第35話 マジックバッグ
「旦那様、地下農業迷宮より収穫物が届いております」
セドリックが二つの大きなカバンを持って執務室へ入ってくる。
「早いな。もう収穫できたのか?」
「そのようですね。こちらが収穫物となっています」
「そのカバンに入る量なのか?」
いつもはわかりやすく説明するセドリックなのだが、さすがにどのように説明するべきか迷った末、直接見ていただくことが一番であろうと送られてきたそのままの状態で執務室まで持ってきていた。
「こちらはマジックバッグになっているようでして……」
ついていた手紙をすっと差し出す。
「トーマスからの伝言によりますと、アルセラ様が用意した時間遅延機能のついたマジックバッグとのことです」
エルドリックは渡された手紙と二つのマジックバッグを数回交互に見て、天井を仰いだ。
「……なぜエルフはアルセラを追放した?」
「それはわかりかねますが……アルセラ様が技術を隠していたか、エルフが理解しなかったのかどちらかなのではないでしょうか?」
いつも冷静に思考するエルドリックにしては珍しく、低くうなりながら指示を出していく。
「収穫の半分を一つのマジックバッグに入れて陛下に送ってくれ。それと同時にこのマジックバッグの扱いについて決めていただきたいと指示を仰いでくれ。あとでその旨を含めた書簡は書く」
半分の収穫物はこの邸で消費できる分だけ残し、残りは農業の統括部署へ渡して市に出すように手配する。マジックバッグの一つはすぐに返して次の収穫物を運ぶのに使ってもらう。その返却の際に手紙を届けてもらい、一つは王都へ運ぶため返却が遅れることと、マジックバッグの存在を広めないように注意を添える。
「旦那様、先にアルセラ様に依頼があるまで作らないようにはっきりと伝えておかないとアルセラ様が必要だと思う数だけ作ってきますよ」
「有能なのだが……妙なところで世間知らずだ……」
「なまじ力があるゆえに、なのでしょうね」
「だがここまでの悪路や王都までの距離を考えると、あると便利なのは確かだ。だからこそ正当な値で買わねばならん」
この普通の畑の収穫量を入れてもまだまだ余裕がある容量に時間遅延。一体どのくらいの価値になるのか……どんな値段になろうと、傾いていたこの領の財政では払えないだろうと、二人は考えるのを放棄した。
とりあえずセドリックが直接アルセラの元に赴き、時間遅延のついたものを勝手に作らないように説得してくることになった。
「陛下、バルディウス辺境伯より書簡と荷物が届いています」
「バルディウス辺境伯からなら王立地下農業迷宮のことだろう。開いて確認してくれ」
書類を処理しながらヴァルデリウス王が促す。
レオナルトが書簡を確認し、慌てて荷物を確認している。箱から出てきたのはかなり大きいカバンだった。だがレオナルトはカバンを見たまま考え込んでいる。
「レオナルト、何が書いてあった?」
「順番に説明します。まず、王立地下農業迷宮にて数種の野菜と桃の収穫が行われたようです」
それがこのカバンに入っています、とカバンを差し出してくる。
「収穫物がこのカバンに?」
「マジックバッグです。それも時間遅延機能のついたマジックバッグだそうです」
「時間遅延機能つき……」
一口にマジックバッグといえど内容量によって値段はかなり変わる。だがここに収穫物が入っているということは一般的に大きいと言われる千倍はある。その上に時間遅延までついているということは国家予算レベルの価値と推測される。
「王都までの運搬には必要と思われるが、バルディウス辺境伯領では支払いができないため、取り扱いをこちらで決めて欲しいとのことです」
「これを作ったのはアルセラか?」
「はい、そのようですね」
「なら支払先はアルセラだな」
ヴァルデリウス王は深くため息をつきつつ思案する。
別に払えないわけではない。ただ金を払ったところであのアルセラが受け取るかと言ったら受け取らないだろう。だが国としては対価を払わなければいけない。
「で、レオナルト。いくら払うべきだ?」
レオナルトにもすぐには答えが出ない。じっくりと考えた末に必要な項目を並べていく。
「まず前提として、購入するのか、貸与してもらうのか」
「購入してもよいが、馬鹿どもが騒ぎそうだ」
レオナルトは頷くだけで先に進める。
「価格ですが、大きさはともかく時間遅延機能は比較対象が市場にない以上は安易には決められません」
「アルセラは農産物の運搬としか考えていないが、これは世界を変える力だ」
「ええ。ですから金で払うべきではないと考えています」
「ならば何で払う?」
「ダンジョン産資源の取引契約、といいたいところですが、あれはアルセラ嬢の技術ですので……必要素材の優先融通が最適かと。先の魔石や宝石のように」
ヴァルデリウス王は再びため息をつきつつも笑う。
「また苦労しそうだ」
「それほどの価値はあります」
「まだこれの情報統制は可能だな?」
「外見は普通の大きいカバンですから、これが時間遅延機能のついたマジックバッグと知るのは我々と辺境伯周り、王立地下農業迷宮の農業担当辺りでしょう」
「このマジックバッグを扱う者を限定しておけ」
「承知いたしました」
早速手続きをするべくレオナルトが執務室を後にする。
残されたヴァルデリウス王は書類を処理しつつも、この先のアルセラの扱いを思案する。
「あとどれくらい驚かされる技術を隠し持っているのか」
高い技術を持ちながらも本人にはその自覚は全くないところが危うい。紹介される前にベルノルト子爵が言っていた言葉を思い出す。
『彼女は奴隷のように縛って働かせるのではなく、守りながらも自由にさせる方が国益になります』
今回のことでその言葉が正しかったことが証明された。自由にさせることで、考えつきもしない方向から知識を持ち込まれる。
次のバルディウス辺境伯からの報告が楽しみだ。
……いや、次に来るのは今日のことを伝えた後のアルセラからの返答か。どのような要求がきても良いように覚悟はしておこう。




