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超重力、自由落下の終着点

今度は重力のお話です。

今日の朝10時に更新予定が!日付を間違えていたぁっ!

すみませんでした!

 どことなく、二人の足取りは穏やかなものであった。以前のような、ギスギスとした雰囲気は幾分柔らかく、ゲルミナスがうんちくという名の講釈を垂れ、モルテが無視をし、たまに足蹴にする。そんな様子が見られるようになった。

「……いや、以前と変わってませんが……? むしろ私への扱い、酷くなってません……?」

 解せぬ。眉根を寄せてゲルミナスは唸った。モルテはそんな彼を見てベールの中でクスリと笑みを漏らす。

 けれど、そんな彼らの歩みは、「大地の竜」に近づくにつれ、物理的に重くなっていった。



(……重っ……)

 モルテは、はあ、とため息をついた。大地の竜が近い。足は重しをつけたように重く、ずるずると引きずって歩く。

「はあっ、これは、そのまま、理を、強化……しているのでしょうっ……」

 体力がないゲルミナスはもう既に息切れしている。なぜこんなに体が重いのかというと――。

「大地の竜は重力を司る存在。竜の周囲はこれまで積み重なった『記憶』と相まって、重力が強まっている可能性が高いです。記憶が物質化する直前の、高密度な情報が物理的な重さとなって、空気の質量を変えていると思われます。重力とは、空間を歪める力がありますから」

 モルテは首を傾げる。

(空間? 重力って、そのまま、ただ地上がものを引っ張る力ではないの?)

 途端、ゲルミナスの片眼鏡がきらりと光った。あ。モルテは口元に手を当てる。

「ふふふ。よくぞ聞いてくれました……!」

 喋りたかったんだ。ちょっと遠い目をした。

「いいですか。重力というのは、もともとは質量を持つすべての物体がお互いを引っ張り合う力、と考えられていました」

 ふむ、とモルテは頷く。

(私もそうだと思ってるよ。違うの?)

「間違いではありません。ですが、さらに深い理論として、『重力とは、質量によって空間が歪むこと』という説明があります」

(は?)

 彼は道端のこぶし大の石を手に取り、モルテに渡す。そして、自分は懐からハンカチを出し、両手でピンと張った。

「モルテ。その石をこのハンカチの上に置いてください」

(う、うん)

 モルテはそっとハンカチの上に石を置いた。ずん、とハンカチは石の重さの分だけ沈む。

「では、次にさらに小さな、なるべく丸い石をこのハンカチの上の石よりも遠い場所に置いてみてください」

 モルテは虹色に光る、アナモルテの記憶の欠片を取り出した。捨てるに捨てられなかった、「彼女」の記憶。それをまたハンカチの上に置く。ころ、と小さな石は最初の石に向かって転がった。

「……これが、重力の正体です。大きな石は、ハンカチという空間を歪ませた。そして、その周囲にいる小石は、へこんだ石に向かって作用した。重力とは、単に引っ張る力ではなく、質量を持つ物体が、宇宙という布地をへこませている状態のことを言います」

 ぱっとゲルミナスはハンカチを畳む。

「途方もない質量を持つ大地の竜は、存在するだけで空間を歪ませます。想像してみてください。先ほどの大きな石よりも重いものが布地の上に置かれたとします。布はどんなに重くても切れない、と仮定すると」

 モルテは先ほどの出来事を脳内で再現してみる。ハンカチが、どこまでも伸びる布だとしたら――。

(重い石が置かれたら、布はぐんと沈むわ。それも、かなり深く)

 ゲルミナスは頷いた。

「そうです。その歪みが酷く、その一点だけに集中すれば無限大のへこみとなり、まるで底なし沼のように光さえ出ることは叶いません。まあ、そうなってしまえば大地の竜もただではすまないでしょう。――ですが、大地の竜はその体の大きさに似合わぬ密度の質量。時間も歪んでいることと思われます」

(時間? 時間って、重力と関係あるの?)

 ふう、とゲルミナスは畳んだハンカチで額の汗をぬぐって頷いた。

「ええ。というか、重力・空間・時間は三つで一つ、と言う考え方のほうが合っていますね。これは『時空』と呼ばれます。先ほどの布。これを時空として、石を置くと歪む。この時、重力やそこを通る距離だけでなく、時間も同じく引き伸ばされたり縮まったりするのです。重力が強いと言うことは、布のへこみが大きいということ。つまり、通り過ぎる距離が伸びる――時の流れがゆっくりとなる、ということなのです。それだけ、竜の力によって空間に『粘り気』が強まっているのです」

 竜の周りだけ時がゆっくりと進む空間かもしれない。そう言われて、モルテは唇に指先を当てて考えた。

(……理屈はそうなのでしょうね。でも、重力を押し返す方法、あるんじゃないかしら。例えば――地面を蹴り飛ばして、『加速』するとか)

「そうですね、それは重力を打ち消すことになるでしょう」



 ず……ん。

 体が重い。空気さえも重苦しく「粘ついて」いる。記憶が溶け出して、空気の質量を変えているのだ。

(水の中にいるみたい)

 強い重力。ゲルミナスの解説通り、大地の竜は空間を極端に「へこませて」いた。

『……生死の神共が。儂に何用だ』

 低く、あまりにもゆっくりな声。それは竜のいる場所からではなく、変な方向から不思議な響きを持って耳に届いた。

「記憶を、物質化など、理外だ! 早急に、やめなさい!」

 ゲルミナスは低くゆっくりとした声で竜へ話しかけた。その音の聞こえ方と彼の話し方に、モルテは気がついた。

(そうか、「音」も重力の変化を受けているというの……!)

 強い重力は光すらも歪ませる。ならば、同じ「波」である音も同じ。きっと竜は普通の声音で話しているはずなのに、引き伸ばされてこちら側には低くゆっくりと聞こえている。反対に、向こうには早口で甲高い音になるはず。それを見越して、ゲルミナスはなるべくゆっくり話しているのだ。


 ふ……と竜の嗤う気配がした。

「笑止……! 貴様の主が儂に記憶の断片を物質化するよう頼んだのだぞ! 主が消えたからといって、何を今更……!」

 ぎりっ、とゲルミナスの歯を食いしばるような音が聞こえた。

 モルテは、なぜ理を歪める禁忌をアナモルテが犯し続けたのか、ゲルミナスが理を叫び続けているのか、想像に過ぎないけれど一つの仮定にたどり着いた。

 恐らく、だ。アナモルテは「死」を拒み「生」に執着する女神。ゲルミナスは彼女に従属する、多分彼女から生み出されたものだ。

(……私と同じ……)

 けれど、それは自然発生ではなく、意図的に創り出された。アナモルテは「理性」を切り離したのではないか。だからあんなに自由奔放に「生」を振り撒いて禁忌を重ねたのではないだろうか。

 そして、切り離された「理性」はゲルミナスになった。彼が変に理にこだわるのも、理屈っぽいのもきっとそれだ。

(……まあ、変なのは仮定が外れててもおんなじだし)

 


(でも、どうやって近づく?)

 モルテは鉛のように重い体を見下ろした。大地の竜に近いここでさえ、こんなにも重力の影響がある。

 正すためにはモルテが竜に触れる必要がある。けれど、竜のもっと近くは、ここよりもずっと重力が強い。ゲルミナスが説明してくれた、質量にたわむ布。その沈み方はうんと深い。そんなところにモルテが入り込んだら――。

(きっと私は、這い上がれない)


 ざらざらと足元は物質化された記憶があちこちに散らばっている。そしてそれは、飽和状態となった空気からぽろぽろと生み出されているのが見えた。

 陽光に照らされて光を放つ石はざらざらと転がって、モルテたちの足元を悪くしている。足で蹴り飛ばそうにも、爪先ほどの大きさなのにそれはとても重い。一粒の中にギュッと詰まった記憶は、思った以上の密度だった。

(……「想い」は「重い」……なんてね)

 そんな洒落を言っている暇はない。こちとらさっさと終わらせて、軽やかな重力を謳歌したいのだ。

(ゲルミナス! このウザったらしい重力、なんとかしなさいよ!)

 その声にゲルミナスは顔を上げた。その顔は、何か「計算」を終えたように微笑んでいた。

「ええ。……モルテ、あの竜に向かって『落ち』なさい」

(ええっ!? だって、こんなに重いのに!?)

 片眼鏡が不敵にきらめいた。口元は面白そうに笑みの形。

「重力に逆らおうとするから重いのです。力を抜き、竜の重力に従いなさい。そうすれば自ずと落ちる結果になる。私が『生』のエネルギーを貴女に叩き込んで、『加速』させます! 光に近い速さとなって、竜を仕留めなさい!」

(……「仕留める」って、「生」を司る存在がいう言葉じゃない気が……)

 まあ、いいか。「理」にうるさいゲルミナスのことだ、信じてやるか。

(どこまでだって、落ちてやるわよ)

 例え、奈落の底にさえも。



 ふっ、とモルテは全身の力を抜いた。あんなに重かった体が、摩擦を失ったように引かれた。刹那、ぐ……ん! と竜に向かって「滑落」、いや、「墜落」していった。ふわっ、と体に感じていた「重さ」が消え、モルテは重力の中にいるのに無重力の空間を泳いでいるように感じた。


「行きますよ、モルテ!」

 手袋を取ったゲルミナスはモルテに向かって彼の力を解き放つ。それは、坂道を転げ落ちていくボールを、さらに蹴り出すようなもの。爆発的な力は、モルテの体を凄まじい勢いで押し出した。

 バチチチ……! モルテの体に触れたゲルミナスの「生」は、火花をたてて、まるで磁石が反発しあうような力を加えた。

 ぐ、わ……! とモルテの全身に凄まじい重さの重力が、先ほどの比でないほどかかる。

(うわ……! 速……!)

 彼女の体は音速を超え、光の速さに近づいた。モルテの目には、まるで筒を覗いたような景色が広がった。視界は丸く歪み、前方の一点だけが明るい。過ぎ去った景色は光の筋だけを残していく。

 色は温度を無くし、まるで「死」を意味するような青白い魂の輝きに変わっていった。

 すべて。モルテの周りにあるすべてが、時を止めたような映像。竜の驚愕したような顔が、コマ送りのように近づいていく。

(いっ……けええええ!)

 モルテは、光の槍となって、竜に向かって突っ込んだ。


 そして、モルテは竜の重く、硬い外皮に激突する。一拍遅れて、竜の周りを衝撃波が襲いかかった。空気に溶けていた、記憶の断片はその衝撃で砕け散り、それはキラキラと光を反射した。


 光の粒をまとう、黒髪の死神。

 ゲルミナスは眩しそうに彼女を見つめた。


(これ、普通なら死んでるわ……。石頭! 理を正させてもらうわよ!)

 衝撃を耐え抜いたモルテは顔を上げる。脱ぎ捨てるように手袋を外した。

『なっ……!? 儂はただ、記憶を

集めたかっただけじゃ……!』

(それが理外というのよ。「他人」の記憶なんて、集めたところで結局は自分のものにならないわ)

 ぺたり。モルテは竜に触れた。

 

 ざああぁぁ……っと、竜の体が灰燼となって風に舞う。重く歪んだ空間が、ゆっくりと戻っていく。そんな感覚を覚えた。



――ねえ、大地の竜。記憶は、重さに変えられるのかしら。

――んん? まあ、儂にかかればなんてことのないことよ。

 見てみたい、と無邪気に笑った女神は、竜の創り出した小さな石を見て感嘆の声を上げる。

――すごいわ! これ、集めたらもっと綺麗ね!

――そうさのう……。儂も見てみたくなったぞ。やってみるか!


 これが、四つめの禁忌。



 ころ、と小さな、美しく完全なる球体がモルテの足元にぶつかった。

(……? なんだ、これ)

 銀色に鈍く光るそれを、モルテは摘み上げる。


――ゲルミナス、貴方はいつも理とばかり連呼するけれど、たまには遊びも入れなければ、この世界は楽しくないわよ?

 柔らかく微笑みを浮かべながら、彼女は言う。私は少しムッとしながら彼女を追った。

――神ならば、理こそ全てでしょう。それを曲げるのは、禁忌では。

 くすくす。薔薇色の頬は緩み、赤い唇は弧を描く。彼女の手が伸ばされ、私の頬に触れた。

――いいじゃない。

 虹色の瞳が、近づいて、むせ返るほどの花の香りの中、彼女の唇が重なる。

 ゆっくりと、瞳を閉じた。


(…………なに、これ)


読んでくださる方が多くて、驚いています。こんな訳わからん話を⁉ ありがとうございます。

記憶の重さは置いといて、重力とは。頭痛くなりました。光さえ出られなくなった超重力が、ブラックホールになります。

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