばかぁ! なんでそんなすぐに切り捨てちゃうのよぉ!」
あたしにしがみついて子供の様に泣く。
ん~……困ったな。嫌ってるわけじゃないから、振りほどけない。かといって連れていくわけにもいかないし……
アイラの体がふっと持ち上げられ、離れる。
「アルシェイラ、行け」
「やだやだ! 離してっ! お母様!」
「お兄様、ありがとう。アイラ、元気でね!」
アイラの泣き叫ぶ声を振りほどくように走る。
こうなることがわかっていたからアイラには知らせたくなかったのだけどね。
でも別れの言葉が『ばかぁ!』か……ちょっと、それは寂しいな……それを言わせたのはあたしなんだけど……
泣きながら暴れるアイラを抱きかかえ、走って集落の門から出ていくアルシェイラを見送る。
「……アイラ、アルシェイラの追放は族長決定だ。引き留めたところで覆らない」
「……そう仕向けたのは、あなたでしょう?」
アイラは暴れるのをやめ、こちらをキッと睨みつけてくる。
「お母様はそういうのに無頓着だから全く気がついていなかったけど、私はちゃんとわかっているんだからっ!」
アルセリオンは暴れなくなったアイラを下ろしてやる。
「ずっと……ずっとお母様を追い出したくて仕方なかったくせに!」
ああ、そうだよ。
族長より、若長の自分よりルミシルヴァの光に愛された女。
あいつが生まれたから精霊の力がルミシルヴァに傾き、ルミシルヴァが森の長となった。
若い頃は、それだけで若長の座があいつに移ると思っていた。だから、追い出せるのであれば追い出したかった。
だが成長するにつれ思い知らされた。
あいつが特別なのは精霊に愛されているからだけではない。
知識も、発想力も、行動力も、人を惹きつける力も。
何もかもが自分を上回っていた。
そこに転がり込んできた追放の口実。それもあいつ自身がやらかした結果だ。
だが、それでも強く追放を促したわけではない。最終的に選んだのは、あいつ自身だ。全く迷うことなく。
それは、この森にあいつを縛りつけるほどのものがなかったということだ。
捨てられた。
追い出すことを願っていたのは自分なのに、そう感じるのはおかしな話だ。
アルシェイラと同じく背を向け、走り去っていくアイラを見て思う。
アイラは光の祝福を受け継いでいる。だがアルシェイラほどの強い祝福ではない。いずれ森の長の座はエルヴァリエル部族に戻るだろう。
「……それが、なんだという」
すぐにはアルシェイラを追放した影響は出ない。
今のうちに力をつけなければならない。
やっと、望んだ状況になったのだから……




