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強欲のダンジョンの作り方  作者: 夢兎
ドラグナール帝国

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第61話 条約ができるまで4

 四日目が、始まろうとしている。

 ペンやインクを準備する手がとても重い。また三日目終わりのあの空気が始まるのかと思うと気が重かった。

 昨日まで書き起こした羊皮紙の束を揃えて深いため息を吐き出す。


 これが全て無駄になる。


 そう思ったら手が止まってその先は書くことができなかった。今日はそんなことがないようにしないと。

 上官が入室してきたから挨拶をすると、顔を見て呆れたように指摘された。


「寝てないな」


「あ……いえ、その……」


 否定しかけてやめた。朝、水面に映った自分の顔を見た時も我ながらひどい顔だと思ったくらいなのだから。


「だから言っただろう?」


 上官は小さく息を吐きながら静かな声で繰り返す。


「考えすぎるな」


 初日と同じ言葉。

 でも……考えないと、残す言葉がわからない。

 いや、本当はわかっている。そういう意味ではない、と。


 何かを言いかけては止まる自分に上官が新しい羊皮紙を差し出してくる。


「手は動くか?」


「……はい」


「なら十分だ」


 それ以上は何も言わない。上官も自分自身の準備を進め始める。

 再び昨日までの条文の束を見る。


『意味は、後でついてくる』


 初日には理解できなかったもう一つの言葉。

 まだついてきていない。むしろ見失っている。これもそのうち……わかるのだろうか……

 考えすぎて手が止まるくらいなら、無心にただ文字を残すだけだ。



「では議題を再開します」


 ハイゼン宰相はゆっくりと見回して間を置く。そしてはっきりと宣言した。


「我が国は、ヴァルカディアンの軍に対する制限を求めます」


 ドゥルガルド側の補佐官ですら初耳だったのだろう。場がざわつく。


「それは受け入れられない」


 ルミディア伯の完全な拒絶に場が一気に静まり返った。


「他領の軍に干渉する権限は我らにはない」


 やはり交渉の継続は無理なのではないだろうか? 最初から対立している状態で議題が進むとは到底思えない……

 それでも書記官はやり取りを文字として書き残す。それだけが役目だ。


「それならばただ文字を並べるだけで何も変わりません。再び刃を交える日が来るだけです」


 互いの視線がぶつかる。

 ここまでの言葉は強いものの、声は感情のこもったものでなくとても静かに進んでいる。それが逆に不気味さを感じる。


「……貴国は『軍そのもの』を問題にしているのか? それとも『その運用』か?」


「その二つに何か違いがありますか?」


「ある。軍が存在することとそれが脅威となることは同義ではない」


 同義ではない?

 軍があるからいつ攻められるかわからずに脅威なのでは? 今回だって突然攻めてきた。それも圧倒的な軍勢で……


「その『脅威』を消す方法があるのならば伺いましょう」


「緩衝地帯を再定義する」


 ルミディア伯はゆっくりと言葉を紡いでいく。


「当該地域における軍の駐留、要塞化、補給拠点の設置を禁ずる」


 それは今までと変わらないのでは……

 そこまで考えて思い出す。そういえば初日にルミディア伯は『形式上は』と言っていた。あれを、なくす?


「……それだけでは今までと何ら変わりはありません」


「加えて……当該地帯より一定距離内への大規模兵力の展開に制限を設ける」


 場の空気が戸惑いに染まる。

 そんなことができるのか? だって、ヴァルカディアンの軍には干渉できないのではなかったか? だから議論が止まっていたはずで……


「『大規模』と一口でおっしゃいますが、何を指しているのですか?」


「具体的な内容はこれから協議の上で定義する」


 これから……ああ、またあの地獄が始まるのか……


「ただし、迅速な侵攻を可能とする規模は明確に排除する」


「その監視はどのようにお考えですか?」


「貴国に査察権を認める用意がある」


 ルミディア伯の言葉に双方の補佐官も他の書記官すらも顔を上げて注目する。


 ……今……ものすごいことを言わなかったか?


 文字に記してみる。

 これは……ドゥルガルドが一方的にヴァルカディアンを監視できる?

 え? 本当にこれでいいのか?


「……査察権ですか……」


 ハイゼン宰相はまだ何か思案しているようだ。


「それを認める理由は何でしょうか?」


「再戦を望まぬためだ。そして、疑念を残さぬためでもある」


 静まり返った場の中で視線は二人に集中している。


「……その条件であれば、前向きに検討する価値があります」


 あんなに険悪で、話し合いすら続きそうに感じられなかったのに繋がった。


「あともう一点。此度の責任の所在はどのようにお考えでしょうか?」


「本件に関与した諸侯については、すでに処分が決定している」


「諸侯とは? 具体的にお聞かせください」


「ドラッケン、およびカルヴァス。両名の軍は剥奪される。降爵も決定している」


 帝国は実力主義だと聞いてはいたけど、そこまでするのか?


「……それで此度の戦い全ての責任を果たしたと?」


「少なくとも、再発の芽は断つ。それ以上を求めるなら……交渉の前提が変わる」


 誰かが息を飲む気配が響く。それくらいに場は静まり返っている。


 重い……ここで何かが決まる。そんな空気だけは分かった。


「……よいでしょう」


 ハイゼン宰相の言葉が静かに場に落ちる。


「その条件であれば、交渉に応じる用意ができます」



 会談はここで一度切られた。

 休憩という短いはずの時間が妙に長く感じる。


 先ほどまでのやり取りを見る。

 強い言葉。譲らない態度。明確な対立。

 あんな状態で終わるはずがない……


 そう思っていた。

 だけど『終わる』

 なぜかその予感だけがあった。理由は分からない。


 ふと、顔を上げる。


 ドゥルガルド側は静かに書類を整えている。ドラグナール側も同じように動きがない。補佐官たちと話し合うわけでもなく、ただ静かに準備している。もうここからは進むことを知っている。そんな気がする。


 手元の紙を見る。

 もう決まっている?

 その感覚が、はっきりと形を持ち始める。


 他の書記官を見る。特に不安な様子もない。会談中も手が止まることは一度もなかった。

 わからないのは、自分だけか。

 喉がわずかに乾く。


 扉の向こうで動きがあり休憩が終わろうとしている。

 理由も過程も分からないままだ。

 だけど『終わる』と、なぜかそれだけははっきりと感じていた。

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