第54話 ベルグリム戦4
日も暮れ始め、完全に暗くなる前に食事を配り始める。
カルヴァス、ドラッケン共に軍全体へ食事が行き渡ろうかという頃、動きがあった。
「敵襲ー!」
声と同時に矢が降ってくる。多くの矢には油袋がとりつけられており、荷や地面に油を染み込ませていった。そこに火矢が降り至る所で火の手が上がる。食事を作った際の火もまだ残っており、火の壁は兵の行動を阻害していた。
ある程度火が広がったところで矢がカルヴァス陣営に集中するようになる。特に当主であるサルクの周りに。
「! 狙いは私か」
「閣下を守れ」
「盾隊、集まれ! 囲め!」
サルクが盾で囲われ矢が届かなくなると、油矢が近くにあったテントや荷車に向かい火矢で燃え上がらせる。輜重隊として行軍していたカルヴァスの周囲には荷が多く、あっという間に火に囲まれていく。
「火を消せ!」
「閣下、ここは火に囲まれます! 移動を!」
火を避けて移動を始めると山道を挟んだ反対側からカンカンカンッと警鐘の音が鳴り響いた。どうやら反対側のドラッケンも攻め込まれているらしい。煮炊きの煙とは異なる黒い煙がいくつか立ち昇っている。
「くそっ、火の勢いが強い」
「こっちはダメだ」
「燃える荷は切り崩して火の勢いを殺せ」
矢から身を守りながら火の対処に苦慮していると中央からわっと声が上がる。
「止めろ!」
「ダメだ! 間に合わない!」
「抜けられた! 追え!」
「待て! 抜けたのは少数だ。守りを固めろ!」
中央に気を取られていたらいつの間にか回り込んだ弓兵から矢が集中して飛んできた。矢の対処をしつつ乱れた指揮系統を取り戻そうと動き出した頃、敵襲が止み退いていった。
「やられたな。あれを通すのが目的か」
抜けていった一団は気になるがまずは物資の保護だ。これ以上荷を減らせば行軍が難しくなる。だが見渡す限りの荷は多くが燃えており、今から消火したとしてもほとんどが使えないだろう。
「撤退の準備」
「まだ戦線は維持できています!」
「だからだ」
まだ続けようとした言葉を遮るようにして命令を出す。
「兵が残っているうちに退く」
目的を達したからか攻撃は止んでいる。だがこちらの物資は燃え続け、ドラッケン側は指揮系統が乱れたまま混乱している。このままもう一度攻められれば取り返しのつかないほど多大な損害が出るだろう。
「今退かなければ全て失う」
このやり取りの間も消火活動は続けられているが、糧食のほとんどが焼け、補給用の矢も失われている。それを証明するかのように燃えた物資が崩れていった。
「カルヴァスは砦へ撤退する。速やかに無事な物資を集めろ」
補給がなければ行軍は維持できない。それはドラッケンもわかっているはずだ。指揮が戻り、冷静になれば追従して撤退するだろう。
一部管理者不在となり混乱している場はサルクが直接指揮をしつつ、撤退を急がせた。
地下畑の入口ではバルドリックとハーゲンがガーゴイルの仕掛けをどうにかしようと試行錯誤していた。
「ダメだな。これを解除する手立てがない」
「そうですね……」
壊せないのであれば解除することができないかと調べているのだが、先に侵入しようとした者も同じように考えたようだ。
殺されている騎士たちの持ち物を調べようとしたらすでに探られたように服が乱れており、棒の飛び出た付近には緑色の水晶がいくつか転がっていた。おそらくこの緑色の水晶は騎士が持っていたものだろう。
少し離れた場所には砕けた岩の中に黒っぽい箱があり、どうやっても開くことができなかった。つまりこの箱も壊そうとして壊せなかったのだろう。
仕掛けから離れてしばらくすると棒は元に戻っていくようだが、近づくとまた出てきて通路を塞ぐ。
他の場所では交代しながらずっと叩き続けていたようだが、どうやら時間切れというものもないようだ。
「ただの畑じゃないっていうのは証明されたが……」
見た目は金属の棒が行く手を塞いでいるだけだ。ただそれだけが抜けられない。
そうこう思案していると外からわっと声が上がる。
「っ! 麓を抜かれたのか?」
「ここでは迎え撃つのに不利です。外へ」
広場に出るとそこには侵入者を阻むべく盾を持った自軍の兵が整然と並んでいる。だがその先は混乱していて情報が錯そうしているようだ。
「これは……今すぐ退くべきです」
「いや、冷静に対処させれば問題ない」
人数はこちらが多いはずだ。隊で固まるように合図を出すと混乱していた兵が冷静さを取り戻していく。
「……来ます」
ハーゲンのこういう予測はよく当たる。前方から騎士が突破してきて盾兵と当たる。
「前へ!」
そのまま盾で押し返すのもありかと集中した瞬間、横から金属のぶつかる音と剣が刺さる鈍い音が聞こえる。
こちらにも飛んできた剣戟を反射で弾き、そのまま数合斬り結ぶ。
強いっ!
盾兵が割り込み両者を引き離すと突撃してきた者は他へ行ったようだ。もう少し斬り結んでみたかった、と残念にも思う。だが……
「ハーゲン……」
倒れているハーゲンの元に行き傷を見る。
これは……助からないな……
「バルドリック様……撤退を……」
言われて周りを見る。
冷静さを取り戻したはずの隊がどんどん切り崩されていき、明らかに押されている。
「……まだ……押せる」
「いいえ……もう遅い……退かなければ……崩れます……」
盾兵の一人が弾き飛ばされて倒れる。このままではここもじき崩れるだろう。
やはりハーゲンの読みはいつも正しい。
「……そうか……」
「……ご武運を……」
最後の言葉はほとんど声になっていなかった。
離れがたい気持ちを振り払うように立ち上がり声を張り上げる。
「撤退の合図を出せ!」
どうやら騎士たちは退く兵には強く攻撃をしないようだ。代わりにこちらを狙って仕掛けてくるのを打ち払う。
「上等だ! こいっ!」
周りの守りをくぐり抜けてきたものだけに対処しつつ撤退を急ぐ。だが狭い山道だ。守りの陣形を保ったまま移動するのは動きを阻害される。
時間がかかりつつも麓に到着する頃には麓の陣も瓦解していた。
すっかり夜闇に閉ざされている時間なのに至る所で上がっている火の手が周りを照らし、戦う兵たちの姿を浮かび上がらせている。
「……ここも崩れたか」
カルヴァスの陣営は砦に向けて撤退を始めているようだ。ドラッケンの指揮系統はほとんどが機能しておらず混乱を極めている。このまま戦闘を続けることは無理だ。
「全軍! 撤退!」
先に合図を飛ばさせる。たいまつで自身を照らさせて大将の自分が姿を見せることで混乱を鎮めていく。
「速やかに砦まで退け!」
声は届いていないだろう。だが続けて出させた撤退の合図に従いみな退いていく。ここでも退く兵には執拗な攻撃はしないようだ。
それでもここまでの戦闘で多くの兵が失われた。しっかりとは把握できないがおよそ半数といったところか……
「……お前の、言う通りだ……」
誰に届かせるわけでもなく呟く。
すべてが遅すぎた。
自分の失策を噛みしめ、失ったものの大きさに押しつぶされないよう、ただ足を前に進ませて砦まで撤退した。




