第26話 マティアス1
「アルセラ様、バルディウス家からお手紙を預かっています」
夜ご飯を食べに休憩所に来たらエーリカさんがお手紙を渡してくれた。
はて? なんでしょう?
「あら。明日、果物農家の方が到着するみたいですよ。エーリカさん、四人増えますけど夜の食材とか大丈夫ですか?」
足らなければクローンで作るか、急速に成長させてでも、どちらでも出せますが?
「余裕もって発注をかけているので問題ありません」
よかった。前日にお知らせがくるとか。もう少し余裕もって連絡欲しいよね。
「ただ一点問題があってね……」
ミアはすぐ側にいるからトビアスとカイルを呼び寄せる。打ち合わせなんだから座ってほしいのだけど、三人とも座らないのよね。もう、頑固なんだから。
「果物農家と一緒に子爵のマティアス様も来るらしいのよ」
来るのはいいのよ。ただ来る時間が昼間なのよね。あたしは休憩所に来れないからどこに通すかが問題になる。
「トーマスさんとエーリカさんに対応していただいたら良いのでは?」
ミアの言葉にトビアスとカイルも頷く。
あ、そっか。三人は経緯を知らないわね。
「あたしはマティアス様の尽力でここに辿り着いているから、マティアス様もあたしに面会を求めると思うわよ?」
むしろ地下畑の発案者だからね? 詳しい話を聞きたがると思うわ。
三人も考え込んでいる。
ん〜、森の入口付近に来客用の部屋を作っておきましょうか。土を固めたレンガ調のならすぐできるし。給仕用の小さな湯沸かし場があればいいかしら?
さすがにお貴族様向けのふかふかソファーは無理だけど……木で作った机と椅子があればいいわよね? マティアス様だし。
「トビアスとミアに側についてもらって、カイルはマティアス様たちを案内してきたら六階層の入口で村人が来ないように見張りをお願いしようかしら?」
「そうですね……それならばアルセラ様が村人に見つかることはなさそうですね」
念のため六階層の入口付近にはトビアスとミアが代理で迎えに行くことになった。念を入れすぎじゃない?
「どんな不測なことが起きるかわかりませんから」
仕方ない。じゃああたしは果物農家さんの家の前で待ってるわね。先に家を整えてあげたいし。
「その間、子爵様をお待たせすることになりますが……」
平気平気。むしろ調整を要望したら、どう変わるのか見たがると思うわ。植物だけでなく建物も作れることも知ってるからね。
三人とも貴族対応ってことで萎縮してるけど、普段もっと上の辺境伯様についているのだからそんなに気負う必要はないわ。
「雇用は辺境伯様ですが、直接対応することなんてないですよ」
「アルセラ様が気軽すぎなのでは?」
ミアもトビアスも失礼ね。まだ貴族だと知らないうちから相手をしていたマティアス様だからいいんです。これが他の知らない子爵様ならもうちょっとちゃんとしますよ?
なんだか三人から痛い視線がきている気がするけど、最低限の礼儀はちゃんとするから大丈夫よ。さて、応接室を作ってこよっと。
あ、ミアはエーリカさんにカップとか茶葉とか用意してもらってね。
翌朝、休憩所へ食事に来ていた作業員たちに緊張が走った。
「……え? 貴族が視察にくる?」
「はい、子爵様が訪問されます。皆さんはいつも通りに作業していて下さい」
「い、いつも通り……」
狼狽える気持ちはわかりますが、一応通過するだけの予定なので気にしないで下さい。
「子爵様ってのはベルノルト子爵か?」
「はい、そうです。トーマスさん、ご存じなのですか?」
「元いたところの領主様だからな」
よく農地にも出てきて一緒に作業するような人でとても気さくな領主様だったようだ。
「あの方の対応が必要な時は俺にまわしてくれればいい」
周りの作業員から尊敬の眼差しが集まり、トーマスさんはなんだか照れている。平民から見たら貴族対応が慣れているのは尊敬対象ですね。
「相手がベルノルト子爵だからだぞ。他の貴族対応は無理だからな!」
アルセラ様もだけど、平民であるトーマスさんからもその対応になる子爵様って……一体どんな方なのでしょうね。
翌日、マティアスは悪路で暴れる馬車に揺られて地下農業迷宮に到着した。
城下町からここまで道が荒れていると、収穫物の輸送が始まったら大変なのではないだろうか?
馬車を降りると目の前にはバルディウス辺境伯の家紋が掲げられた石造りの門構えが目に入る。
「ベルノルト子爵様、お待ちしておりました」
カイルと名乗った騎士に案内されるままについていくと、連れてきた果物農家のアルトマン一家と一緒に他の騎士がいる建物の前で水晶でできたものを配られた。
「子爵様はこちらの認識証を。果物農家の方々はこちらの認識証を一人一つずつ必ず身に着けておいてください」
認識証を受け取ってよく見ると、留め金でブローチにもネックレスにもなるようになっている。作業や好みでつけ方を変えられるようになっているようだ。こういう細かいところを考えるのはアルセラだろうな。
「この認識証を考えたのは……」
「子爵様!」
遮るように呼ばれたから言葉を止める。そっと隠すようにメモが渡された。
『マティアス様
ここでは私の存在は隠されています。
会って呼ぶとき以外は「アルセラ」の名を出さぬようにお願いします。
追伸 必要ないと思ったら説得を手伝っていただけませんか?
アルセラより』
資料に書かれていた少し丸みのある文字が並んでいた。アルセラが書いた手紙で間違いがないようだ。
なるほど。考えてみれば確かにアルセラの存在を隠す必要はあるな。
この技術を誰が持っているかに繋がりかねない情報はできる限り伏せるべきだ。エルフという最大の特徴もどんな形であれ出さない方がいいだろう。
そっと手紙は胸元にしまう。
「この手紙の主は元気?」
「はい。毎日驚かされています」
その様を簡単に想像できてしまってつい笑ってしまう。本当に、うちの領地に鉱山があれば離さなかったのにな。
「いろいろと話を聞けるのが楽しみだ」
大まかにどういう内容で畑を作るのかは陛下に売り込む前の段階では聞いているが、実際にここを見てどうなったのかは知りたいところだ。あの理解できない話を聞くのは少し難儀するけど、それぞれの発想は面白い。
この短い時間でも、どんな話が飛び出してくるのか。




