第41話 計画は密かに
ドラグナール帝国は五つの軍侯貴族を擁し、外征を繰り返すことにより国土を拡げてきた軍事国家である。
貴族の力関係も外征時の功績が全てであり、軍を持つ貴族の発言力は高い。だが貴族の発言よりも皇帝の判断が最優先でもある。一番の軍事力を持つヴァルカディアンが否と答えようとも、皇帝が是と答えれば通る。
それゆえに軍を持たない内政貴族は皇帝におもねることが多く、その力関係の歪さは静かに国内摩擦を繰り返していた。
そんな国内でもにらみ合いが続くドラグナール帝国に、隣国ドゥルガルド王国で、新たな技術を使った育成の早い畑ができたと情報が出回る。その情報は各勢力にとって魅力的であり、あるところは大胆に、あるところは静かに、それぞれの思惑で入手するべく動き始めた。
軍候貴族の一つ、カルヴァス領にある食堂の一室では、再びラウルとヴェルナーが顔を合わせていた。
「ドゥルガルドの新しい情報か?」
席に着くなりヴェルナーが端的に口火を切る。
「はい、種類は少ないものの収穫がありました」
草からの情報によると葉物野菜が数種類、しかも小規模の農家が出してくる程度しか市場には流れていなかった。だが、収穫は収穫だ。この場では全体の収穫量は出さず、魅力的な情報を提供していく。
「これで収穫できるところまで実績が確認されました」
ヴェルナーは頷く。
「作物の成長が早く、収穫も問題ないとなれば兵糧の確保が楽になるな」
ドラグナール帝国では外征による戦争が起こる。その度に周りの村々から民兵と兵糧を接収しているのだが、元々の収穫量がさほど多いわけでもなく、必要となる量を集められないことはよくあることだった。
それが情報で寄せられた畑であれば通常より早いペースで収穫が可能となる。ならば一回の収穫量は少なかったとしても、全体量でみれば兵糧としての生産性はかなり上がるはずではある。
難をいえば生産地である畑が離れていることだが、そんなものは保存のきく根菜や麦を育てさせたら問題はない。ただし、入手できたらの話ではあるが。
「それは是非とも確保したいものだな」
「財務としても安定した食糧供給は魅力ですね」
もたらされた情報にそれぞれの利点があることを確認し合い、暗に協力することを互いに匂わす。
「皇帝へは」
「早々に上げることになるでしょう」
懸念はヴァルカディアンの動向だが、探る限りでは動く気配はない。このまま主導権を握ることができたら良いのだが、どうなることか。
ヴェルナーはセラディアとの会談を終え、執務中の主君に繋ぎをとる。
「セラディアより隣国ドゥルガルドにて有益な施設の情報がもたらされました」
「施設?」
「農作物の育ちが早い地下施設だそうです」
書類の上を走る手は止まることなく思案は進んでいるようだ。この平行思考はいつ見ても不思議な光景だ。
「奏上は?」
「セラディアからの予定です」
「主導権を逃すな」
短く返事をして礼をすることで了承を示す。
これ以上執務室にいたところで会話はないのだからすぐに部屋を退出する。
進める指示が出た以上、味方を増やさねばなるまい。
そうなると次はドラッケンであろうな。バルドレインは情報を共有したところで位置的に我関せずであろうし、グラディオンはこちらからつつかなくても皇帝が動けば動く。どのみち軍を動かすのであればまずは皇帝を動かさねば反乱と見做されて攻め落とされかねない。
早速書状を書き、ドラッケン家の外向きの連絡を担っているコンラートへと送った。さて、どのように興味を引くか……
数日後、案内されたドラッケン邸の一室にてヴェルナーはドラッケン伯爵と相対していた。
……なぜ……伯爵様が直接いらっしゃるのだ?
「そうかたくなるな! 戦争の話だろう?」
本来は会談相手になっていたであろうコンラートは壁際に立って気配を殺している。
約束を取り付けた時になぜドラッケン邸での会談にこだわったのか不思議だったのだが、伯爵様が直接聞きたかったかららしい。巻き込まれる方からしたらいい迷惑だ。
常識とかいろいろ頭をよぎったが、すでに相対している以上そんなことを考えても仕方ないと思考を切り替えた。
「兵糧の供給を飛躍的に強化できる施設の情報を入手しました」
「……そうか。どこを殴る?」
「隣国、ドゥルガルドです」
「ははは、いいね。で、守りは?」
「地下施設ですので軍で攻め入るには困難かと。ただ補給路も限定的ですのでそこを押さえれば……」
「落とせるな」
もうすでに攻撃をしかける前提で話が進む。まだ皇帝の了承を得ていない以上は隣国へ攻め込めないのだが……こちらとしては話が早くて助かるが……
「……はい。ただし、こちらも他に進入路がありませんので正面からの衝突は避けられません」
「上等だろ。そんなものは補給をつぶして殴る。それだけだ」
戦争なのだからぶつかることは大前提だと豪快に笑う。ドラッケンの戦い方であれば正面突破が主流だからいつも通りではある。
「で、いつ始める? 兵糧の供給を担う施設なら時間を置けば置くほど相手の備蓄が貯まるだろう? すぐ始めるよな?」
「皇帝の判断を得次第、とは考えております」
「上を落とすのは?」
「セラディアから……」
「なら任せていいな」
うちの閣下もそうだが、軍を率いるということはこうも端的に判断するものなのだろうか?
「お前らはどこまで面倒を見てくれる?」
「可能な限りの全てを」
「いいね。じゃあ戦争を始めようか」
隣国を攻めようという大きな戦争の話のはずなのに話が次々と決まっていく。なにか大きな落とし穴があるような気がしてならないが、ドラッケン伯を前にするともう何を言っても無駄な気がしてくる。
順調すぎるのも不安を呼ぶものだと感情に蓋をしてその日の会談は終わった。




