第47話 砦戦3
長かった夜が明け、ようやく空が白み始めた。
だが朝日に照らされるのは今にも攻め込んでくるかのような整列した軍勢。それは三度の夜襲にどうにか耐えながらも疲労困憊の騎士たちには絶望的な光景だった。
夜襲そのものの被害は少ない。だが騎士たちは警戒を切らすことができず、一睡もできていなかった。
「……これから……本番か……」
誰が呟いたかわからない。弱音とわかっていてもみんな同じ気持ちだった。
ここを抜けられれば次に蹂躙されるのは自分の大事な人かもしれない。ただそれだけで気力を奮い立たせて戦場に立っていた。
軍勢の前にひときわ立派な軍装を身に纏った将が出てくる。あれがヴァルカディアン当主であろうことが一目でわかる。無情にも振り上げられた手がこちらに向かって振り下ろされた。
朝になって間もなく伝令が飛び込んできた。
「昨日まで砦を攻めていた先遣隊とは別に、ヴァルカディアン本隊が動き始めました! 援軍を、援軍をお願いします!」
どうやら砦の司令官は若い騎士を優先的に選んで伝令に走らせているようだ。伝令にきた騎士はみんな限界であることを必死で伝えてくる。
だがこの人選をしている時点で上官たちは砦を捨てる作戦であり、援軍がこないことは察しているのであろう。この城に残る騎士たちも感情を押し殺して伝令を聞いている。
できることなら今すぐに援軍を出したい。だがそれをしてしまえば損害はさらに広がる。何度も話し合い、いくつも作戦を出して考えた結果選んだ作戦だ。やりきらなければいけない。
「旦那様、手の力を緩めてください」
どうやら力いっぱい手を握りしめていたようだ。掌を爪で傷つけて血が出ていた。
「ああ、これしき大したことない」
差し出された布で血をぬぐい、用意されていた椅子に座る。
今日一日はなんとかもたせるだろう。おそらく今夜の夜襲か朝一番か……負けるのを待つというのは、どうにも落ち着かないものだ。
ただ一人でも多く帰ってきて欲しいと願って時間をやり過ごしていた。
砦は常に地響きが聞こえているような、そんな錯覚を覚える状況だ。
圧倒的な戦力差の中、よく保っている方だと思う。いやこれは……
「遊ばれているな……」
夜襲もそうだ。こちらの緊張を途切れさせないように攻めてきてはいたが深くは入り込んでこなかった。
今もそうだ。少し攻め入ってはこちらが耐えたのを見るとすぐに引いて後方と入れ替わる。その入れ替わりのタイミングだけが僅かにとれる休息だった。
夜襲でほとんど休めていないのも相まって騎士たちの判断力はかなり怪しくなっている。明らかな陽動でも釣られて動いてしまうから各所の状況を見て細かに指示を出さなければならなかった。
太陽が中天にかかろうという頃、突如攻撃が止んだ。どうやらまとまった休息時間とするらしい。だが、それすらも囮のような気がしてならない。
こちらは警戒を解かぬまま補給を急がせる。
被害状況の報告も芳しくない。疲労からくる判断力の欠落により明らかに死傷者は増えていた。ポーションは在庫を気にせず惜しみなく使わせる。
初日の士気はどこへいったか。騎士たちの表情は総じて暗く落ち込んでいる。みな黙々とできることをなんとかこなしている。そんな状況だった。
「今日一日、なんとか耐えてくれ……」
心情を表すような曇天を見上げぽつりとこぼれた言葉は弱々しかった。
「敵、進軍開始しました」
大軍を見せつけるようなゆっくりとした進軍に心がざわつく。しかし、こういう時こそ落ち着かなければならない。
「別働隊はいないな?」
「確認してきます」
目線はつい大軍に向く。だが、相手はヴァルカディアンだ。必ず穴をついてくる。
「右翼に工作兵!」
やはりいたな。
工作兵の対応に流れ始めたところで正面の攻城槌の進行速度が上がる。
「攻城槌を近づけるな」
「岩を投げろ。当てなくていい! 周りに落ちれば足止めにもなる!」
「弩はまだあるか?」
みな中央から右翼にかけて集中している。ダメだとはわかるが、全てに割く余裕はない。自ら左翼へ向けて走り出した時、悲鳴が上がった。
「くそっ、敵兵8!」
「梯子だ! 壊せ!」
「狙いは滑車だ! 防げ!」
援護のために壁の上を走っていると視界の端に数人門の方へ走る姿が目に入った。
うちの鎧に似ているものを着けているが別物だ。
「三番隊! 門に向かっているのを迎え撃て! 他は目の前のみに集中!」
指示を出しながら滑車にとりついた敵兵を引きはがす。新たな補給が望めない以上、岩を上げられなくなったら一気に瓦解する。それだけは阻止しなければならない。
損害を出しつつも瓦解はしない程度に踏ん張っていたら敵の撤収の合図が響き渡る。ああ、もう日が暮れるのか……
「う、嘘だろ……」
「あんなの耐えられるわけがない……」
絶望を含む兵たちの声に導かれて敵軍を見ると、そこにはカルヴァスとドラッケンの旗が翻っていた。これで一気に敵軍は砦の騎士の二十倍に膨れ上がることとなる。
「決断の時がきたか……」
城壁はまだ損傷そのものは軽微だ。門も破られていない。だが、軍勢の差がありすぎる。ここまでくると耐える戦いすら無理だ。いかに一人でも多く生きて城に帰すか。ただそれだけを考えなくてはいけない。
「隊長クラスは集まってくれ。他は回復と補給をできるだけしておくように」
軍議を開く小部屋へと歩く。各所から隊長が集まり、皆重苦しい表情を突き合わせる。
「集まったな……」
各隊長を見回し、こちらに注目していることを確認して言葉を続ける。
「隊長たちは気がついているとは思うが、どれだけ耐えようと援軍はこない」
「撤退ですか?」
「ああ。敵軍が増えたのを見て戦う気力をそがれた騎士も多いだろう。そういう騎士たちから逃がす」
「恐怖心は伝播しますからね。それがいいでしょう」
「覚悟のないものを残したところで戦力にならんからな」
賛成を得られたところで誰を城へ向かわせるのかは隊長に一任する。もう数人多く残したところで戦力差は一目瞭然だ。隊ごと撤退させても構わないことも含めて伝えておく。こんな捨てる戦いで無駄死にする必要はない。一人でも多く生きて辺境伯様の元へ戻れ。




