第68話 ガル1
アルドレウスは暗闇が支配する執務室の中、ぽつりとつけた明かりに照らされ地図上の駒を動かして思案に沈んでいた。
カルヴァスが堕ち、ドラッケンは退いた、か……
意外だな。ドラッケンは部下と一緒に暴れるかと思ったが……
まあいい。今回はカルヴァスの方が使い勝手が良い。
北方に荷を運ばせる。
ヴァルカディアンと表向き繋がりのない商会。
カルヴァス——
「カルヴァスの動かせる人数は」
「……軍属として動かせる者は残っていません」
部下には逃げられたか。都合は良いな。
「影を三人ほどつけろ。補佐と監視をさせる」
「はっ」
カルヴァスは気づくだろうが……動き次第では早々に切るか。
「グレイヴン商会は?」
「使えます」
「金は全部出す。こちらとの繋がりを見せるな」
新しい駒を足す。
「カルヴァスは護衛として監視させろ」
これで補給線も通る。
条約にもかからない。
いつでも切れる配置。
「あとはいつ動くか……」
急いでこちらの狙いを教える必要もない。
ただ流れだけは途絶えさせないように、管理が必要だ。駒たちがどこまで使えるか……
グレイヴン商会の倉庫にて、ハルトは次の荷物の準備をしていた。そこに一つの気配が入り込む。
「おや?久しぶりの依頼ですか?」
「北方まで荷を運んでもらう」
「北方ですか」
ひらりと紙が差し出される。
「ここに書いてあるものを準備して運べ」
「ずいぶんと量が多いですね……用意するのに一週間はいただきます」
「護衛はいつも通りこちらが用意したものを雇え。これが支度金と護衛の費用だ」
ずしりと重量のある布袋が渡される。ハルトは中を見ることもなく机に置く。
「それと、今回の荷の売り先は帳簿に残らないようにしろ」
「また厄介な荷ですね」
ハルトは口に手を当ててしばらく思案をする。
「……それであれば、村へ委託販売する形にしてもよろしいでしょうか」
荷を預かった村が販売することで帳簿には村に販売したという記録しか残らない。欠点としては村が販売するから確実に全てが売りたい先に届くかは不明だ。
他に流れることも考えると少し余裕をもった量を準備して預けておくことになる。
「……村での委託販売で問題ない。足りない分は成功報酬とともに渡す」
「量的に痛いですが……次からは先にご用意くださいね」
ハルトが準備する荷の内容に再度目を落とすと影の気配が消えていく。
「……しばらくは稼げそうですね」
荷の手配、契約書の作成……とやらなければならないことを考えつつ倉庫を後にした。
サルクが特にやることもなく部屋で一人過ごしていると、音もなく気配が入ってくる。前に来た者とは別人のようだが、同じ所属なのだろう。
「任務を伝える」
男は挨拶もなく、淡々と話し始める。
「四日後に荷を乗せた商会が北方へ出る。その護衛に入れ」
「承知した」
「……護衛にはこちらからも入れる。そいつらはカルヴァスだと知らない」
粗雑なリュックサックと武具が目の前の机に置かれる。
「服と武具はそれを。名は『ガル』と名乗れ」
さっと確認すると、庶民的な服と飾りのない汎用の剣と使い込まれた革鎧。つまり、貴族であることを隠せということか。
「なら口調も合わせる必要があるな……」
粗野な言葉は聞き慣れているが、長年口にしてきた言葉はすぐに変えられるものでもない。できる限り喋らない方がいいだろう。
預かった荷物を確認している間に気配はなくなっている。
荷物は人目に触れないよう、予備の武具に紛れさせるように置く。
仕事があることに安堵しつつも一体どこまで堕ちるものなのか。不安を吐き出すように深く息を吐き出した。
夜も明けきらぬ暗闇の中、サルクはヴァルカディアン領郊外の指定された場所に来ていた。しばらくそのまま待つと覚えのある気配が近づく。
「……そんな恰好もできるんだな」
サルクは預かった衣服や装備を身に着け、髪や髭は手入れをせず、行軍後の様相を醸し出している。
「服や装備に合わせただけだ」
「名は覚えているな?」
「ああ、『ガル』だ」
「俺は『レイス』だ。道筋は俺が指示を出す。商人の元に行くぞ」
レイスの後ろについて歩き出すといつのまにか気配が2つ増える。サルク――ガルは特に気にする素振りもなく後に続く。
出発前の点検をしているのだろう。忙しく荷馬車の周りを動き回る商会員たちに指示を出している人物に近づく。
「おはようございます」
「今日から護衛に入るこっちからガル、ドラム、ジグ。俺がレイスだ」
「はい、よろしくお願いします」
「道はこちらの指示でいいな?」
「はい、選定はお任せします」
テンポよく、軽い打ち合わせが行われて出発となる。
道案内のためにレイスが先に立つ。ドラムが中央の馬車、ジグが後方の馬車につくようだ。ならばとガルはレイスの反対側前方についた。
ガルはちらりと馬車に視線を走らせる。
馬車は三台。よく使われる一般的な幌馬車だ。だが後方の一台は数合わせなのか少し整備が甘い。全体的に荷も過積載気味だ。
管理がなってないな……
商人の荷ではよく見る風景だ。利を優先しているのだろう。
荷の管理を担うのであれば口出しするのだが、今は護衛としてここにいる。
どう考えても口を出すのは立場が違う上に、気になったままに口を出せば命令口調での指示になるのが目に見えている。
内心はもやっとしつつも前を向いて歩くことだけに集中することにした。
なだらかな丘陵地に入るとまとまった雨が降ったのか道がぬかるんでいる。
これは車輪がはまるかもしれないな、と考えたところで馬の嘶きと悲鳴が聞こえる。
「くそっ、車輪が窪みに落ちた」
「馬車を押せ!」
「……止めろ」
これは口を出すべきだろう。
「そのまま押せばさらに車輪が食い込む」
商会員が止める間もなく、さっさと幌を開けて中を見れば案の定、前の方に重たい樽が積まれているのが見えた。
「荷物を積み直せ。重たい樽は後ろにして重心を変えろ」
「……え?」
待つ時間が惜しい。さっさと積み直し始めると、商会員たちが慌てたように来て手伝う。
「それは中央におけ」
「その向きだと転がり出る」
「固定はこうだ」
積み替えて荷台を見る。重心がやや後ろになっているのを確認して馬に引かせる。
窪みに入った状態からだったために少し抵抗はあったが、大きな問題なく窪みから脱出した。
「積んでいる荷物は変わってないのに……」
……手を出しすぎた気がするが、まあいい。
しかし、この組み合わせは軍の携行糧食と野営消耗品の典型だ……完全に軍の補給だな。だとすると後ろには……いや、考えることではないな。今は補給の管理ではなく護衛だ。
無事に目的地へ到着することだけを考えるべきだな。




