第49話 砦戦5
「撤退を始めたか。つまらん」
砦を見ていたアルドレウスが苛立ちを露わにして吐き捨てる。
「夜襲は100人ではりつかせろ」
テントに向かいながら短く命令を下す。
「殺すな。いたぶれ」
この戦力差のわりには耐えていると評価していたところに撤退という面白味のない結果にアルドレウスの興味はそがれた。だが夜襲で落としてしまってはあっさりと勝ちすぎて兵たちも不満が残る。
「朝一番で落とせ」
そのタイミングであればドラッケンやカルヴァスも移動の疲れがとれて動けるはずだ。そこまで考えるだけ考えてテントに入り体を休めた。
夜襲は攻めてくる人数が少なかったものの、砦に残っている騎士も80人ほどと少ない。
梯子がかけられるのを見つけては岩を落として登らせないように抵抗はしているが、次から次へと壁の上まで登るのを許していた。
「こっちにいたぜぇ!」
「ほら、こっちだ。行くぞ」
正規兵とは思えない言動の者が多く攻めてきている。雇われた傭兵の類だろうか。だが剣の腕は確かなようで、経験が浅い騎士は翻弄されてたやすく倒されていく。
「ほらほら、まだ立てるだろ? 寝るには早いぜ」
「いい顔するじゃねぇか、もう少し持たせてやるよ」
「ちっ! 遊びは終わりだ、散開しろ!」
追い詰められている騎士を見つけては、敵兵を散らして助けに入る。
「……もうしわけ……」
「いい、ポーションだ。飲めるな?」
すぐにポーションを飲ませて回復させる。そうこうしていると門に細工をするのだろう一団がいることに気がつくが、そちらに対応している暇はない。
気がつかないふりをしてそのまま次の救護に向かっていった。
「くそっ、ふざけやがって」
あまりの劣勢につい悪態をつく。夜襲に攻めてきている兵の話を漏れ聞くとどうやら「殺すな」という命令が出されているようだ。一人でも多く生かして帰したいこちらとしては助かるのだが、騎士が愉悦のためだけにいたぶられている姿を見ると腹が立つことに変わりはない。
「おい、こいつは別格だ。囲め、単独で突っ込むなよ!」
「やっとまとまって来たか。探す手間が省けたな」
六人の兵に囲まれたが連携がなっていない。一人ずつ対処して数を減らしていく。
「おらっ! 次こい!」
「……ちっ! 時間切れだ。引くぞ」
どうやら撤退の合図が上がったらしい。まだ余裕がありそうに感じたのだが、時間で区切っているのか?
引くと言っている者を引き留める必要もないと、動けなくなっている騎士を探して救護していく。かなり重傷の騎士もいたが、上級ポーションと同等に回復する中級ポーションが数多く入ってきていたためすぐに回復することができた。
あと何回くるのか。たとえ殺されなくても何度もこんなことが繰り返されれば精神は摩耗する。壊される前に終わればいいのだが……
四度の夜襲に弄ばれ、騎士たちにも限界が見え始めた頃、もうすぐ夜が明ける時間となった。
「約束の時間だ。撤退する」
周りの騎士にポーションを配り、手分けして負傷している騎士を回復させていく。居残る隊長以外の者をまとめ裏門へと向かうと司令官が待っていた。
「このポーションは持ち帰ってくれ」
「しかし、これがあるのとないのではかなり違うのでは……」
「このポーションは敵の手に渡すわけにはいかない」
ここに入っているのは最近入ってきたポーションで従来のものと効き目が違うらしい。
従来のものは使っても疲労感が抜けないどころか、回復に体力を使うらしく重傷であれば休息が必要となる。だが、この新しいポーションは体力を減らすことがなく、逆に元気になるようだ。
そう言われてみれば、さっき重傷の騎士に飲ませていたがすぐに動けるようになっていたな……
「この効果の報告も頼んだぞ」
「仕方がないから報告しときますよ」
まだ拗ねているのか? と司令官が笑う。
そりゃそうでしょ。残る気満々だったところにくじで決めて帰らされるとか! せめて説得に負けるとか納得いく理由があればともかく!
「あとは頼んだぞ」
「頼まれたくないけどりょーかいです」
素直になれなくて悪態をついて別れる。だがこんなのは絶対に後悔する。せめて振り向かずに言葉だけは投げた。
「ご武運を」
「ああ」
帰還する騎士たちと共に門を潜るとしっかりと施錠する音が聞こえた。なんとも言えない気持ちに蓋をして、ただ前へと歩みを進める。
砦が見えなくなる頃に直属の部下が聞いてきた。
「そういえば、隊長も一緒に帰還するのですね?」
「……くじで当たりを当てちまったからな……」
「……くじ?」
そりゃそんな顔にもなるだろうよ。なんだよ、くじって! ああ、思い出したくもない!
帰還する騎士を送り出し、小部屋に向かうと居残り組の隊長たちが集まっていた。
「門の補強をする」
夜襲の間に何か仕込んでいたのを考えるとあまり効果はなさそうだが、やらないよりはやったほうがいいだろう。
「岩でも積んでおきますか?」
「そうだな」
単純だが案外いい効果があるかもしれん。板を打ちつけたりするよりは手早くできる。作業できる人数の少なさからみてもそれくらいしかないだろう。
岩は砦の壁の上から落とすことにして手分けして作業しているうちに夜明けを迎えた。
昨日も見た軍が整列している光景が見える。
本当にヴァルカディアンは心を折るのに長けていていやらしい。
「手はず通りに」
「いくぞ!」
もう壁の上で耐えられる人数などいない。
残った10人を三か所ある裏門に張りつかせて抜けようとする敵軍を一人でも減らす。時間を稼げば稼ぐだけ夜明け前に出た帰還組が追いつかれる可能性が減る。踏ん張りどころだ。
裏門に到着すると、そこには帰ったはずの副司令官がいた。
「なぜいる?」
「相棒ですからね。最後までお供しますよ」
確かに見送った覚えはなかった。だが、他の門から出たと思っていた。
「わざわざ死ぬのにつきあうことはないだろうに」
「かわいい女の子ではなくて申し訳ないですが、一人よりは寂しくないでしょう?」
残ってしまったものは仕方がない。すでに敵軍の鬨の声はすぐそばまで迫っている。
「少しでも時間を稼ぐぞ」
「承知しました」
こんな時でも落ち着いた相棒の声に頼もしさを感じつつ覚悟を決める。
夜明けから二時間後、バルディウス関門は完全にドラグナール帝国の手に落ちた。




