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六角形の手紙、非平衡な二人

熱力学。今度は雪。更新忘れてましたあ!! ごめんなさい!


 ゲルミナスは、自身の手のひらを見ていた。

(あの時、なぜ火花放電が起きなかった?)

 モルテが温泉の源泉に指を突っ込んだ時、つい、彼女の「特性」を忘れて腕を掴んだ。服越しならば「電位差」は発生しない?

(――いや、違うな)

 その後、モルテが自分の胸にぶつかった途端、圧倒的な「電位差」はきちんと「仕事」をした。

(では、掴んだ場所か?)

 ちょうど手首の、レースの部分。ゲルミナスは目を細める。

 そして、自分の足跡を振り返った。そこには、ゲルミナスの力に当てられて、命が芽吹いている。一方、モルテの足跡は。

(……季節的に植物は生えていないか。だがその前から、踏んでいた地面は、萎びてもいなかったかもしれない)

 なぜそうも器用。

(……待てよ。レースか……)

 少し試してみる価値はあるかもしれない。

(今度こそ、負けませんからね)

 見つけた可能性に、ほんの少し笑みを浮かべる。



 ちら、ちら。

(んー?)

 モルテの視界に、なにか舞っている。

 白い。

(あっ、雪!)

 手を差し伸べて舞い降りてくる白い花弁を受け止めた。それは彼女の手に辿り着いて、形を少し留めた後、じわりと水へ姿を変える。

(「冷たい」気がする)

「ついに降ってきましたね」

 ゲルミナスは空を見上げて呟いた。彼の口からは呼気が白く吐き出されている。あれは、彼から生み出された熱が、冷えた空気に晒されて隠れていた水を暴き出したもの。

 あ。眼鏡曇った。

「……なんです、モルテ。これは眼鏡と生きる以上、避けて通れない宿命です」

 彼は片眼鏡を外して拭いている。不便そう。

「その、哀れむような視線はちょっと傷つきますから。いや、面白がってます?」

(いやいや。大変そうだなって思っただけだよ?)

 その「不便」って、「生きてる」感じがするからさ。



 ひらり。

 雪がモルテの黒いドレスに舞い降りた。よく見ると、それは白い塊ではなく、形がある。

(わっ!? なにこれ?)

 よく見ようとすると、しゅっと消える。もう一度。モルテは雪を追いかけた。

 今度は大きい。袖で受け止める。

 白くて、いくつか枝分かれしている。けれど、それはどこか規則的で、美しい。

(ねー、ゲルミナスー! 雪って、形あるんだね!)

 眼鏡を拭き終わって掛け直しているゲルミナスを見上げる。彼はその視線に気がついたのか、モルテが指さす、袖についた雪を見下ろした。

「ああ、雪には形があります。実はそれって、水が結晶化したものなんですよ」

(そうなの? 水って、いろんな形になるんだねえ!)

 じゃあ、氷とこの結晶、何が違うの?

 雪をじっと見つめるモルテの疑問が伝わったのか、ゲルミナスはふふ、と微かに笑った。

「雪と氷はどちらも水の固体、という点は同じです。ですが、育ち方の違いで姿が変わります。まずは雪。これは、『エネルギーの放出』と、『秩序の形成』という壮大な物語が加わって、完成するものです」

(物語?)

「上空にある水蒸気。これは、激しく動き回っている水分子です。これらが冷やされる時、この激しく動くエネルギーを捨てて、分子が規則正しく整列できるよう落ち着いていく。この捨てるエネルギーは『潜熱』と言います。『潜む熱』。いい得て妙ですね」


(「熱」と聞くと、「熱い」を連想してしまうけど……。そうか、「冷える」ことも熱が関係してるんだ)

 物質が「熱」を受け取れば「熱く」、捨てればそれは「冷たく」なっていく。

(ん?)

 水蒸気。熱が加わってバラバラになったもの。雪。熱を捨てて「秩序」を得たもの。

『え、ん、と、ろ、ぴー!』

 一瞬ゲルミナスは目を瞠った後、とても嬉しそうに破顔した。

「大正解です、モルテ! 雪は、熱を捨てて低エントロピーを得た結晶。その結晶は、周りを散らかして、自分だけ究極の整理整頓したものなんです」

(やった、当たり!)

 嬉しくて、モルテはぴょんと飛んだ。

「熱を捨てた水分子は、それだけでは雪になれません。もう、凍る温度なのに凍れない、上空を漂っている不安定な状態。ここに、チリなどがぶつかったり大きな揺らぎが起こると安定を求めて一気に結晶化が始まります」

(ふうん……。何か「揺らぎ」を受けて雪へと変わる……)

 それ(水分子)だけでは雪になれない。何か、きっかけが必要。そして、そのきっかけで、「安定」を求める――。


「反対に、氷というのは、大量の液体が一気に冷やされて固まった塊です。無数の小さな結晶が、バラバラな向きから一気に成長してぶつかり合い、隙間なく埋め尽くしたもの。雪は熱を捨てて作られたものですが、氷は熱を捨てる前に周囲全てが冷えているので、熱を捨てる必要がないんです。雪というのは、水分子が一つずつ丁寧に組み上げられた、言わば自然界の芸術品です」


 モルテはもう一度雪を観察した。

 その形は六角を描き、角から枝が飛び出ている。複雑なその結晶は、秩序そのもの。

 もう一つ。また六角形だ。

(なんで?)

 モルテは雪を指差し、両手を三角、四角、丸を作った。首を傾げる。

「雪……の形……。結晶の構造ですね?」

 大きく丸。

「雪は、熱を効率よく捨てるため、自らその複雑な形に進化しているのです」

 熱を捨てるために形を変える。モルテは瞬いた。

「水蒸気が氷に変わる瞬間、『熱』が発生します。この熱が結晶の周りに留まると、熱くなってそれ以上凍ることができなくなる。雪の中心の『平らな面』は、熱がこもりやすいのです。その反面、かどは周囲に突き出ているので熱を発散しやすい。そして角の部分は結晶となる新しい水蒸気を受け取りやすい部分でもあります。なので、優先的にどんどん角が成長し、『枝』となるのです」


 結晶の枝は、受け取る「手」。

 モルテは、まるで雪は、自身が「生きよう」ともがき、手を伸ばした「生き物」のように感じた。そして、仲間に伸ばした手はしっかりと繋がって、大きく、姿を美しく進化していく。


「もし、上空の温度が一定――『熱平衡』であったなら、雪の形はただの白い粒になります。そうでないのは、気温や湿度が様々に、驚くほどの変化を持っている『非平衡』であるから。雪は、そんな環境に適応しながら、熱を捨て、成長し続けていく。その枝の形は、その結晶一つ一つが通ってきた『道』が刻まれているのです。一つとして同じ形はない」

 結晶の枝は、彼らが「生きて」きた跡。


(じゃあ、何で真ん中は六角形なの?)

 一つとして同じ形がないのなら、三角とか四角とか、あってもいいんじゃない?

 もう一度モルテは両手を三角や四角に形作る。ゲルミナスはそれを見て「ああ」と呟いた。

「すみません。なぜ結晶が六角形であるか、と聞きたかったんですよね。それが、雪にとって最も安定した形だからです」

 熱を捨て、エントロピーの増大に抗っても、結局は「安定」を求める。

「水分子は、酸素と二つの水素がそれぞれ折れ曲がって結合しています。この分子たちがそれぞれ結晶化しようと手を伸ばした時、一番安定した正六角形に収まるんです。これはたまたまこの形なのであって、酸素と水素の結合角度が変わっていたら、五角形や八角形……だったかもしれませんね」

 雪の中心は、いつだって正しい「六角形」。けれど、その外へ伸ばす手は、その雪だけの「非平衡(物語)」。


 モルテは、降り続く雪に戯れ、しばらく彼らの「物語」を見ていた。



 モルテの差し出した手に雪が落ちる。それはモルテへ自分の「手紙」を読み上げたあと、熱を奪って溶けた。

(何で、雪が溶ける時「冷たい」と感じるんだろう)

 これも理なのかな? 聞いてみよう。

 ぱたぱたとモルテはゲルミナスに駆け寄った。あ、また眼鏡曇ってるよ。

「ん、どうしました、モルテ? ……ああ、雪が積もってますよ」

 そして彼はモルテの頭へと手を伸ばし――。

(あっ、だめ! 「バチッ」てしちゃう!)

 彼女の頭の上の雪を優しく払った。そして肩も叩いて雪を落とす。

(……なんで……?)

 いつもなら、その手が触れただけで痛みと火花が走るのに。

 呆然とモルテはゲルミナスを見上げた。視線を感じた彼は、悪戯が成功した様な顔をする。

「……大成功です。覚えてます? この間貴女がお湯に指を突っ込んだ時のこと。私、焦って腕を掴んだでしょう? あの時電位差は起こらなかった。その、貴女の服のレース。それが絶縁体となったんです。神力で包めば、大丈夫かと思って。仮説止まりでしたが、結果として実証された」

 そしてニヤッと笑った。


 雪を払う、大きな手。ふとした重さ。宝物に触れるような慈しみ。

 熱平衡。触れられた場所に熱が伝わって、じわりとモルテの体を温める。

 血の通わない躰、響かない鼓動。

 雪の降る静寂に、ただ一人の息と鼓動だけが聞こえる。それがモルテに伝わって、共鳴して。

(なんか、ドキドキいってる……。そうか、これはゲルミナスの音なんだ)

 一定のリズム、と言うには少し早い。

 まるで太鼓を全力で叩いているような、命の音。熱を生み出しその形を保とうとする、立花の抗いのように。


 眩しくて、美しくて、そしてどうしようもなく。

 惹かれる。


 

(すごい、速い)

 速い、はどうやって伝えたらいいんだろう。少し考える。

 まず、モルテは自分のない心臓を指差し、ゆっくりと叩く。

(これが、いつものゲルミナス)

 次に、ゲルミナスの心臓を指差し、叩いていたモルテの胸をすごく速く叩いた。

(速いのは、なんで?)

 それを見たゲルミナスは固まる。けれど、すぐ照れたように顔を赤くした。

「……バレましたか。ええ、白状します。これでも頑張ってたんですけど……。どうやら、私は貴女にどうしようもなく惹かれるらしい」

 今度はモルテが真っ白になる番だった。

(惹か……れ、る……? なにが、なにに……?)

 ゲルミナスが、何、に。


(だって)

 「ゲルミナス()」が「モルテ()」に惹かれるなんて。

 あり得ない。



 そのまま固まってしまったモルテを見て、ゲルミナスは苦笑した。

「……モルテ。考えすぎです。また、意地悪でしたね」

 さて、冷えてきました、と彼は呟いて踵を返す。

 モルテは走って追いかけたい衝動に駆られたが、どうしてもできなかった。


昨日今日と子どもが4時起き、そしてお熱を出し、手足口病と診断されました。大変流行っておりますので、皆さんもお気をつけて〜。私は昨年移りました。

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