第48話 砦戦4
地下畑では夜明けとともに村人たちの避難が始まっていた。
住むところはあるが消耗品や家具類など身の回り品はないことは周知されている。万が一にも兵がここまで来たらほぼ壊されるであろうことも合わせて言われていたから、みんな持ち出せるものは全て荷車に乗せていた。
「こんな村までくるのか?」
「畑なんてできないって言っててできたからな」
「こなかったらこなかったでいいじゃねーか」
「また戻すのが面倒なんだよ」
「なら置いていけばいい」
「壊されるのも嫌なんだよ」
村には戦争の気配が全く届いていないため村人たちには実感がなくのんびりとしている。だが、財産らしいものはほとんどない村人だ。体の自由がきくものは午前中には荷物を運び終わり、老人や子連れ家族の手伝いに回っていた。
「ほぅ、畑ってのはこんな風になってるのか」
「これ全部畑になってから作ったんだよなぁ」
「すごいわね」
今回の避難で初めて畑に入る村人からは感嘆の声がもれる。それを聞く作業員たちは照れ笑いを浮かべていた。
「収穫やってみるか?」
「十歳の子でもやってるくらいの作業だからすぐにできるようになるぞ」
「そうね、ちょっとだけやってみようかしら?」
「おい、ナンパもいいが先に荷物を運べ」
「そんなんじゃねーよ!」
このことがきっかけで畑は女性や子供でもできる作業があることが広く周知され、また地下畑の作業員が増えることとなった。
「エーリカ! 久しぶりだね!」
「マルタさん、お久しぶりです」
「こっちで働いていたんだね。家の方はもういいのかい?」
「後継ぎが育って任せられるようになったので」
「それはいいね」
エーリカは元々ベルグリム村で食堂を営んでいたから、銀鶴亭のマルタにはよく相談にのってもらっていた。
「この中にいるうちは暇だからオットーと手伝ってもいいかい?」
「人数が一気に増えたので助かります」
「村の人数分を作るには鍋が小さいね。食堂で使ってた調理器具を持ってくるよ」
「お願いします」
マルタがサクサクと物事を決め、オットーが黙々と荷を運び、作業しやすいように調理器具を整えていく。普段から銀鶴亭で村人の食事を支えているだけあってとても手際がよかった。
「調理場がずいぶん広いね。三人入るには助かるけど」
「普段はこんな広く使いませんから」
それもそうさね、と豪快に笑いながらも整理する手は止めない。
調理場は夜のうちにアルセラ様が来てあっという間に拡張していた。
「50人分調理するには狭いわよね?」
座る場所も拡張しようとしていたが、給仕が大変だからと断っていた。満員なら少し時間をずらしてきてもらうことができる。
こういうのを思いついてあっという間に形にしてしまうところはもう『アルセラ様だなぁ』の一言で片付いてしまう。
その思いつきに助けられるのもいつものことだ。前の広さだったらオットー夫妻に手伝ってもらうのは難しかっただろう。
「もうびっくりもしなくなったわね」
ただ、やはり情報統制など意識のない村人には知られてはいけない存在だろうと改めて気を引き締め直した。
搬入口に並んでいた荷車がなくなり、人の気配がなくなった村を眺めつつ、横に立っているフリッツに確認する。
「これで村人全員ですか?」
「はい、私が把握している村人は全員入りました」
「ではフリッツさんも中へ」
フリッツが中に入っていくのを見送り、ローデリックは他の騎士に村を見回ってくるように指示する。
「ではここのガーゴイルが作動するようにお願いしてきます」
カイルが伝令のために中へ走っていく。しばらくそのまま待っていたらいきなり壁や天井にあった花から金属の棒が飛び出てきた。
「作動確認しました」
「ありがとう、戻るわね」
カイルが何もない空間に話しかけたと思ったら返事が返ってきた。
護衛対象が近くにいるのか?
声はするのに姿が見えない。ローデリックが不思議に思いつつも見ていたら、出ていた棒が自然と壁へ戻っていった。
……ここ、畑だったよな? なんだこの高度な仕掛けは……
ただの畑に避難しても守れないのでは? と疑問に思っていたが、そんな疑問はあっさりと解決したローデリックであった。
日が暮れ、打ち合わせの終わった隊長たちは隊員たちに決定事項を伝えていた。
「撤退!?」
「砦を捨てるんですか?」
一部は受け入れられないと残ろうとするが、ほとんどの隊員が安堵した顔になる。疲労もピークに達しようという頃に、あんな大軍を見せつけられればその気持ちはわかる。
「はっきりと言う。残ったところで援軍はこない」
「なっ!?」
「だから今のうちに撤退しろ。夜が明けたら撤退はできないものと思え」
「……隊長も撤退するんですよね」
「お前らが無事に城に帰ったらな」
全員が帰れば、あの大軍を無傷で通すことになる。殿戦は必要だ。
「帰る準備を始めろ。そしてできる限り静かに早く砦を出ろ」
大半は素直に帰る準備を始めるが数人はその場に残っている。まったく困ったやつらだ。
「納得できません」
「命令違反だぞ」
「ぐっ……それでもやれることはあるはずです」
「そんなに残りたいのか?」
「守るために騎士になったんです」
「無駄死にさせるために鍛えたわけじゃないんだがな……」
目に隈を作りながらも守る意思を伝えてくるのは嫌いじゃない。だが、無謀な行動は守りたいものも守れない。
さて、どこで折り合いをつけさせるか……
「それなら夜の見張りを手伝ってくれ。明日に備えて少し休む」
「はい!」
「ただし、夜明け前には城に向けて出発することが条件だからな」
「……はい」
しぶしぶと了承した隊員の頭を乱暴に撫でる。
「いたたたっ……ちょっ……隊長!?」
「お前らもそれでいいな?」
「「はいっ」」
「人数が少ない。見回る範囲が広いが必ず複数で当たれ」
せっかく生きて帰す時間があるんだ。城に帰るまで絶対に死ぬなよ。
隊員に撤退を告げて再び小部屋へと戻る。
「おう、時間がかかってたな」
「説得に時間がかかりました。うちは隊員全員が撤退します。ただし8名ほど夜明け前の出発になりますが……」
「そっちもか……」
どうやらどこの隊も似たようなものだったようだ。だがこれで大半は生きて帰せる。
「よし、隊長からも半分帰還してもらう。誰にする?」
「聞いてねぇっすよ?」
「今言ったからな」
司令官はしれっと言い放つ。
「隊長は全員残るものだとばかり……」
「こんな大量に隊長格を殺したら不名誉極まりない。協力してくれ」
そんな理由と思わなくもないが建前だろうな。さて、どうやって残るか……
「どうせ決まらないだろうと思ってな。くじを作っておいた。赤の印がついている当たりを引いた者が帰還組な」
「こんな時になに作ってんっすか……」
「ほら、とっとと引く」
だぁ! なんっでこういう時に当たりを引くんだよっ!
くそっ、残るつもりで説得していたのに格好つかねぇな!
「決まったな。帰還組は夜明け前に戻る部隊と一緒に出発するように」
「はい」
決まったものは仕方ない。逆にいえば後の体力など考えなくてもいいんだ。夜襲の相手を全力でこなすか。




