第10話 ベルグリムの日常
大抵の鉱夫は採掘が終わるとその足で銀鶴亭へと向かい食事をする。いつもと変わらないいつもの風景だ。
ヨハンが採掘仲間と食事をしていると、銀鶴亭の扉が開いてフリッツさんがやってきた。
「みんなここにいるな。そのまま食事をしながら聞いてくれ」
銀鶴亭全体に聞こえるように声を上げる。思い思いに話していた声は徐々に小さくなってみんなフリッツさんの方に注目している。
「この鉱山を畑に変える日が決まった。七日後だそうだ」
フリッツさんの言葉に周りがざわつく。とうとうこの日がきたのか。
「採掘作業は明日までにして残りの日数は鉱山の中にある私物や道具類の片付けに当てて欲しい」
鉱山の中に物など残していないから、明日の採掘が終わると鉱山に行くことはなくなるな。そうか。明日が最後か……なんだか突然で呆気なくて寂しいな。
こんな小さな村だから子供の数は少ない。ヨハンは村で生まれ育った数少ない子供の一人だ。
村で生まれ育った子供の遊び場は、いつも鉱山の入り口だった。親を待ちながら遊ぶから自然と集まる場所はいつも鉱山前。遊んでるつもりでいつの間にか鉱山の手伝いになっているのもいつもの光景だ。
そんな生活のすべてが鉱山に関わることで他の村も知らないから畑なんて何をするのかさっぱりわからない。
「堅い土を扱うか柔らかい土を扱うかの違いだろ?」
「そんな単純なものかねぇ?」
「何度聞いてもここが畑になるとは思えないよな」
それはそう。
普通に考えたら畑なんてできるわけがないんだよ。
「自分らで食うものができるまでは辺境伯様が食わせてくれるって言ってるんだ。とりあえず従っておけば死にはしないだろ」
楽して贅沢になるかもしれねぇぞ、なんて言いながら笑っている。
気楽なものだな。とはいえ、自立してどうにかしようなんてできるわけでもないし。上からの指示には従うしかないよなー。
「セドリックさん、ベルグリムには今の食堂の人以外に料理が作れる人はいませんか?」
「ずいぶん唐突な質問ですね。なぜ料理が作れる人が必要なのかお聞かせください」
ああ、そうよね。思いつきのまま整理しないで話すのはよくない癖よね。
「農業層の一番上の階層にはベルノルト領から移住してくる農家の住居と農業従事者の休憩所を作ります。その休憩所は食堂にして朝食や昼食をとってもらおうと考えていたのですが、場所は作れても料理を作ってもらう人がいないと思いまして」
「……それでしたら、村には以前、銀鶴亭の他にもう一つ食堂があったはずです。料理人として働く気があるか打診してみましょう」
やったー。料理人ゲット。
「ただ、鉱夫は昼食を食べる習慣がないと思いますが」
「え?」
「鉱夫は朝鉱山に入ったら基本的に夜まで出てきません。弁当を持っていく習慣があると聞いたこともありません」
一日二食! よくそれで体力がもつわねぇ!
「朝食と合間につまむ軽食、アルセラ様の食事を作ってもらう要員として常駐してもらうことは良い案ですね」
……そうね! あたしの食事も必要ね! 忘れてたわ……うーん、ある程度の食事を自動で作ってくれる便利道具ってできないかしらね? 研究テーマに付け加えておこっと。
気になったことをセドリックさんに投げたから次はミアね。む、座ってくれたほうがしゃべりやすいのに頑なに座らないわね。
「メイドとして勤務中ですから」
ほんとにまじめね〜。まぁいいわ。
ミアにはダンジョンができたら一緒にきて欲しいことを話す。
すでに辺境伯様には許可を得ていて、一緒に行くかはミア次第であること。
雇用は辺境伯様のままで、希望したら城のメイドとして戻れることも話す。
「アルセラ様の邪魔になりませんか?」
「邪魔にはならないわよ。あたしの世話だけだと手持ち無沙汰かもしれないから、農場に作る食堂の給仕やお掃除も手伝ってもらうかもしれないけどね」
領地の城のメイドって平民からしたら名誉職だと思うのよね。そこから外れてもらおうっていうのだからとても申し訳ないのだけど。ミアは自身の理由による不手際があったわけでもないからね。
しかし、イジメってほんとに陰湿。よくここまでいろいろと思いつくものだわ。きっとあたしに影響しなくて把握してないところでも何かしらあったのだろう。ミアの目には涙が浮かんでいる。
「ご配慮いただきありがとうございます。ぜひご一緒させてください」
ええ、一緒にいきましょ。
ちょっとメイドの仕事とは違うことの方が多くなるような気がするけどね。そこの覚悟はしておいてね?
ミアにセドリックさんを探してもらって、無事に彼女からの承諾をもらえたので、地下農業迷宮に共にいくことを報告する。
「ミア、貴女には苦労をかけて申し訳ありませんでした」
まさかの上司からの謝罪にミアは大慌てしている。使用人を教育してまとめる責任者であるセドリックさんからしたら自分の不手際なのよね。その謝罪は受け取っておくべきものよ。
横からやんわりと謝罪を受け取るように促してその場はおさまったけど、ミアは落ち着かなさそうだ。
こんなこと滅多にないことだから慣れるものでもないわよね。でも表面はしれっとして自分の感情は受け流すのが一流のメイドよ。頑張って。
「ミアはアルセラ様のお側がいいので一流じゃなくてもいいです」
んん? 別に一流のメイドになったからって捨てないわよ? ミアはミアでしょ?
まぁ、常に冷静になって、主人との距離感が大事とか言って遠くでずっと控えられると寂しいから今のままがいいけどね。
セドリックさんが戻っていった後はミアとどういう道具があると便利か話し合った。
現場の意見を聞くといろいろと見えてくるわね。やっぱりあるといいな、となるのはお掃除関連のものらしい。魔道具で日本の製品再現をまた考えてみようかな?




