第56話 ドラグナール撤退
朝になり、アルドレウスは砦に撤退してきたドラッケンとカルヴァスの被害状況を聞き笑いを浮かべる。
「予想以上にやられたようだな」
ドラッケンは兵を5000から3000に減らしている。重傷者も多く、行軍を続けるための物資もないようだ。
カルヴァスは3000から2500と兵の損耗としては軽微だが物資の大半を失った。自軍の維持がせいぜいでドラッケンを支援する余裕はない。
どちらも再戦は難しいだろう。
「撤退する理由に困らなくていい」
兵の招集を妨げられた国に攻め入っておいて大々的に負けたのだ。あの皇帝が甘い処分で済ませるはずがない。これで確実に二家は軍を失い発言力もなくなるだろう。
鍵の確保以外は思い通りに事が進んでいることに笑いが止まらない。この処分の反応次第では次の駒に使える。
ドラッケンとカルヴァスへ昼時に砦から撤退することを一方的に周知し、撤退までの時間で皇帝への報告書を書き上げた。
ヴァルカディアンから撤退の予定を聞いたサルクは内心安堵していた。
保存食の多くは乾燥したものでできており、火との相性は最悪だ。ほとんどが焼けて、無事に持ち出せたのは半分程度。砦に残しておいた帰りの分と合わせても再戦は厳しい。
テントを広げ終わった時間だったのも痛かった。行動を阻害する意味もあったのだろう。優先的にテントを燃やされ焼失していたから、この先は帰り着くまでずっと野宿となる。これでは眠りも浅く疲れがとれないだろう。そんな状態で戦いとなれば軍の損耗は大きくなる。
医療用品はなんとか持ち出しに成功していたが、支援として同行している以上はドラッケンからの要求を突っぱねるわけにもいかず、先ほど半分近く放出することとなった。
カルヴァス軍自体の損耗は軽微なだけに早々に撤退が決まったことに不満は出ているが、補給物資の残りを見ると撤退が妥当だ。これ以上続けたところで勝ちはない。
ヴァルカディアンの撤退に合わせて動けるように準備を急がせた。
ドラッケン陣営にもヴァルカディアンからの撤退が示され、軍全体に安堵の空気が流れる。指揮官となる部隊長の多くを失っていたため、軍の士気は再戦できる状態ではなかった。この状態では鼓舞するにも限界がある。
「……そもそも俺に再戦の意思がない」
報告書には再編成中とは書いてすでに送り出した。自ら攻め入ると宣言しておいて、逃げ腰であることは皇帝に悟られてはいけない。それくらいなら戦死するために単騎で攻め入った方が良いだろう。
「いっそそれでもいいか?」
だが大将たる自分が攻め入ればついてくるものもいる。バルドリックは自分が死ぬことは別に構わないがそこまで忠義に徹してくれる者を無駄死にさせる気はなかった。
「……まだだ」
すでに撤退の連絡は知れ渡っているが、改めて命令として出し、淡々と撤退の準備を進めさせる。
これ以上失わなくてもいい。
その事実を噛みしめつつも、もうこの軍を率いることはないのだろうと、なんともいえない孤独感に苛まれていた。
目を覚ましたそこには朝日に満ちたいつもの見慣れた光景が広がっていた。
「あたしの部屋?」
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。カイルには慰め役にしてしまって悪いことをしたわね。あとでお礼を言っておかなければ……
いつもと変わらぬ光景にふりそそぐ精霊からの祝福。
あまりの変わりなさに昨日のことが夢だったようにも思えてくる。
でもあれは確かに起こった現実だ。あたしがダンジョンを作ったことで多くの人が……死んだ……それは変えられない事実。
「どうして……?」
欲しいのならまず交渉したらいい。ドゥルガルド王国のように。あたしが作ってるって知っているのにどうして急に攻めてくることになるの?
わからない。
わからない。
ただわかるのはこれで諦めるとは思えない。
ただそれだけ。
今回はドワーフの技術に助けられた。
でも次は? その次は?
守りというものはいつか破られる。
どうしたらいい?
ここを守るだけならあたしがここにいなければいい。
それははっきりとわかる。でも今はまだ細かく調整したり、新たな機能をつけたり、コアを操作しなければいけないことがあるから離れられない。
いつか離れるときのためにキーは渡してある。でも辺境伯様たちにダンジョンの仕組みを理解してもらっていないからキーを使っても操作ができない。
誰か……教えられる人がいたらいいのだけど……
「アルセラ様、目が覚めたのですね。体調はいかがですか?」
ノックがあったから返事をするとミアが嬉しそうに入ってきた。
「もう大丈夫。ミア、ありがとうね」
あれだけ泣いたのに瞼が少しだけ重い程度にとどまっているのはミアが冷やしてくれたのだろう。そう考えるとちょっと恥ずかしいわね……
「軽くつまめるものを用意してもらいました。サンドイッチなのですけど食べられます?」
「野菜サンドなら食べる!」
パンを焼く技術があるなら、と食パンの焼き方を拙い説明で伝えたらあっという間に綺麗に焼けるようになったのよね。先に伝えたのが辺境伯邸の料理人で、普段焼いているのが堅パンじゃなかったのもあって、ちゃんと白くてふわふわの食パンになった。四角い食パンを見ると前世を思い出して懐かしい。
せっかくだからってサンドイッチの作り方も教えたら結構人気なのよ。パンとおかずが一緒に味わえて、手で掴んでかぶりつくのがお手軽でいいのよね。
ロールパンに切り込みを入れて挟むのも教えたら、村の人たちは堅パンでそれを作って食べているようだった。堅パンだと食べるの苦労しそうなんだけどね。
ミアが準備してくれたサンドイッチのおかげかいつも通りに笑えている気がする。
うん、大丈夫。
でも……
いつか出ていく準備は少しずつ進めておかないといけないわね。
辺境伯様たちに気づかれないように、少しずつ。




