第69話 ガル2
なだらかな丘陵地を抜けると見晴らしの良い平野に出る。この平野は広く、ドラッケン領まで続いている。
今走っているのは難所の少ない南北の通り道として商隊も好んで使う道で、道幅が広いだけでなく整備もしっかりとされている。
その途中に作られている野営地用の広場の一つで今夜は野営に入るようだ。馬車を止めて、商会員たちが野営の準備を始める。
野営に関する諸々は雇い主であるグレイヴン商会が面倒を見ることになっているため、ガルたち護衛はそのまま散り、周囲の警戒にあたる。
警戒が仕事なのだが、どうしても言わなければならないことができる。
「おい」
「どうかしましたか?」
まだ若い商会員がビクッと反応して、表面はにこやかな笑みを作る。
だが、そんなことはどうでもいい。
「そこで火を焚くな」
「え?」
「馬に煙がいく」
合図したかのように馬がぶひんっと鼻を鳴らす。煙たいのだろう。
「暴れられたくなければ風向きを考えろ」
商会員たちは慌てて火を消して焚火を移動させる。
だが、移動した先の位置を見てため息が漏れる。
「そこもダメだ」
荷馬車を指差す。
「火の粉が飛ぶと燃える」
軍用であればここには油脂もあるはず。他の燃えやすい保存食はおそらく後ろの整備が甘い馬車に乗っているだろうが、どちらにしても燃える。
商会員たちは慌てて距離をとって新たに焚火を組んでいく。
やっと問題なさそうな位置に落ち着き、軽く息を吐く。
そのやりとりを見ていたハルトが近づいてくる。
「ありがとうございます。ずいぶん詳しいですね」
「隊商護衛をやっていれば覚える」
……やりすぎた……次は自重せねば……
ガルの正体を知るレイスの目線が痛い。だが、荷や馬に影響が出ると分かっているとどうにも放っておける気がしない。
なんてことない素振りで周囲の警戒に戻っていった。
二日かけて平野を抜け、道は山道へと続いていく。
この平野を抜ける間もガルは言いたいことを言わないように耐え、普段はかなりイラつきを漏らしていた。おかげで商会員たちには怯えられている。
もうすぐ峠に入ろうかというところでガルの限界がきた。
「……おい」
「な、なんでしょうっ!?」
「縛り直せ。荷が崩れる」
「大丈夫ですよ。いつもこの縛り方ですし……」
「……止めろ。俺がやる」
目の前で荷がぐらついて幌が揺れるのを見てしまったらもう無理だ。
止まったらすぐに幌と縄を外して荷物を組み替えていく。
長物は弓弦と皮束か。見せたくないから中に入れたのだろうが、これは外だな。
油脂類は後ろ。この箱は重さ的に岩塩か。もっと量がないと足らない……いや、それは今はいい。薬草は……
今までの経験から箱や包みを見て中身を推測しつつ手際よく並べ替える。
しっかりと縄を縛り、張り具合を確認して幌をかける。やっと納得のいく形となり満足して振り返ると、手伝おうと集まってきていた商会員たちが呆然とその姿を眺めていた。
「……何を積んでいるか言ってないはずだけど……」
小声で漏れたハルトの言葉を拾いひやっとする。これは完全にやりすぎた。
「あんた、隠す気あるのか?」
「……」
呆れたように呟かれたレイスの言葉に何も言えない。
いつも見ていた荷が雑に扱われているのを見るとどうにも放っておけない。しかも目の前にあるのは軍の補給物資だ。今でも足りないと思う量なのにこれ以上損耗させたくない。
それを考えること自体が間違いだと気づいているのだが、長年関わってきたことだけにどうしても譲れなかった。
峠では盗賊に狙われたが、レイスたちが先回りして処理することで荷に近づけさせることもなく無事に難所を越えた。
峠を越えてしばらく走ると最初の目的地に到着する。
山間にある小さな村で、遠くには大きな森を形成する木々が上の方だけ見える。あれが迷いの森として有名なエルフの森なのだろう。
村の中で少し大きめの家に案内される。案内された家の中で村長とハルトが話し合いを始めた。
その様子を離れたところからじっと見ていた。
「委託販売、ですか?」
「はい。荷を置かせていただいて、必要な人に販売をお願いしたいのです」
「……先日、軍の方が来られて接収されていきましたから助かりますが……」
村長は期待されるほど売れるかどうかを心配しているようだ。
「積極的に宣伝して売るようなことはしていただかなくて結構です。そうですね……もしもの時の村の備蓄が増えたと思っていただければ……」
ハルトは耳障りのよい言葉を選んでいるようだ。
あれらは村にも使えるだろうが……完全に軍仕様だ……
「村の倉庫はこちらです」
無事に預けることが決定したようで、外に出て村長宅のすぐ隣にある村の倉庫に案内される。
まだいくつかの村を回る予定だから、荷馬車から少しずつ分割して倉庫に収めていくようだ。
……こんな量だと一回軍が来ただけでなくなるぞ……
かといって、これ以上の荷を運ぶのも難しいのだろう。もしくは別便で他の村にも補給が出ているのかもしれない。
……もう管理する立場ではないのだから考えるべきではないな……
腕を組み、口を出したいのを堪える。そもそも今足りないと言ったところでどうしようもない。
「ずいぶんと塩が多いようですね?」
「塩は腐りませんから」
……軍用だからな。足りないくらいだ。
ハルトは村長の疑問に詰まることもなく自然と返していく。
ずいぶんと慣れている。
ハルトの返事は村長に安心を与えながらも余計なことを考えさせない。
村では初めて見るであろう保存食についても、日持ちのする食糧とだけ説明をして積み上げていく。
弓弦を包んでいた油紙がめくれ上がると慌てて隠すようにして直した。
「それは……」
「狩猟用ですよ。狩りができなくなると食べるものが少なくなりますから」
……あれが狩猟用なわけがあるか。あの量は完全に軍の補給規模だ。
「そんなに必要なものか?」と村長も訝し気だが、そのまま倉庫に置かれた。
そんな様子にドラムが鼻で笑い、ハルトが肩をビクつかせる。
慣れた様子との落差に違和感を覚え、理解もする。
ハルトは運んでいるだけでどんな荷なのかは把握していない。
おそらくどこから依頼されているのかも知らないのだろう。
ただ、どういう目的の品なのか知られてはいけない荷なのだということだけは理解している。
「……俺と同じか……」
だからこそ、余計なことをしないように監視がつく。
俺に補佐をつけた体にしつつ監視の影がつくように……この考え方は——……いや、確認してしまったら終わりだ。
何も知らない。
ハルトはただの商人で、俺はただの護衛だ。
そうでなければいけない。




