第5話 初めてのベルグリム1
夜になり部屋の扉が少し忙しくノックされる。
「アルセラ様、ミアです。ご案内が遅くなって申し訳ございません。夕食のお時間ですので、食堂への移動をお願いします!」
「すぐに行くわ。場所を案内して」
部屋を出てミアの案内に従って急ぎ足で歩く。どんなに急いでいても走ってはいけないのがもどかしいわね。
うーん、これは早速嫌がらせされたかしらね? 主人に影響が出るようなことは避けるべきだと思うわよ。
ま、嫌がらせをするような性根の者に常識など問うても無駄でしょうけどね。
食堂の扉を開けると辺境伯一家が揃って座っている。扉から一歩入ったところで一礼をして詫びる。
「お待たせして申し訳ありません。旅の疲れが出たようで少し寝入ってしまいました」
「ああ、構わないよ。座って食事を始めよう」
食事が並べられていく間に一家の紹介を受ける。
玄関で出会って抱擁を受けた奥様のクラリッサ様。長男のレオンハルト様。次男のアルノルト様。
皆様とても気さくなようでよかったわ。これで気難しい人が一人でもいたら最初からピリピリしているところだわよ。ミアの引き抜きは決定ね。最初の嫌がらせがこれだなんて、残していったら壊されちゃうわ。早くダンジョンを作らなければ。
そんなことを考えながらもバルディウス領の話を中心に和やかに会話を挟みながら食事を進めていく。
うーん、食事のお肉率が高いなぁ。農業が問題視されるくらいだから野菜の方が高級品なんだろうな。申し訳ないけどそんなに量は食べられないわね……
夕食後のお茶も終わり、ミアには悪いけどセドリックさんに直接明日の時間を確認する。少し思案した後に予定時間を教えてくれた。
「これからはアルセラ様に関する予定時間はミアに直接連絡いたします」
詳細は何も出していないのにすぐに察するところはさすがは執事頭ね。ついでに朝食と昼食は部屋でゆっくりいただきたいことを伝えておく。
ここまでしておけばとりあえず辺境伯様たちに影響が出ることは避けられるかしら。あたしとミアが困る分には工夫をしたらいいだけなんだけど、周りに迷惑をかけるのはいただけないのよね。
鉱山への視察に出発する時間となり玄関へと下りていく。玄関ではセドリックさんと二人の騎士が待っていた。
「アルセラ様。こちらの騎士がアルセラ様担当の護衛騎士となります」
「トビアスと申します。トビーとでもお呼びください」
「カイルです。よろしくお願いします」
二人とも三十歳くらいかしら? 気さくな方がトビアスで真面目な方がカイルね。
軽く紹介を済ませたらセドリックさんと馬車に乗る。護衛の二人は馬で並走してくるようだ。
うーん、どう考えても過剰防衛な気がするわ。狙われるといっても、ここまで厳重にする必要はあるのかしら?
王都から入ってくるときはそこまで大きな町ではないと思っていたけど、城下町は王都とは反対側にある鉱山へ向かって広がっているらしい。
城のすぐ近くには行政っぽい建物が並び、その先には様々な商店が立ち並ぶ。そしてその先の町を囲む壁近くに住居が集まる構造になっているようだ。きちんと区画整理がされているようで、辺境の町のごちゃっとしたイメージより王都に近い作りになっている。
町の城壁を抜けると一気に荒野のような寂れた風景が目に入る。一応街道として切り開かれてはいるけれど、石で整えられているわけでもなく土を踏み固めただけの道が続いていた。だから馬車で走ると体が跳ねるほどの振動がきて舌を噛みそう!
「ドラグナール帝国との国境につながっているので、走りやすい道にしてしまうと国境を越えられたらすぐに攻め込まれてしまいます。なのであえて整備はほどほどにしてあるのです」
――なるほど。防衛に重点を置くと道を整備しないほうがいいこともあるのか。でも振動で体があちこち痛い! これダンジョンができるまで通うのよね? 辛いわ!
山道を走っていたら開けた場所にぽつぽつと石造りの廃屋が建っている場所に出た。そうか、鉱山があるのだから作業員が住んでいた村があったのね。
ん? 人がいる。え? こんなぼろぼろになってるのに人が住んでいるの?
「この村には何人残っているのですか?」
「まだ細々とは採掘が続いているので五十人ほど住んでいます」
「……鉱山ではなくなって畑になることは伝えてあるのでしょうか?」
「代表者には伝えてありますが、念のためアルセラ様がここに地下農業迷宮を作れると確認がとれるまでは周知しないようにお願いしてあります」
うーん、これは揉める可能性のほうが高いわね。折衝は苦手なのよね。
「住民との交渉はすべてお任せする方向で問題ありません?」
「問題ありません。領主命令として進めます」
なるほど。最初から騎士が二人もつくわけだわ。辺境伯様は柔和な印象だったけど政策は強硬なタイプだったのね。上に立つくらいだからそれくらいでないと何事も進められないのかもしれないけど。
鉱山の入り口で馬車から降り立つと中年の男性が近づいてきた。
「セドリック様、今日はどのようなご用件で?」
「本日は例の件で鉱山の調査をします。アルセラ様、こちらが先ほどお話に出た鉱山村の代表者、フリッツです」
紹介が終わると射るような目線がこちらに向く。これは完全に納得してないわね。
でもあたしを睨んだところで何も変わらないと思うけど?
「そちらが……この岩山を畑にするなど酔狂なことをいう人ですか」
わあ、素直。普通なら信じられない内容よね。疑われても仕方ないけど、あたしから詳しく説明する気はないわよ。どこまで説明するかはセドリックさんにお任せしていいのよね?
「アルセラ様は鉱山の調査をお願いします。フリッツさん、銀鶴亭にて現状の報告をお願いします」
不満を隠そうともしないフリッツさんを引き離してくれてほっとする。
あたしはダンジョンを作るだけなのだけど、この空気の中で進めることを考えるとちょっと気が重いと感じてしまうのは仕方ないよね。ほんとに大丈夫なのかしら……




