第52話 ベルグリム戦2
一階層への階段を上っていくと連続して金属がぶつかる音が聞こえてくる。
本当にここに攻めてきたのね……一体誰が? どうして?
「これ以上近づかないでください」
トビアスが小声で注意して進路を塞ぐ。まだ階段の途中だから侵入者は見えない位置だ。
「自分が行きますからこれ以上はダメです」
トビアスがそっと気配を殺しながら近づいていく。
「くそっ、ここを抜けるだけなんだろ? 畑からエルフをさらってくるだけの仕事じゃなかったのかよ!?」
……いまエルフって言った?
え? 狙いはあたし?
「ドワーフの技術をこのように使うとは……」
「壁は岩なんだろ? 砕けねぇのか?」
階段から出て作動している壁の隙間から遠くを見ると騎士の詰め所前に誰かが倒れている。
……あれは騎士様よね?
……そうか、この人たちが壁に近づけるってことは……
「ああん? 中にも騎士がいるじゃねぇか。おい、ここを開けろ!」
「……」
そう言われて開ける人はいないと思うのだけど……この人、ちょっと考えが脳筋?
カイルが下がれと無言で腕を引いてくるが興味が勝つ。
近づきすぎると壁が解除されてしまうから階段を登り切った辺りで止まって侵入者を見る。今見える人数は二人。黒装束で身を包んでいて、どこの所属なのか特徴のある服装ではなかった。顔も目しか出ていないからどんな顔なのかもわからない。
「中にエルフがいるんだろ? 連れてきてくれよ」
息を飲む。
確定だわ。この人たちがここに来たのはあたしを連れていくため、なのね。
思わず後ずさってしまい、足元の地面が鳴る。
「……そこにいるのか? エェルフ~」
ぞわっと鳥肌が立つ。
何かを投げる動作をしたと思ったら目の前で金属音がして斜め後ろに小ぶりなナイフが落ちた。驚いた反動で尻もちをついてしまう。
ナイフ? ……え? 攻撃された?
「何をしている! 捕獲対象を殺す気か!」
「下がって!」
「カイル! 連れていけ!」
「はい! 失礼します!」
「ぇ? ……ひゃあっ!」
あっという間にカイルがあたしを抱き上げ、二階層への階段を駆け下り、三階層へ向かって走り始めた。顔が近くて照れもあったけれど、それどころじゃない。振り落とされないように両手でカイルの首にしがみつく。
確かに動けそうになかったから助かったけど、どうして気配だけで体の位置まで正確にわかるの!?
三階層に入るとカイルは走るのをやめて歩いていた。おかげで体が激しく揺さぶられることもなくなり少し考える余裕ができてきた。カイルにしがみついたまま気になったことを聞く。
「トビアスは?」
「諦めて撤退するのを確認したら戻るはずです。なにより隙間からでも攻撃されるのであれば村人を近づけさせるわけにはいきません」
あ、それもそうよね。あんなのに村人を近づけちゃダメよね。
あの人たち、はっきりとあたしのことを『捕獲対象』と言ったわ。つまりドラグナールがドゥルガルドに攻めてきたのはすべて……
「……あたしのせい……?」
「違います」
「どう違うというの……」
あたしのせい以外の理由がないじゃない。あたしのせいで外の騎士様たちも……きっと他の騎士様たちも犠牲になっているんだわ。
涙がこぼれそうになってぎゅっと目をつむる。泣くのは違う。元凶はあたしなのに!
「……うまく言えなくて申し訳ないのですが、アルセラ様のせいではないです」
カイルがとても困った顔をしている。
……そうよね。そう言うしかないわよね。ごめんね、困らせて。
エルフの森を追放された時にも言われたのよ。『お前のその力は世界のバランスを壊す』って。
あたしが欲望を押さえずにやりたいようにやってきたからこうなった。おじい様たちの言う通りだわ。畑のような平和な使い方なら大丈夫だって思っていた。でも……違った。考えが甘かったのね。
きっとあたしは……何もかもを壊す……でも欲望は、もう止まらない。だって……作ってみたいのよ。あのラノベで読んだようなエネルギーが循環していろんなものを生み出すダンジョンを。
「ただ静かに、自分のやりたいことだけ考えて生きていたいだけなのに……」
自分勝手だと言われてもいい。願いはただ、それだけだもの……
カイルにしがみつく手に力を込めて顔をカイルの体にうずめる。
ごめん。今は甘えさせて。明日からはちゃんといつも通りにするから。
カイルは麦畑で足を止め、いつものアルセラからは想像もつかない弱々しい姿に戸惑いつつもアルセラを慰めるように撫でた。
自分たちはアルセラ様に助けられている。だから気にせずいつも通りに過ごしてくれたらいい。そう願いを込めながら。
「大将、戻りました」
「おう、ご苦労さん。どうだった?」
ベルグリム村へと続く山道の入口でいったん軍を止め、陣を展開していると斥候が戻ってくる。見るからに山道は細く、この人数で進軍することはできないだろう。
「それがですね、この先の道も村も誰もいないんですよ」
「村にある山の門の前に騎士が5人いるだけです」
「誰もいない?」
誰もいないのは妙だな。避難していたとしても丈夫そうな建物に村人がいるだろうと思うのだが……
「……守りの騎士が少なすぎます」
ハーゲンも違和感を感じるのだろう。眉を寄せて険しい表情をしている。
「避難したのだろう」
「だとしても守りは残すものです」
それはそうなんだがな。兵を用意させないように『国が容認していない』というやり方はドラグナール帝国の常套手段だ。今までもかなり少ない兵で抵抗されることはあった。そんな状況でとれる手段は限られる。
「迎撃を捨てた可能性もある」
あるいはベルグリムが目標だとは思われていないか、だな。
違和感はあるが軽く笑い飛ばしてみせる。
「ま、それはそれで好都合だ」
どちらであろうと途中の進軍が楽なのはいい。
道の幅もこの細さが続くというし、施設まで進軍する人数をぐっと絞っても問題ないだろう。とても都合が良い。
「……承知しております」
ハーゲンもいろいろと考えているようだが今は何も言わないようだ。言ったところで俺が進軍しないという選択をしないことは、わかっているんだろうがな。
「道が細い。そうだな……道中で壁を作るから八百くらいで進軍するぞ」
「はい、精鋭から選抜します」
こんな細い道では後ろから攻められたら転進することも難しい。それであれば思い切って軍は多く麓に残して守りを固めさせた方がいいだろう。後ろから追い立てるための罠だったとしても発動させなければ問題はない。
カルヴァスも道を見て同行するのは難しいと判断したようだ。麓の兵たちの面倒をみてくれるらしい。それであれば俺は突撃に専念するまでだな。




