第78話 諜報員事情
サルクはいつもの退屈な時間をどうにかやり過ごし、部屋に戻る。部屋にはすでに先客がいた。
……当たり前のようにいるな……
「次の任務だ。五日後にいつもの場所で」
「承知した」
影をじっと見る。見た目は似ているが、別人、だよな?
「……なんだ?」
「……レイスは忙しいのか?」
護衛の連絡役はレイスなのかと勝手に思い込んでいた。
「いや、少し見てみたくてな」
見てみたい?
「顔は隠しているし、背格好も声も似せているはずだが、なんでわかった?」
さっきまでと全く違う声で問いかけられる。
声というのはここまで変えられるものなのだな……
「……気配が違う」
「……お前、影の訓練なんて受けてないよな?」
「必要なかったからな」
腕を組み、何やら考えているようだが……まだ何か用があるのか?
「影になる気になったらいつでも歓迎するぞ」
「領には戻らなければならない」
「そん時はサルク・カルヴァスを死んだことにしてやるよ」
あっさりという。
サルク・カルヴァスも私なのだがな……
「……影になるのは構わない」
相手の顔にわずかな喜色が浮かぶ。
「だが、サルク・カルヴァスは殺すな」
「残してたら影として動けないだろ?」
「カルヴァスは直轄地で、私は飾りとはいえ管理官だ」
表情をなくしたまま動かない。
表情に現れないというのがここまでやりにくいとは……
「直轄地の情報は、必要だろう?」
思っている人物が雇い主なら、だがな。
直轄地の動きというのは皇帝の動きでもある。違う人物が雇い主だろうとそれなりに欲しい情報だろう。
それが潜入せずに手に入る。わざわざこの位置を殺す必要はない。
しかし、ここまで容易く出入りしているのをみると、こんな地位などなくとも欲しい情報はとれるのだろうな。どれだけ警備を固めても大した意味はない気がしてくる。
いや、それだけ影が異常なのだろう。
「……動かせる優秀な手足が欲しかったけど、まぁいいか」
ここの情報はカルヴァスの領地関連以外ではさほど動くことはない。
そんなところに人を割くのも手間だろう。
「情報員として動かすなら連絡手段が必要だな……」
「繋がるものを私に残すな」
定期的に北方に出る。その時にレイスに渡せば問題ない。
「本当に惜しい人材だよ、お前……」
もっと早く落としておくんだった、と呟きを残して気配が消えていく。
……毎度思うのだが、目の前で気配を消すのはどうやっている……?
後日、レイスに『ずいぶん気に入られたようだな』と話を振られたから、そのままどういう人物なのか聞いてみた。
「教育係なんだが、特に貴人を影に落として教育するのが趣味な人だ」
「……」
それは、気に入られたと喜んでいい人物ではない気がするが?
「あの人はいつまでも汚れ仕事は誰かがやるもの、と甘いこと言ってる奴の心を折る。あんたは違うだろ?」
やるか、やらないか、で問われればやるが、好んでやるわけではない。
だいたい当主の仕事というものは汚れ仕事に近いものが多々ある。そんなことで止まっていたら何も決められないし、進められない。
ならば、戸惑う間にやってしまう方が早い。
「ほんとに影向きだな」
……それは、褒め言葉なのか? 本業から見れば褒め言葉なんだろうが……
どこかで喜んでいる自分もいて、もうこちら側の人間なんだなと自覚した。
エーリカは誰もいなくなった地下畑の休憩所で一人、情報と調査内容を精査していた。
外に流れている情報は明らかに地下畑内部に居住している人が関係している。
村人の前にはアルセラ様の姿を見せないようにしていた。なのに、『エルフ』という最大の特徴が渡っていた。しかも、騎士の話では『ドワーフ』というワードも出ていたらしい。
ただドワーフについては、本人たちが隠す気もないからここに来るまでの間にも情報が流れた可能性はある。
地下畑の中に住んでいるのはトーマスさん一家、フリードリヒさん一家、鍛冶層のエドガーさん、マルクスさん、レオン、ヨハン。水車担当のヘルマンさんとリオネルさん。
攻めてきた時期を考えると鍛冶層が怪しいけど、収穫が始まったのを確認してから攻めてきたのだとしたらこの時期はあまり参考にならない。
ただ、行動として気になるのは一人。とても怪しいのよね。
鍛冶見習いのヨハン。
彼は常にいろいろな人と話をしている。
トーマスさんやフリードリヒさんともよく話すし、作業員の元鉱夫たちとも、作業内容で盛り上がっている。
ヨハンも元鉱夫なのだから、作業員の元鉱夫たちと仲が良いのはわかる。だけど、ヨハンは年齢差も気にしないし、新しく来た人にもすぐに溶け込んで、作業の話を引き出して話題にしていく。
その様子が熟練の諜報活動に見えて仕方がない。
ただ、疑いきれないのはヨハンはこのベルグリム村で生まれ育っている。外の諜報員に接触して、協力するような何かがあったようには思えないし、諜報員の教育なんて受ける隙はなかったはずだ。
そうとはわからないように利用されている可能性もあるのかもしれないけれど……それを疑い出したら全ての人が怪しくなる。
そこを疑うのであれば、地下畑の外によく出る人物を疑うべきだ。
よく休暇を利用して地下畑の外に出ているのはエドガーさん、ヘルマンさん、ヨハン、レオン。
……ここでもヨハンの名が出てくる。
ヨハンは怪しむ要素が多すぎる。
エドガーさんは省いて良いだろう。彼は墓参りのために出ているだけだ。そうなった経緯もよく知っている。
外での接触を考えると後はヘルマンさんとレオンか。ヘルマンさんはおそらくセドリックさんの素性調査が入っているだろう。
あとはレオン。彼は、よくわからない。素性不明でとても怪しいのだけど、情報を得ようとする動きが全くと言っていいほどない。
本人も寡黙で、作業のことでしか話をしていないようだし。
寡黙に見せかけて潜んでいるのか、元々そういう性格なのか判断がつかない。情報を掴ませないところも諜報員らしい。
しばらくはヨハンとレオンの調査かしらね?




