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強欲のダンジョンの作り方  作者: 夢兎
ドラグナール帝国

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第62話 条約ができるまで5

 書記官はすでに何枚目かも分からなくなった羊皮紙を前にしていた。


 書き直し。

 差し替え。

 破棄。


 同じ内容のはずの文言が、微妙に違う形で何度も現れては消えていく。


「『駐留を禁ずる』では弱い。『いかなる軍事力の展開も認めない』に変えろ」


 それは……制限としては強すぎる。

 いや、考えることではない。そのまま記せばいい。


「『いかなる』は広すぎます。監視のための最小限の人員まで含まれる恐れがある」


 声は穏やかだ。だけど、否定は一切の余地を残さない。


「ならば定義を付けろ。『戦闘行動を可能とする規模の兵力』とでもな」


 思わず顔を上げる。

 ……それは、どこまでを指す?


 誰も止まってない。理解できていないのは自分だけなのだろう。

 ペンを動かしてそのまま記す。


『両当事者は、国境間に設けられた緩衝地帯において、戦闘行動を可能とする規模の兵力の展開、ならびに軍事施設の設置を行わないものとする』


「『ならびに』の後に『補給拠点』を加えてください」


「……構わん」


 言われた通りに書き加える。

 協議は一進一退しているように見えるのに、内容は順調に決まっていく。いや、……決まっていたのか……いつから?

 指先がわずかに止まる。


「続けて、配置制限を」


 ハイゼン宰相の声で我に返る。矢継ぎ早に発せられる言葉を、慌てて文字へと変えていく。


『また、両当事者は、当該地帯より一定距離内において、大規模な兵力の集結および迅速な侵攻を可能とする軍の配置を行わない』


 『大規模』……これは休憩前に協議で決めると言っていた言葉だ。だけど誰もそれを詰めようとしない。

 ……あえて残している?


「査察権を入れろ」


「『相互』ではなく『当方に限る』でお願いします」


 ペンが止まる。


 ……それは本当にそのまま書くのか


「……問題ない」


 ……問題ないのか……


『ドゥルガルド王国は本条項の履行を確認するため、当該地帯に対する査察権を有する』


 書いた瞬間、空気が変わった気がした。


 これで、終わる。


 誰も口にはしない。だけど、全員が理解していた。

 戦いは、ここで終わったのだと。


「よろしいかと存じます」


「……ああ」


 それだけだった。


 書記官は最後の一文に視線を落とす。


『両当事者は、相互に武力行使を行わないことをここに確認する』


 簡潔で軽い一文。

 だけど、その下に積み重なったものの重さをこの場にいる誰もが理解していた。

 静かにペンを置く。


「……以上をもって、条文化を完了いたします」


 上級書記官の宣言に誰も異を唱えなかった。

 こうして日数としては短くも濃い戦いは終わりを迎えた。



 会談終了後、どうしても気になっていたことを上官に聞いてみる。


「あの、『大規模』の定義は……」


「定義しない」


 はっきりと間を置かずに返ってくる。

 やはりわかっていないのは自分だけのようだ。


「……なぜ、ですか?」


「そのほうが使えるからだ」


 使える?

 わかったような……わからないような……

 今までいろんな意味として捉えられるからと細かく決めていた。だから書き直しも多かったわけで……


 いろんな意味で『使える』?

 だから『定義しない』?

 結局これで正解なのかわからずぐるぐると考えることとなった。



 五日目。

 会談室はこれまでで最も整えられていた。

 机の位置。椅子の間隔。光の入り方まで、計算されたように厳かで静かだ。今までとは違う部屋に来たのではと感じるほどに。


 書記官の前には二枚の羊皮紙が置かれている。

 何度も書き直され、削られ、残されたもの。


 これが、最終稿……


 朝、書記官たちが写し作った三枚の羊皮紙のうちの二枚。間違いがないか、何回も何回も、複数の目で見直して出来上がったもの。

 指で縁をなぞる。インクは完全に乾いている。

 もう、ここに修正は入らない。


 ここまで来たのか……


 今までのやり取りを思い返しつつ感傷に浸っていると足音が近づいてきた。

 まずはハイゼン宰相が入室してくる。

 いつもと変わらない歩調。衣擦れの音すら控えめだった。


 続いて、ルミディア伯が入室してくる。

 こちらも同じだ。足音も必要以上には響かせない。


 両者が静かに席に着く。

 交わされた挨拶はとても簡潔だった。


「本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ」


 再度羊皮紙に視線を落とす。


『両当事者は、相互に武力行使を行わないことをここに確認する』


 最後の一文。

 あんなに議論したのに最後はあまりにも短い。


 これだけで、終わるのか……

 いや、違う。その上にある。


『緩衝地帯における兵力の展開を禁ずる』

『一定距離内への大規模兵力の配置を制限する』

『ドゥルガルド王国は査察権を有する』


 全部……ここにある。

 だけど、なぜこの形になった?


 一度も、誰も、説明していない。

 ちらりと2人を見ても何も変わらない表情で座っている。


 二人はこの形になることを知っていた。

 その確信だけがあった。だけどそれ以上は分からない。


 上級書記官からそれぞれの前に羊皮紙が恭しく置かれる。


「……最終稿でございます」


 声は、わずかに乾いていた。


 ハイゼン宰相が頷く。


「確認済みです」


「問題ない」


 両者ともに全く間も置かずに答えが返ってくる。


 いつ確認した?

 問いは浮かぶが答えは出ない。


 上級書記官はペンを差し出す。


 まずハイゼン宰相。

 ペンを取る動作に迷いはない。

 名前を書く。その一筆ごとに音がするようだった。


 完成していく……


 書き終えるとハイゼン宰相はペンを置く。

 インクの跡を一度も見返さない。


 続いてルミディア伯がペンを取る。

 わずかに間が空く。

 だが、それだけだった。

 迷いではない。確認でもない。ただ、一瞬。


 そして名を書く。筆圧は強い。

 だけど一切乱れはない。


 ペンが置かれる音が、やけに大きく響いた。


 終わった……


 誰も言わない。だけどそれは明確だった。


「これにて合意といたします」


 ハイゼン宰相の穏やかな声が響く。


「……ああ」


 ルミディア伯の返事は短い。

 それだけで十分だった。


 名前の入った羊皮紙を見つめる。


 これが……終戦。


 そう呼ばれるもの。


 だけど


 終わったはずなのに、何も終わっていない……


 その感覚だけが、消えなかった。



「……以上をもって、調印を完了いたします」


 誰も異を唱えない。


 部屋の中は最初と同じように厳かで静かだった。


 だけど、戻ることはもうない。


 終わった。

 それだけがはっきりしていた。

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