第70話 ガル3
無事に村に荷物を預けたグレイヴン商会は次の村に向かう。
山を越え、同じような小さな村に着き、村長と荷の交渉をして荷を預けていく。
そして最後の村で事件は起きた。
「そんな荷は預かれん!」
年老いた村長はハルトと机を挟み、腕を組んで態度でも受け付けない意思を示している。
ハルトは笑顔を浮かべながら必死にあの手この手で説得を試みているが、村長からの答えは一貫している。
「断る」
「ですからこれは北方交易の……」
「交易にしては量が多すぎる」
村長は外へ視線を向ける。
「だいたい最近北に流れてくるやつらも妙だ。あれは兵だろ」
「考えすぎですよ」
「年寄りをなめるなよ、若造」
ハルトはそれでも諦めずに交渉の角度を変えていろいろ提案していく。
そんなやりとりの中で突如レイスが身構え、ドラムとジグが視線を動かす。
一人静かにガルが戦場の空気を纏いながらゆっくり村長の方へと一歩、また一歩とわずかに床をきしませながら近づく。
ガルは何も言わない。
ただ三歩近づいただけ。
それだけで空気が変わった。
村長はガルからの異様な空気に当てられ息を飲む。
ただ一人、交渉の糸口を必死に考えているハルトだけが気づいていない。
ガルは表情も変えず、ただじっと村長を見る。
感情は何もこもっていない。
レイスが思わず武器に手を伸ばしかけ、ドラムが目線で制する。
誰も動いてはいけない、そんな圧倒的な緊迫感だった。
「……あんた、戦場を見たことは?」
静かな、低い声が小さく響く。
村長は体を強張らせたまま何も言えない。
「焼けた村」
一歩踏み出す。
ぎしっと床板が鳴る。
「行き場をなくす敗残兵」
一歩踏み出す。
緊迫した空気に村長だけでなくレイスたちも引きずられる。
そこでようやくハルトが気づき、のんきに呼びかける。
「……ガル?」
でもガルはやめない。
村長の目から視線を外さない。
「戦争ってものはな……」
静かに語りかける。だけど空気はどんどんと重くのしかかる。
「理屈じゃない」
村長の顔色が変わり、額には脂汗が浮いてくる。
体もわずかに震えていた。
「次にきた連中が、みな話の分かるものばかりだと思うな」
沈黙が落ちる。
外を流れる風の音が妙に大きく聞こえる。
ガタンと戸が揺れたところで、いつのまにか詰めていた呼吸が戻る。村長が深く椅子にもたれかかった。
「……何を置く……」
何が起きているのかわからず、ガルを不思議そうに見ていたハルトが村長の方に向き直る。
「え?」
「荷を置くと言っている」
ハルトが慌てて帳簿を開き、置く荷を確認する。
ガルが何事もなかったかのように壁に戻ると、重い空気に当てられていた者たちの体が弛緩する。
思わず攻撃しそうになっていたレイスが息を吐き、壁に戻ってきたガルを横目に見る。ガルはなんてことないようにいつもの雰囲気に戻っている。
その落差にレイスはガルに対して底知れぬ恐怖も感じていた。
予定していた全ての村へ荷を無事に預けて帰路につく。
荷がなくなり身軽になった荷車は軽快に走り、行きより短い日程でヴァルカディアン領郊外まで戻ってきていた。
「こちらが今回の護衛料です。お疲れさまでした」
ハルトから金の詰まった袋を手渡されるが、ガルには相場がわからない。中も確認せずそのまま持っていたリュックサックに詰め込む。
レイスたちと一緒にハルトの姿が見えなくなる位置まで離れる。
「報告は?」
「こちらでまとめてしておく」
「わかった」
「次の連絡を待て」
「……ああ」
三人の気配がするりと溶け込むように消えていく。
ガルもサルクとしてカルヴァスの邸へと戻っていった。
サルクが北方の護衛から戻って数日後。
各領にドラッケンとカルヴァスの領地編制の知らせが届いた。
ドラッケン領の一部は武功上がりのヴァルディスに、補給線を含む商業地は商人貴族マルキオンに割り振られた。
そしてカルヴァス領は直轄地となり、サルクが名目上の管理官となった。ただし、実権はない。
「飼い殺しだな」
どうでもいい。
処分には納得していないが、皇帝に盾つく気はない。
軍が残っていたところで、元々カルヴァスは補給を担うばかりで攻撃を得意とするような軍ではない。動かせたとしても部下は全員離反している。
「落ちたものだ……」
今日も特にやることはなく、ただただ時間が過ぎゆくのをやり過ごしていた。
通達から三日後。
帝都から補佐官がやってきた。
「実務を担当させていただきます。資料の場所を教えていただけますか?」
「ああ、この執務室に全て揃っている」
「拝見させていただきます」
「そこのソファーにいる。不明点は聞いてくれ」
言うが早いか、サルクはさっさとソファーへ移動して座り、目をつむる。
補佐官が資料をめくる音だけが部屋に響く。めくる速度を考えるとかなり優秀なようだ。これなら二日もあれば資料も全て把握するだろう。
……私を飼い殺すための目付け役だろうが、無能を寄こされるよりははるかにマシだ。これなら私がいつ護衛に出ても問題はないな。だが、有能すぎてやることがない……
時間が経つのが遅い。早く北方へ行きたい。
あちらも荷の管理は自分ではやらないのだが、それでも運用に関われるというのは心が落ち着く。
それに、あの量だと前回置いた物資もそろそろ底をつく。
「閣下」
呼ばれてため息がもれる。
「閣下はやめてくれ。今の私には部下もいない」
「……ではカルヴァス様、こちらの資料ですが……」
「ああ、それならこの資料と合わせるとよくわかる」
何が聞きたいのかすぐにわかり、関連資料を出してやる。
「全くの見当違いならまた教えてくれ」
補佐官は一礼すると、渡された資料と突き合わせていく。
淀みなく読み進めている様子を見るに、どうやら合っていたようだ。
ある程度の資料を見終わっただろう頃を見計らい、声をかける。
「補佐官、私はたまに隊商の護衛で二、三週間外出する。構わないな?」
「……ええ、必要な書類にサインさえいただければ問題ありません」
「出発が決まったら予定を連絡する」
「承知しました」
部屋へ戻るとレイスの気配が入り込んでくる。
「もう護衛には出られないのかと思ったが、問題ないようだな」
「ここに私の仕事はない」
「五日後、前と同じ場所だ」
「承知した」
するりと気配が消えていく。
全く、いつから見ていたのだか……やましいことは何もしていないから問題はないが……こうした影の一端に触れると、彼らの持つ情報量の多さに納得するものだな。




