第57話 ドラグナール撤退後
「バルディウス関門よりドラグナール帝国軍が撤退を開始しました!」
太陽が中天を過ぎた頃、伝令が飛び込んできて大声で朗報を知らせる。周りで待機していた騎士たちはわっと声を上げて喜びを全身で表していた。
「喜ばしい知らせだがまだ終わりではない」
犠牲も多く、耐えることの多い戦場だった。一緒になって喜びたいが、まだ反転して戻ってくる可能性はある。
「ドラグナールが撤退したのであれば、早急に砦の機能を取り戻さねばならない」
「騎士団長が三隊とともに砦に向かっております。副団長と残りの隊は周辺警戒後に一旦こちらに戻る予定です」
追加で報告された内容に頷きを返す。
騎士団長の判断に間違いはない。だが人数は絶対的に足りない上に、戦闘行動の後で疲労がたまっているだろう。それに加えて砦は回収できる物は接収され何も残されていないはずだ。城で待機していた隊から補給物資を持たせて出さなければならない。
「辺境伯様。砦に向かう人員に自分たちを入れていただけませんか?」
声がかかりそちらを見ると、砦に最後まで残っていた者たちがいた。
「お前たちは……だが、戻れば思い出すことになる」
砦で何があったのか。砦から撤退してきた隊長たちから提出された報告書でほとんどの出来事を把握している。
特に最後に撤退する前の夜襲の内容は、読むだけで怒りが湧くほどの残虐な内容だった。それと同時に、騎士たちがここに到着した途端に座り込み動けなくなった理由も理解した。寝ている間もうなされ、叫び起きる者も少なくないとの報告も受けている。
「それでも、戻りたいです。最後まで戦った司令官や隊長たちの痕跡を、探したいのです」
砦に戻りたいと願い出てきた騎士は総じてまだ若い。敗将が死体であれどのような仕打ちを受けるのか知らないのだろう。これだけ慕っているのであれば、あれを見たらさらに傷が深まりそうだ。
だが、今回は騎士団長が先に砦に向かっている。おそらく一番に回収するであろうから片づけられて目にする可能性は低い、か。
「……重傷で動かせないと判断された敵兵はおそらく残されている。捕虜として介抱することができるか?」
戦場では心が荒む。以前は優しくよく世話を見ていた者でも、戦場経験を経て豹変することは往々にしてある。
例え一方的に攻めてきた兵でも多くは国や上官に命令されて従っているものたちだ。自分がされたからといってむやみに傷つけていいわけでもない。
「……っ! はい、もし無理そうなら他の作業に使ってもらいます」
他の者たちも見回すと頷きが返ってきた。戻った先での懸念を聞いても意思は変わらないようだ。
「わかった。そこまで言うのなら砦に向かってもらう。だが無理はするな」
「はい! ありがとうございます」
願いが通ったことに満足げに戻り隊長に報告する。準備を進めるように指示を受けたのかそれぞれ散っていくと、報告を受けた隊長がこちらにくる。
「あいつらが戻るのであれば俺も戻りますから」
砦に詰めていた他の隊長たちが次々に自分もと願い出てくる。
「補給を整えて戻ってくるならまた同じような戦いになるぞ」
「元より残るつもりだったので問題ありません」
「まだ納得していませんから」
納得していないと聞いて報告書を思い出し、笑いが込み上げてきた。『帰還する隊長はくじで決定した』とどの報告書にも書いてあり、しかも半分残ると聞いていたのに十四人中十人が帰還となったことに納得いかないと訴えまで書かれていた。
「わかった。新たに任命するより元に戻す方が復旧作業もしやすいだろう。頼んだぞ」
隊長のほとんどが元の砦任務に戻る。これで担当騎士が入れ替わることで起こる混乱は少なくなるだろう。
国境の守りとなるのが関門砦だ。国防はもちろん、民衆の安全な往来を復活させるためにもできる限り早く国境機能を回復させなくてはならない。
このまま終戦処理へと進むことを願いながら人員配置を指示していった。
ドラグナール帝国では届いたドゥルガルド侵攻に参戦した軍から提出された三枚の報告書を前にして皇帝の判断が下されようとしていた。
それぞれの報告書で審議対象となる後半部分を側近が読み上げる。
「こちらカルヴァス伯の報告書となります。
『ドラッケン軍の指揮系統が麓において確認できず、戦場における統制が不安定となった。本軍は補給部隊を主体とする性質上、物資保全を最優先と判断し、秩序ある後退を実施。これにより主要物資、軍の大半は維持されている』
以上です」
「こちらドラッケン伯の報告書となります。
『麓方面の防衛線は敵の突破を許し、やむを得ず後退。崩れた戦線の再編を試みた。しかし麓に後退時、カルヴァス軍は既に撤収行動に入っており、連携に重大な不備が発生。結果として局地的な崩壊を招いた。現在、残存戦力の集結を優先し再編中』
以上です」
「こちらはヴァルカディアン辺境伯の報告書となります。
『当軍は砦攻略戦に限定して参戦。作戦は概ね成功し、損耗は軽微に留まった。しかし、後退してくる諸軍の状況を確認するに、ドラッケンおよびカルヴァス両軍は著しく戦力や物資を損耗。戦線維持は困難と判断した。よって本軍は無用な消耗を避けるため、戦域より離脱する』
以上です」
読み上げ終わった報告書は恭しく皇帝へ差し出される。
皇帝は横目で一枚ずつ目を通し、目を通し終わるや否や、そのまま手を放して報告書を地に落とす。
「薄っぺらな報告書だな」
皇帝は表情も声もなんの感情を露わにせず、淡々と確認作業を行っていく。
「被害の状況はヴァルカディアンが一番正確に把握しているようだな?」
「はい、グラディオンが緩衝地帯で確認した被害状況に近いのはヴァルカディアン辺境伯の報告にございます」
「ならばドラッケンとカルヴァスに責をとらせよ」
「ヴァルカディアン辺境伯に責の追及はなし、でよろしいですか?」
「戦果を出しているとはいえ対外的にそれは通らぬ。賠償の一部は負担させよ」
「ドラッケン伯とカルヴァス伯は軍のはく奪、及び降爵。ドラッケン伯、カルヴァス伯、ヴァルカディアン辺境伯にて賠償の負担で進めます」
皇帝は頷きのみ返す。
「あとはルミディアに任せる」
「はっ!」
皇帝が席を立ち、部屋を出ていく。城の長い廊下を歩きながら先ほどの報告内容を思い返す。
「……つまらん結果になったものだ」
ドゥルガルドは山に囲まれているとはいえそれなりの資源とそれを利用した経済力はある。唯一の欠点が食料自給率だったところに今回の施設だ。時間が経てば経つほどに国力が増していく。
「国ごと入手するのがいいが……」
それには今回の軍縮は手痛いものがある。
いや、軍そのものはある。都合の良い使える者を後に据えねばなるまい。
ドゥルガルドを本格的に攻めるのであればヴァルカディアンに匹敵する力のもつ軍が必要となる。そうでなければヴァルカディアンがすべての功績をさらっていく。そのような悪手を打てば国を盗られる。
「何か首輪をつけるか……」
被害を最小に抑えた上に砦の占拠に成功している。功績としてはある。あとはどのような理由をつけて送り込むか。
皇帝の思案とともに夜も更けていった。




