第27話 マティアス2
左右に並ぶ武骨な石像を抜けて二階層へ降りると空気が変わった。ずいぶんと暑い。初夏くらいの暑さだろうか。
畝に整えられた土の上には数種の良く見慣れた野菜が育っていた。
「作業してる人がいないな」
「本日の作業は五階層の根菜畑です」
先を促されるまま三階層へ下りる。ここはトウモロコシや豆類のようだ。そのまま通過して四階層に下りると空気が涼しくなる。ここは麦類だな。
そして五階層に下りると再び暑くなり、そこには作業員が十人ほどいてそれぞれ作業をしていた。その中に見知った姿を見つけて声をかける。
「トーマス!」
名前を呼ばれたのが聞こえたのだろう。作業を止めてこちらにやってくる。
「子爵様、お久しぶりです」
「ああ、久しぶり。どう? 調子は?」
「ゴーレムのおかげで順調すぎるくらいです」
今までの階層を見て思っていたけど、やはりこの中では植物の成長速度が早いらしい。まだ種を蒔いて五日だと言うから驚きだ。
「細かいことは直接聞いてください。こちらから聞かないと常識だと思っていて話題にも上がりませんから」
思わず笑いがもれる。そういうところは相変わらずのようで微笑ましい。アルセラの中では全ての技術はできて当然のものだから自分がどれだけ異質なのか把握できないのだろう。
「相変わらずのようで安心したよ。作業を止めさせて悪かったな。また時間がある時にでも聞かせてくれ」
トーマスと別れ、一歩離れたところで待っていた騎士に再び案内してもらう。
「一緒に待たせてすまない」
アルトマン一家に一言入れるととても恐縮されてしまった。
そんな偉い身分でもないのだけどな、と思ったところでアルセラのことがよぎった。人のこと言えないな。
六階層へ下りるとまた別の騎士と一人のメイドが待っていた。
「ここからは私、トビアスが案内いたします」
どうやらここまで案内してくれた騎士はこのまま入口の警備をするようだ。アルセラの事を知らない人を通さないように見張るのだろう。階層の出入り口が一つしかないからできる警備だな。
入れ替わった騎士について行くと一軒の家の前に着く。これがアルトマン一家の住まいだな。
その家の前ではアルセラが待っていた。
「マティアス様! お久しぶりです!」
小さく手を振りつつ、満面の笑顔で迎えてくれたが……
「先に果物農家さんたちをお家にご案内するのでそこでちょっと待ってて下さいね」
……農家を送り届けるのがメインだからいいけど、扱い酷くないか? ほら、農家のみんな縮こまっているじゃないか。
「皆さんはじめまして。ここの管理、調整をしているアルセラです。こちらが住んでいただく家ですので、見ていただいて直したいところがあったら遠慮なく言ってくださいね」
文句を心の中で垂れ流している内にアルセラはさっさと一家を案内して家へ入っていく。
漏れ聞こえる声を聞くと、果物畑の打ち合わせと調整は明日やるそうだ。それ、ちょっと見たかった……
「マティアス様、お待たせしました。お話できる場所は作ってあるのでそこに行きましょう」
相変わらず思いついたままに行動するアルセラにため息をつきつつもどこか安心もする。やっぱり貴族として持ち上げられるよりは気さくな方が気が楽だ。
ルドルフがいたら思いっきり眉間にシワが寄ってるのだろうな。
「貴族のお屋敷みたいにソファーじゃなくて申し訳ないですけど座って下さいね。ミア、お茶をよろしく」
さて、何から話そうか。
ここは国家の運営だから、やっぱり国全体に行き渡らせるために収穫量を上げてもらえるかの交渉か。ぱっと見た感じでは国全体を賄うには収穫量が足りなさそうだ。
「作物の成長がずいぶんと早そうだけど、成長を早めても問題は出てない?」
「今のところは普通に育てたものと変わらないようですね」
そうか。早く育てても影響はないのか。
「もし今の倍って言ったらできる?」
「できますよ。鉱山のエネルギーが枯渇するのがかなり早くなりますが」
やはり欠点はあるか。消耗が激しいのなら……
「成長速度は今のままで広さを広げて収穫する時期をずらすことは?」
「可能です。成長を早くするよりは長くエネルギーが保ちますから、どちらかと言われれば場所を広げる方をお勧めします」
「広げた上で計画されている鍛冶場と採掘は保てる?」
「それも含めての計算なので問題ないです」
アルセラの予測の広さはさすがだな。
たまに手元にある板のようなものを見ているけど、ほぼ間を開けずに返ってくる回答に頷きを返す。
「じゃあ陛下に場所を広げて収穫量を上げるのは可能って伝えるから、近いうちに要請がくると思うよ」
「それ、陛下の前に辺境伯様にも通しておいて下さいね? 上の連絡の行き違いで起きるごたごたにはあたし、関与しませんからね」
そこは当然。地下農業迷宮があるのはバルディウス領なのだから辺境伯様には先に農地を広げて良いか確認はとらなければいけない。作業員が足りなければこちらからも手配が必要になるだろう。
「ゴーレムの稼働はやっぱり迷宮内のみ?」
「ええ、そこは変わらずダンジョン内だけです。エネルギーの供給がダンジョン内の地面と接していないとできないので、外では活動できません」
「小さな魔石などを埋め込んでエネルギーを貯めさせても無理?」
「無理です」
そうか。トーマスが絶賛していたから外でも使えたらずいぶん楽そうなんだけど……無理か。
「外での稼働なんてできない方がいいですよ。絶対に戦争に使われますから」
この中で動かしているものを外で動かせるように研究する気はないらしい。確かに全ての人が平和的に使うかと言ったらそうではない。
「そういえば、外では出荷の時の箱なんかはどのようなものでどこで手配しているのです? 大量に必要になりそうなのですけど」
「そこはトーマスの方が詳しいとは思うが確か――」
互いに質問を重ねているといつの間にか夕方となってしまっていた。
うーん、アルセラと話すには半日では足りないな。この後は辺境伯様とも打ち合わせをしなければいけないし、大人しく帰るか。
「まだ聞きたいことはあるけど……時間だから帰るよ」
「ああ、もうこんな時間なんですね」
アルセラも時間を気にしないから気づいていなかったようだ。
「そうだ。陛下が地下に作る鍛冶場にドワーフを配置したいって宰相様に手配させていたよ」
近いうちに来るんじゃないかな?
アルセラが微妙な顔になる。
「ドワーフ……」
アルセラがこんな顔をするなんて珍しいものを見た。エルフとドワーフの相性が悪いというのは本当だったのか。
「あいつらの態度は気に入らないけど、来るなら作らせたいものはあるのよね……」などと不穏な言葉も聞こえてくるが、なんとかうまくやってくれ。鍛冶場のことは管轄外だから頼られても困るんだよ。




