第34話 動き出す人々
ラウルはドゥルガルドとの国境の緩衝地帯で各地に散らばった草からの情報を聞き、まとめあげる。
ここ最近はドゥルガルドの動きが非常に静かだった。毎回特に変わり映えのない情報を聞くのに苛立ちすら覚えるほどに動きがなかった。
なのにここに来て国境に近いベルグリム鉱山で動きがあった。最初に聞いた時は何を言っているのか理解し難い内容だったが……
「うまくいきすぎ、か」
確かに枯れた鉱山が畑に変わって、しかも成長が早いときたら何を狙って流された情報なのかと疑いたくもなる。
「だが、あの国の農業事情はかなり逼迫している」
そういう技術が実現可能であれば使いたがるだろう。そしてその技術はこの国にも使える。
目の前に迫った重厚な扉をゆっくりと、独特のリズムでノックする。
「入れ」
するりと滑り込むように入り、そっと扉に鍵をかける。それだけで主人の目が細められる。
「ドゥルガルド王国のバルディウス領にて動きがありました。廃坑が噂されていた鉱山を畑に作り替えたようです」
コンッと机が叩かれる。
「鉱山を利用して地下に畑が作られているようです。中では土人形が作業を進め、野菜の育ちが早いとの報告がありました」
再びコンと机が叩かれる。
「……ドゥルガルド、か……」
深く思案に入ったようだ。邪魔をしないようにじっと待つ。
再びコンッと机が叩かれた。
「収穫はまだだな?」
「はい」
「こちらも種を蒔いておけ」
「南と北どちらにいたしましょう?」
「うまくどちらも芽吹かせろ。ヴァルカディアンが邪魔だ」
「承知いたしました」
一礼して扉を開け部屋から出る。
思った通りこの情報はお気に召したようだ。だが今の情勢では直接交渉する手はなく、奪う算段となる。だが内政貴族であるセラディアには攻める軍勢がない。
「南をつつけば北もついてくるだろう」
ここのところ武勲を立てる機会に恵まれていない。中央も動くような目標があるとなれば喜んで自ら動くだろう。だからといって収穫実績すらないまま突入されても困る。
「まずは意向の確認からしましょうか」
ヴェルナーは訓練で剣を振るう主君の横に立ち短く報告をする。
「セラディアより接触要請あり。会談に応じます」
「許可する」
短く答えて剣を振るう。
「有益であれば聞く」
こちらを一瞥することなくそのまま訓練を続ける主君に一礼して、セラディアとの会談に応じるべく次の行動に移る。
後日、カルヴァス領にある食堂の一室にて、ラウルとヴェルナーが顔を合わせていた。
「本日はお目にかかれて光栄です」
情報を持ってきたラウルから口火を切る。ヴェルナーは鷹揚に応え、本題を促した。
「判断を仰ぎたいとのことだが、どのような内容で?」
「地方の農業施設の話です」
「農業?」
ヴェルナーの顔が訝しげにゆがむ。
「ええ、ただし『制御された農業』です」
訝しむ様子も意に介さず、ラウルは情報を積み重ねていく。
元は鉱山であり、地下に畑があること。中では土人形が働いていること。野菜の生育が早いこと。
「収穫はまだです。追加の情報を望みますか?」
ヴェルナーは最初の訝しげな表情から一転して、情報を深く整理している。ラウルは急かすことなく黙って返事を待つ。
「正直、信じ難い内容が多いが真実なら見過ごせない情報だ」
「情報が足りない今は真実かどうかは見極めの時ではありません」
「続報を待つ」
ラウルは笑みを深め礼で返す。
情報を得次第また会う約束を交わしてその日は別れた。
ラウルとわかれた後、ヴェルナーは今後の動きをまとめていく。
「ヴァルカディアンを出し抜くにはカルヴァスだけでは足りんな」
ヴァルカディアンはドラグナール帝国の中でもトップの軍侯貴族だ。さらに反皇帝の気配もある。ドゥルガルドに接しているからといって協力を仰ぎ、さらに力をつけさせるわけにはいかない。
動くとなれば好戦的なドラッケンはすぐに食いつく。あとは皇帝にどのように奏上し、どこまで皇帝派主導で戦端を開けるか。
「動かすためにも誇張は構わない」
主君に報告するのは続報が来てからで構わないだろう。
「主となる情報が偽物では話にならん」
セラディアからの情報であれば問題ないだろう。この話は儲け話にも繋がるから信憑性はある。これがヴァルカディアンから意図的に流れた情報でなければ、だがな。
一方で地下畑では初の収穫に沸いていた。
「おお、これが俺たちが作った野菜か」
「収穫すると感動するな」
「まだ種類は少ないけどこれから植えたの全部採れるんだよな?」
「なんかすげぇ楽しみになってきた」
作業に入っている村人たちが収穫した葉物を囲んで喜びを分かち合う。その様をトーマスは満足げに見て笑っていた。
そんな村人たちが騒ぐ中、フリードリヒが初収穫した桃を持ってきた。
「まだ数が少ないので家族だけで収穫しました。次からは作業に入っていただきます」
こんな田舎の山奥にある鉱山村だ。果物を見たことが初めての者がほとんどで「なんだこれは?」と訝しげだ。ただ香りは甘く、美味しそうなことだけはわかる。
その様子を見たフリードリヒが察して試食を提案する。
「一口だけですが、どんなものか食べてみますか?」
エーリカに五個ほど渡して全員に行き渡るように切ってもらう。
「うめぇ!」
「こんなものがあったんだな……」
「めちゃくちゃ柔らけぇ……これ俺らが収穫したら潰しちまうんじゃねぇか?」
特に桃は傷がつきやすく傷みが早い。運搬の難しさからあまり広く出回っていないのが現状だ。
しかもベルグリム村周辺の道はあまり整備されていない。ここから辺境伯邸に運ぶだけでもいくつかは傷でダメになるだろう。
「初収穫したものは報告も兼ねて辺境伯様に納品するからな」
いい評価をもらえるといいな! とみんなでひとしきり盛り上がって今日の作業は終了となった。
「トーマスさん、フリードリヒさん」
村人が帰った後でミアさんに呼ばれる。
「こちらのマジックバッグを預かっています。運搬用に使ってください。とのことです」
そう言いながら肩幅くらいの大きいカバンを渡される。トーマスはマジックバッグと聞いてもなんのことかわからないようだが、フリードリヒは元男爵。さすがにマジックバッグのことを知っていた。
「こんな高価なものを!」
驚きながらもフリードリヒはわかっていないトーマスにマジックバッグがどういうものなのかを説明する。
その性能だけでどんな価値のものなのか理解したらしく、トーマスの口が開いたまま戻らない。
「えっと……時間遅延をつけてみたから使っておかしなところがあったら教えて欲しいそうです」
ミアからの追加情報は二人の処理能力を超えたらしく揃って頭を抱える。
「とりあえずコレも報告になるから使って収穫したものを届けてもらいましょう」
「そうですね。全て辺境伯様に任せてしまうのが良さそうです……」
せっかく時間遅延があるのだからと二人ともに収穫したものをカバンに詰めていく。
「これ……どれだけ入るのでしょうね?」
溢れたフリードリヒの疑問に答えられる人は誰もいなかった。




