第79話 ドラッケン雇われる?
バルドリックが郊外の邸で暇を持て余していると来客の報せがあった。人に会う気分でもないが、放っておくわけにもいかず、しぶしぶ対応に出る。
「初めまして。わたくしはセレスト・マルキオンと申しますわ!」
「……バルドリック・ドラッケンだ。何の用だ?」
「回りくどいのはお嫌いと聞いてますので単刀直入に申し上げますわ。警備隊長として雇われて下さいませ!」
バルドリックは内心で頭を抱える。
……なんでそうなった? ここのところこんなのばかりだな……
「……俺は初対面だよな?」
「そうですわね」
「順に説明してくれ……」
回りくどいのは嫌いだが限度というものがある。
全くの前情報なしでわかるわけないだろっ! ある程度は説明を寄こせっ!
「そうですわね。では簡潔に……わたくしがドラッケン侯の領地の一部を引き継ぎましたのはご存じ?」
……あー、そんな通達が来ていた気がするな。そういえばそんな名前だったか?
誰が治めるかなんて興味がなかったからよく覚えてないな。
「領地と一緒に軍も一部引き継ぐことになりましたの。でも軍の運用なんてさっぱりわからないから、とりあえず警備会社として立ち上げて、軍の方々もそちらで雇い上げることにしました」
警備会社か。領地の見回りなんかは警備の一環だ。やることとしては変わりないから問題なく運用はできそうだな。
「……ですが! 元ドラッケン軍の方々はこちらの言うことを聞いて下さらないのですわ!」
……いやな予感がする……
「『大将が大将じゃないのなら働かない』などと、わけのわからないことを言いますのよ!」
額に手を当ててうなだれる。
新しい信奉者ができたら離れていくだろうと思っていたのだが、重症すぎる。
「もう一方のヴァルディスの方でも同じように反抗されたようですけど、あちらは力で押さえつけたようですわね」
……それはそれであいつら、不満を溜めているんじゃないか?
「わたくしにはそういう力がないのもありますけど、力で首根っこ捕まえて押さえつける真似はしたくありませんの。それくらいなら金で叩きますわ! 働きに見合う報酬なら惜しみません!」
……こいつもこいつでどうなんだ?
ちょっと待て。新たについた2人がこんなって、領民は大丈夫なんだろうな? 今のところ不安材料しか聞こえてこないが……俺がいい領主だったか、と問われたらそうでもないが……
「ですから、元上官である貴方が必要なのです! 警備隊長として雇われて下さいませ!」
……あー……つまり、金に任せてあいつらの手綱を買いに来たってことか……?
確かに生活するのに金をどうするか困ってはいたが……
それだとなー……あいつら、俺への依存からいつまで経っても抜け出せないだろ? しかも、俺が警備隊長になったらヴァルディス側の元ドラッケン軍のやつらもこっちに来るんじゃないか?
「その時は全て雇いますわよ!」
……それはそれで問題なんだよっ! なんで俺が軍を剥奪されたと思ってるんだ? 軍全権を取り戻すことになるということがわからないのかっ!
マルキオンが期待を込めた目でこちらを見ている。
わかってなさそうだよなー……どうすっかな、これ……
「……ちょっと、考える時間をくれ……」
すぐにいい案が思いつかないのもあるが、これは一人で決めると詰む。
どこに相談するべきか……もう難しいことはわからんし、素直に皇帝に相談するか? 叛意はないという意味も込めて……
後日、皇帝に相談した結果、『マルキオンの監視下に入って都合がいいから、そのまま雇われろ』と逆に命令されてしまった。
下につく隊員は元ドラッケン軍だけで構成しない、という条件付きではあるが……
絶対に面白がっているだろ? あの人……
『軍』ではなく『警備隊』であり、『ドラッケン』ではなく『マルキオン』だから問題ない。って言われてもなぁ……
俺にはよくわからないが、条約の関連で軍に制約がどうこう言ってたよな? そういうのはいいのか?
雇われた結果、その辺が変なことになっても俺は知らないからな?
おかしいな……俺はこういう面倒くさいのを考えずにいられたはずなんだが……どうしてこうなった?
セラディアではある程度武術に覚えのある情報部員で調査隊を構成し、エルヴァリエル外縁部へと出発させていた。
だが、情報部の人間は軍のような野外訓練を行っているわけではない。調査に出るものの、火の起こし方からテントの張り方、歩く時の枝払いなどなど。少し行動するだけで戸惑い、なかなか先に進むことができない。
仕方なく流れの傭兵を護衛として雇い、調査中の野外生活も支援してもらうこととした。
「学者さんも大変だね。こんな何もない森を調査とか」
「そうですね。直接エルフの方々に会って話が聞けるといいのですが、なかなかそういうわけにもいかず……」
「エルフといえば、いつもならこのくらいまで奥地にくると視線を感じるのだが……なにもないな……?」
雇った傭兵たちが周りを気にするが、何も気配を感じないらしい。
そのまましばらく歩くと、まだ新しい焚き火跡が見つかった。
「これはエルフの方々がこの辺りまで来ているのですかね?」
「……いや、これは人間が焚いたものだな。しかも、薪が軍の訓練を受けたものの組み方だ」
「軍がこんな奥地にまで来ている?」
「……攻撃されても困る。離れた方がいい」
「……そうですね」
今、北方にいる軍といえば分割したヴァルカディアン軍だ。
ヴァルカディアンもエルフの森を調査しているというのか。一体、何のために?
その理由はここで考えても分からないが、報告は上げておくべきだ。いっそ調査を切り上げて報告を先にするべきか?
いや、時間が経つと動きが読めなくなる。調査はこのまま続けたほうがいい。
「軍が森で活動しているとなると、こちらの痕跡はできるだけ消さないと追われるかもしれない」
「それは……よろしくないですね」
「俺たちとしても軍に弓を引くのは勘弁して欲しい」
軍との接触を避ける、という方針は一致している。
行動範囲をもう少し東側に移し、休憩の度に自分たちがいた痕跡をできる限り消すこととなった。




