ダイナモ効果に揺らぐ空―表裏一体の理―
電磁気学について。
上空で、巨大なカーテンが揺れている。
(おお……、本物のオーロラだ)
やや白みがかった緑色の光が、微かに揺らぎながら変化し続けている。光は薄いところもあれば、眩いところもあって、「りろりろ」と波打っていた。
キンとした冷たい空気。風はない。
聞こえるのは、隣で同じく空を見上げるゲルミナスの呼吸音と、空からのほんの少しの「パチチ……」という音だけ。
(確か、あれは太陽から来た……えっと?)
モルテは以前聞いたゲルミナスの解説を思い出そうと眉間にしわを寄せた。話半分に聞いてたから、あんまり覚えてないや。
「モルテ、復習しますか?」
ゲルミナスが見下ろして聞いてきた。小首を傾げている。何だその可愛い仕草。彼はオーロラを指差した。
「太陽から来た、太陽風。つまり、超高速のプラズマ粒子が、この星の磁場に引き寄せられて大気と衝突して光る現象。それがオーロラでしたね」
ああ、そうだった。
(でも、「磁場」?)
伝えにくい。
『じ、ば』
ゆっくり、口を開閉する。彼はじっとその動きを見た。
(伝わったかな)
「磁場、ですね」
そうそう。
「この星は、巨大な磁石なんです。プラズマ粒子というのは電気を帯びているので、極地の強い磁場に引き寄せられているんです」
うーん? なんでこの星が磁石になるの? 首をひねるモルテに、ゲルミナスは苦笑する。
「納得いきませんか?」
モルテは地面を指差し、握り込んだ両拳をコツンと合わせた。首を傾げる。
「……地面……? が、くっつく……?」
あと一押し。
『じ、しゃ、く』
ああ、と彼は頷いた。
「磁石になっている理由ですか?」
うんうん。
「一言で言えば、この星の地下深くで液体金属が流れているから、ということになります」
(??? 金属が液体で流れているから?)
「この前、地下深くでは岩が溶けていると言ったでしょう、そのさらに深い、星の『核』の部分の話です。核を形成する外側の層、『外核』には、鉄やニッケルなど、電気を通しやすい金属が液体として存在しています。ほら、内部はとてつもなく熱いので、溶けるんです」
うん、そうだったね。その温度は想像もつかないや。
「それで、星の内部には莫大な熱がある。マグマの話、覚えてます?」
ぱちり。モルテは瞬いた。マグマ? それと何が関係するんだろう。
「熱いものは上へ、冷めたものは下へ。これ、何でしたっけ?」
(あ)
『た、い、りゅ、う!』
モルテは腕をくるくると回した。かき混ぜる。そんなイメージ。ゲルミナスは頷いた。
「正解。熱で起こる対流なので、『熱対流』と言います。この対流と、星の自転による『コリオリの力』――つまり外へ行こうとする力が加わって、らせんを描くように渦巻く。磁場の中を液体金属が動き、電気が流れる。電気が流れると必ず磁場が形成されます。その繰り返しで、絶えず磁場が作られているのです」
(へえ……)
この上空の現象は、足元のとてつもなく深いところで引き起こされている。
(不思議……)
「では、ここで問題です。もし、この地下の対流がなくなり、磁場が消えるとします。何が起こるでしょう?」
(磁場が消えたら?)
何が起こるんだろう。うーん。モルテは考えた。
対流が消える。「熱」がなくなる。動かない。太陽から来る、超高速の物質は引き寄せられず、この星全てに降りかかる。オーロラは、大気と引き寄せられた太陽風とのぶつかり合い……。
(ん?)
もし、引き寄せられなかったプラズマ達が、星全土にぶつかってきたら。この大気は、どうなる?
(空気も、粒子。プラズマも、粒子)
だったら。
モルテは両手を拳の形にして、片方を固定し、もう片方を固定した拳へぶつけ、両方を動かした。
『く、う、き』
イメージは、動く玉にぶつかって、二つとも何処かへ行く。
『な、く、な、る!』
嬉しそうにゲルミナスは拍手する。
「大正解です、モルテ! もし磁場がなければ、太陽風は大気の分子とぶつかり、少しずつ大気を薄くしていく。この時、特に軽い水素はあっという間に吹き飛ばされ、水もなくなって文字通り『死の星』になってしまうでしょう。磁場というのは、星の盾のようなものなのです」
磁場は、「生きるため」の生命線。
「……もし、私も磁場という理性がなければ、その感情のまま、貴女を吹き飛ばしてたかもしれませんね」
(ん? 聞こえない。今なんてった?)
ゲルミナスは不思議そうな顔のモルテを見下ろして、少し寂しそうに笑った。
「いいえ、何でも」
(ふうん、なら、いいけど。あ、そうだ)
プラズマ粒子は電気を帯びる。電気があると、磁場に引き寄せられる?
(そこがよく分かんないんだよなあ)
モルテは空を煌々と照らす光の奔流、オーロラを指差した。そして。唐突にゲルミナスにくっついた。
「モッ……!?」
途端、バチチチチチィッ!! と「電気」が流れる。バッと離れる。
(おお、思った通り……。いたた……)
意識しなければゲルミナスは神力を纏わせていない。読み通り。捨て身の疑問を投げかけた。もうやりたくない。
ゲルミナスを見ると、彼は座り込んで顔を覆っている。
(ありゃ、痛かった?)
彼を覗き込む。
「……見ないでください……」
か細い声だ。
(ええ……ごめーん)
「……つまり、オーロラを引き起こすプラズマ粒子の電気……を聞きたかった、と?」
彼はモルテを見ず、座り込んだまま唸った。
(そんなに痛かった……?)
モルテは傍らにしゃがんだ。立ち直れていなさそうなので、さすがに心配になってきた。彼はチラとモルテを見ると、微かに頬を赤くした。
「……っ、いえ、大、丈夫、じゃないかもですけど大丈夫です……そうか、こういうこともあるのか……これは『要改良』か……」
なんかまたぶつぶつ言ってる。
彼は咳払いをすると立ち上がった。
「んんっ……。プラズマというのは、『電離』という現象が起きているものです。普通の物質は、プラスの原子核の周りを、マイナスの電子が回っていて、電気的にプラスマイナスゼロの状態です」
まるで、目に見えない「星」の「公転」。原子核という「太陽」を、電子という「星」が回る。
「そこに、超高温や強烈な衝撃が加わると、電子が原子核の拘束を振り切って外へ飛び出してしまいます。これが『電離』」
(ふうん、原子も驚くのかな)
モルテはゲルミナスの服を引っ張った。片手は拳、もう一方の手は人差し指を、拳の周りでくるりと回す。そして、「わっ!」と言うように大きく口を開き、「驚き」を表して拳から人差し指を離す。
「それは、原子核と電子……。あと、驚き……?」
ゲルミナスはやや首を傾げ、彼の口元に手を当て考える。
「電離は、原子も驚いて起こる……?」
うんうん。
「ふふ、原子に感情があるかは分かりませんが、もしかしたら驚いて電離が起こっているのかもしれませんね」
そう目を細めるゲルミナスの声はとても優しい。
「ただ、驚いて離れるというよりは、『自由になる』という方が近いかもしれません。原子核はプラスの電気を帯びた『イオン』に、電子はマイナスの電気を帯びた『自由電子』に変わって、その空間を自由に飛び交うんですから」
そしてその電気を帯びたものは、磁場に引き寄せられる。
(んん?)
なんで「電気」は「磁場」に引き寄せられる? 磁場の形成もそうだったけど、「磁場」は「電気」と関係が深い?
(なんて伝えよう……)
また「バチッ」ってしたら、ゲルミナスは痛がって今度は起き上がれないかもしれないし、うーん。
そしてモルテは口を開いた。
『で、ん、き』『じ、ば』
ゲルミナスは彼女の口を読む。
「電気……磁場……。もしかして、関係性?」
おお、伝わる! 解読力というか、考察力すごい。
「電気と磁場は、関係が深いというよりも、むしろ表裏一体の関係なんです」
よく気づきましたね、とゲルミナスは言う。へへ、ちょっと嬉しい。
「先ほどの、『電気が流れると磁場ができる』と言いましたが、実は、『動いている電気はそれ自体も磁石になる』ということなんです。まあ、正確にはそのような性質を持つ、なんですけど」
ぱち。モルテは瞬く。
「プラズマのような電荷を持つものが磁場の中を動くと、普通の磁石のようにペタリと吸い寄せられるのではなく、進路を無理やり曲げられる『ローレンツ力』が働きます。あー……ほら、あの熱伝導がない小川。プラズマをまとって欠片取ったじゃないですか。あれは、水分子を避けるためにローレンツ力を使いました」
ああ、そういえば。
「この、『ローレンツ力』は魔法のようで、電気を帯びた粒が磁場に入ると、進行方向に対して横向きの力を受けるんです。『進もうとする力』と、『横から押す力』。この二つの力が働いて、磁場に沿って、磁力線上をくるくるとらせんを描きながら運ばれるんです」
そして、極地に運ばれたプラズマ粒子は大気とぶつかって発光する。
(自由を得たはずの電子は磁場に引かれてしまう。そして、電気は磁場を、磁場は電気を帯びる。切っても、切り離せない関係)
モルテはオーロラをもう一度見上げた。
「……皮肉なものですね。原子核という小さな拘束を振り切って『自由』になったはずの電子が、今度はこの星の磁場という、より巨大な『理』に導かれて、あんなふうに踊らされている」
ゲルミナスもまた、オーロラを見上げて自嘲気味にふっと笑った。
「……まるで、女神から解き放たれて自由になったはずの私たちが、お互いという引力に引き寄せられているように」
(えっ……)
視線を落とすと、ゲルミナスもまたモルテを見ていた。なんだかムズムズして、モルテはパッと顔を逸らす。
でも。
(不思議だね。私も、同じこと思ったよ――)
磁石も電気。もうよく分かりません。
今日は七夕。ですがオーロラです。




