表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/29

その振動が温度なら、その共鳴の正体は

今回は温度のお話です。

書いてて楽しかったことは覚えています。

(……)

 モルテは珍しく小難しい顔をしていた。火にかけられているのは彼女が作った「工芸品」。つるりとした器には水が入り、火で温められてくつくつと沸騰している。

 そして彼女はおもむろにその器を素手で持ち上げた。ドレスの袖が火に炙られて「ジュッ」なんて言っていたような気もするが、モルテにとっては些細なことであった。

 もっと重要なのは。

(……えい!)

 彼女は器を口につけて傾けた。熱湯が口内へと流れ込む。しかし、彼女は「熱」を感じはするものの、それを「痛み」には変換しない。しばらくモゴモゴと口の中で熱湯を転がす。

(……だめだ。飲み込めない)

 口に入れた熱湯が熱を失って冷たくなった頃、モルテは口から水を吐き出した。

 はあ、と膝を抱える。

(やっぱ、生き物の真似事は無理かあ)

 水ってどんな味かなぁ、とか、飲んだらどうなるのかなぁ、とか思ったのに。彼女の口に広がるのは「無味」。しかも飲み込めなかった。

(味とか分かったら、ゲルミナスとおんなじことできるのになあ)

 生きるってもどかしい!



 朝。首をコキコキとさせながら、ボサボサの頭でゲルミナスは起き上がった。まだ昇り始めた太陽光に、眩しげに目を細める。

 そんな太陽に照らされているのは、黒衣の死神。彼女の黒は、朝焼けの光を吸収して熱へと変え、赤い残影を映している。いつも血の気のない白い肌は、反射する赤で薔薇色に染まっていた。――まるで、絵画のような光景。

 知らず、息をついた。


(……ん?)

 視線を感じて振り返ると、少し眠そうなゲルミナスがこちらを見ていた。起きた起きた。

『お、は、よ!』

 もうお決まりのような、口パクでの挨拶。彼の意識はまだどこか行っていたのか、モルテの動きでハッとしたように目に光が入った。

「あ、おはようございます、モルテ。……何してたんですか」

 彼の視線は、モルテの足元に転がる石の器と焦げた袖に注がれていた。

(あ。やば)

 片付けるの忘れてた。

 日々のこっそり特訓は、知られたらカッコ悪いのだ。


「……この器、底に煤が付いていますね。そしてこの焦げた袖。私が寝ている間に、『何か』実験したんですね?」

(ええー……鋭い……)

「火を熱源とした、器に『何か』を入れて熱する。この辺に簡単に手に入り、かつ安全なもの……。そう、例えば――『水』とか」

 ぎら、と彼の眼鏡が光る。

「水を熱して何をしようとしたかまでは推測できませんが、袖を焦がすとは何ですか。下手したら燃え移ってこの辺火事だ。――熱くなかったですか?」

 おっと。このままぐだぐだと説教という名の物理現象解説が始まると思ったのに、モルテの心配とは。目を瞬いた。

『へ、い、き』

 はあ、と彼はため息をついた。

「貴女の体質は、物理的に羨ましいというかなんというか……。本当に気をつけてくださいよ?」

 うんうん。(バレないように)気をつけるね。



 さくさくと落ち葉が積もった道を歩く。こんな道がモルテは好きだ。枯れ葉ならもう生きていないし土に還るだけ。不用意に命を奪うこともない。

 厳密に言えば、枯れ葉を住処にしている生き物もいるわけではあるが――。

(そこまで気にしてたら、世界は廻らないし)

 足元に隠れている、たちの悪い毒虫を見つけて、素知らぬ顔で踏み抜く。あれに噛まれたら高熱が出る。ちょっと力を入れすぎて灰にしてしまったけれど、まあ、良しとしよう。


 やがて木々が開いた場所に、小川が流れているところに辿り着いた。

「……なんだか、冷えてきましたね」

 ゲルミナスが口を開く。モルテも頷いた。

 肌に感じる気温は突き刺すように冷たい……と思う(分かんないから!)。けれど、冬のような冷え込みなのに、ゲルミナスの口や鼻からは白い蒸気は全く見えない。

「……ちょっと嫌な予感がある気もしますが……」

 言いながら彼は筒を出して小川の水を汲もうとかがんだ。そして水の中に手を入れようと――。

「……ぅあっっつうううう!?」

 ビューンッ! とモルテの頬すれすれに筒がかすめていった。風が後から追ってきて、彼女の髪を揺らす。

(……あっぶなっ!)

 いや、別に当たっても平気だけどさ。

「すみませんモルテ! 大丈夫でしたか!?」

 ゲルミナスが慌てて走ってきた。水に入っていない彼の手はなぜか赤くなっている。

(あらら?)

 モルテは彼の手を指さす。彼は片手を振った。

「……小川の上の空気が思いの外熱くてですね……。この外気温に水温……、温度が狂っています」

 異変であった。


「通常であれば、この外気温であれば私の呼気は白くなります。これは私の中の温かく湿った息が、冷たい外気温に冷やされて水分が水滴になる、『不飽和水蒸気の凝結』が発生するからです」

(うんうん。流すね。まあ、生き物なら、息は冬寒白くなるもんね。で?)

「そしてこの小川。熱湯です。……なのに、湯気が全く無い。私の息と同じ現象が起きるはずなのに。それでいて、手を近づけるまで熱を感じなかった。これは、『熱伝導』がゼロとなっている。欠片は近いですよ」

 熱湯? モルテは首を傾げながら小川に近づいた。確かに、外気温は冷たい。なのに小川の上はまったく熱を感じない。そしておもむろに手をチャポンと入れた。

「モルテー!? 何してんですか、貴女はぁっ!?」

 ゲルミナスの悲鳴が後ろから聞こえた。

(……うるさいなあ。うーん、この温度だと、昨日沸かしたお湯より熱いかも?」

 温度で「味」、変わるかなあ?

 後でこの「物理馬鹿」に聞いてみよう。そう思っていたら、後ろに引っ張られてモルテは尻もちをついた。

「得体のしれないものに手を突っ込まないでください! これは欠片が起こしている現象ですよ!? いくら熱の影響を受けないからって、何が起こるか分からないんですから、確認もなしに……本当にもう、やめてください!」

(えー。電気の時だって同じじゃんー)

 真剣な顔のゲルミナスに叱られ、モルテは口を尖らせる。

 いや、好奇心に負けたこっちも悪いけど、そこまで言わなくてもいいじゃん。


 はあはあ、と全力で言い切ったのか、ゲルミナスの肩は大きく上下している。その必死な様子に、モルテはじっと彼を見た。

(……もしかして、「心配」してるの?)

 何をしても「死なない」モルテを。

 じわじわと嬉しさが込み上げてきて、モルテの口角が上がった。

「聞いていますか、モルテ!?」

 ゲルミナスは半ばキレている。

(……うん。聞いてるよ)


「……そもそも『熱伝導』とは、言葉通り熱――温度が伝わることです。温度というのは、原子や分子の『暴れっぷり』のことです。それらのミクロの世界で、あらゆる物質の粒が激しく動いたり、震えたりしています。この『動きの激しさ』を、私たちはマクロの感覚として『熱い』『冷たい』と呼んでいる。これが温度です」

(へえ。じゃあ、さっきのゲルミナスはすんごい「熱い」ってことだね)

「それは、貴女が……っ! んんっ。熱を持っている水の分子は、狂ったように飛び回っています。もし、そこに手を入れると、その激しい振動が手の分子に思い切りぶつかり、その衝撃を『熱い』と判断します。反対に、分子の動きが少なく、固まって震えている状態は、エネルギーが少ない。触れても衝撃が弱いため、『冷たい』と感じるのです」

 温度の正体は、「振動」。


「冬の白い息や、湯気。これは、温度の高いところから低いところへ熱が移動し、その境界線で温度が下がった結果、生まれたものです。この空間は熱伝導がゼロ。ということは、物質の持つエネルギーを全く渡せず、溜め込んでしまうということ。小川から出た水蒸気が『冷やされる』というプロセスが発生しないため、湯気は一ミリも出ません。ですが、水が沸騰して、見えない蒸気がこの水面数センチのところに停滞している。私はそれに触れて、まあ、熱かったというわけです」


 では、「熱の感知はする」けど、「温度として感知しない」モルテは。

(ぶつかった衝撃を、感じてないってこと?)

 高温を「熱い」と感じないことは便利。だけど、温もりを「あたたかい」と分かち合うことはできない。(モルテ)(ゲルミナス)との間の、越えられない壁。

(やるせない……!)



 モルテは小川の中をもう一度覗き込んだ。彼女の背後で「ちょ、モルテ……!」と焦ったゲルミナスの声がしたが、無視無視。

(……全然熱を感じない。不思議ー)

 だが、水面すれすれに手を伸ばすと。「モルテェ!?」と悲鳴。聞こえない聞こえない。

(わあ、なんか熱があるー!)

 よくよく目を凝らすと、水の流れで小川が揺れているのではなく、底からブクブクと湧き上がる気泡。

(……沸騰してる)

 湯気がない、激しい水分子の動き。その底の底。何か、あぶくで揺れる水の中に、くっきりとして、時が止まっているような「何か」が見えた。もっとよく見ようと体を伸ばして――。

「モルテ。いい加減になさい」

 低く怒気を含んだ声。モルテは脇に手を挿し込まれ、ひょいと持ち上げられた。ゲルミナスだ。まだ彼の方の力が弱いためか、服の上から触られても「バチィ!」はない。モルテが触れば布越しでも焼けてしまうけれど。

(ええー……、怒ってる……?)

 そのまま小川から離れた地面に降ろされた。無言だ。いつもなら何か悲鳴のような声を上げたりぶつぶつ文句を言ったりするのに。

 彼はしばらく腕を組んだまま、モルテを見下ろしていた。無言で。

 何度でも言おう、無言で。

(え、怖……!?)

 そして特大のため息をついた。肺の中の空気を全て抜いた様な、それは呆れというよりは安堵の方が近い息だった。

「……モルテ。貴女は自分がどれほど異常な領域にいるか分かっていない。熱化学的に見れば、貴女のその指先が一本二本失ってもおかしくないんですよ……! お願いですから、勝手な行動はやめてください。……本当に……!」

 最後の言葉は、怒りというよりはほとんど祈りに近い、震えた声だった。

(え……。ごめん……)

 何となく気まずくなって、モルテはゲルミナスの顔を見れずに俯く。

 ――「温度」の正体は、「振動」。

 ふと、彼女の頭の中に、先ほどの言葉が浮かんだ。

 まるで――ゲルミナスの温度()が、振動(震え)で表されているような。

(なに、関係ない、のに、繋げてんだろ)

 俯きながら、呆然と思った。


 少しの間、居心地の悪い空気が流れた。

 ゲルミナスはまだどことなく怒っているようであったし、モルテと目を合わせようとしない。

 モルテはモルテで、気まずさからチラチラとゲルミナスに視線は向けるものの、水底で見つけた変なものをすぐに言う気にはなれなかった。


「……モルテ、言い過ぎました。……すみません。貴女は平気だと、頭では分かってはいるんですが、その……。貴女の周りは物理法則が仕事をしてくれないので、見ていて、落ち着かないというか……。こ、この辺がザワザワするんです!」

 そう言って彼は胸元を擦った。キレが悪い。モルテも彼と向き合って首を振る。

(私もちょっと悪かったよ。ごめん)

 モルテもなんだかちょっとザワザワした。どこがどう、なんて、そこは分からなかったけれど。


(あのさ、ゲルミナス。あの小川の中に、変なのあった)

 モルテは小川を指差し、両手で楕円を作る。それだけで通じたのか、彼は片眉を上げた。

「欠片を見つけたのですか?」

(分かんない)

 うーん。と首を傾げる。よく見る前に持ち上げられたから、確信はない。


「……何かありますね。しかし、これはそれなりに危険な……」

 それは、自らが発光しているかのように冷たい光を放っていた。水が沸騰する泡が鏡のように「それ」の表面に映り込み、万華鏡のようにきらきらと、だが命を拒絶するかのような美しさがあった。

 彼は乾いた枝をその「何か」に向かって投げ入れた。枝は小川に浸かった瞬間、瞬間的に炭化する。残った枝は沸騰の泡に左右にぶれつつ、「それ」に当たり、水晶を金属で叩いたかのような、「キー……ン」と硬質な音を立てた。

 モルテは真っ黒になった枝を見て、ちょっとゾッとした。

(おおう……。これはゲルミナス怒るね……。ほんとにゴメン)


 ゲルミナスはそれを見たあと、しばらく口元に手を当てて何かを考えていた。

「……恐らく、あれは『氷』かと思われます。『絶対零度』の物質でなくてよかった……。いや、回収が難しいのはこちらも同じか……。どうしたものか……」

 ぶつぶつと呟き、考えをまとめるかのようにゲルミナスはぐるぐると周囲を歩き出す。その時、凍った欠片を眺めていたモルテに軽くぶつかって、「ぱちり」と小さく電気の火花が飛んだ。

(あたぁ!?)

「あっ、すみません、モルテ! 痛ぅ……。電気……? ……これだ! あっ……」

 彼は一瞬「物理馬鹿」の顔になって、また「ゲルミナス」に戻った。そして少しの逡巡の後、覚悟を決めたように口を開いた。

「モルテ、貴女に色々言っておいてなんですが、私に、『利用』されてくれませんか」

(……はい?)



「私たちには『生』と『死』のいわゆる電位差があります。触れ合えば、火花放電が起きる。これは空気という絶縁体をも引き裂く、高エネルギー現象です」

(電気の話再び!)

「この放電により、周囲の空気がプラズマ化し、磁場に反応する。そして、この激しい電流が流れる場所には強力な磁場ができます。つまり『ローレンツ力』――磁気シールドができます。プラズマは熱を物理的に弾き飛ばす作用があるので、これを利用します」

(えっと……、つまり?)

「……私とモルテが触れ合い、放電させてシールドを作り、貴女が欠片を回収する、いわゆる『無理心中プラン』です」

(ああ、それで利用……。待って、無理心中じゃ、お互い死んじゃうからね!?)


 いえ、理論上は死ぬ一歩手前のはずです! と、どことなく早口で、どことなく冷や汗をかいたゲルミナスが説明した。

 モルテは、沸騰する水の中に佇む氷の欠片を見た。

(私が早く欠片を掴めば、その分ゲルミナスは痛くない)

 彼女の瞳に、「死神」としての冷徹な光が宿った。

(いいよ。やろう。やってやろうじゃない)

 でも、無理心中じゃないよ。「共鳴」だからね。


「いいですか、モルテ。貴女も力を抑えないでくださいね。プラズマを発生させるには、強力な放電が必要なんですから」

 そう言って差し出された手はわずかに震えている。痛みが来るのが怖い? いや、違う。彼の瞳にあるのは、自責の念。

(どれ。レッツ「共鳴」!)

 モルテは彼の手を力強く握った。


 バッッチィイィィイ!! ビリビリと途方もない痛みとしびれが彼らを襲う。

「……っ、モルテ!」

(いだあああ!)

 プラズマの蒼い光が、モルテにまとわりついた。小川に手を入れる直前、見えない蒸気は青白い光の渦となって可視化され、彼女の手を避けるように道を開けた。とぷん。モルテの手は熱が荒れ狂う小川の中に入る。

(不思議。あんな熱を感じたのに、ものすごく「冷たい」――)

 むわり、と鼻をつく生臭いオゾンの香り。

 欠片までもうちょっと。

 気を失うような、体を引き裂かれる痛みに、モルテは顔をしかめた。その時。

(やはり、痛いですよね……)

 ゲルミナスの、後悔の滲む「声」が頭に響く。二人が触れ合っている、極限の状態の中の、心の声。

(……痛いよ。でも、貴方も同じ痛みなんでしょう?)

(もっと、他に方法があれば……。こんな痛みを貴女に味わわせるなんて)

 届け、――届け!

(違うよ、ゲルミナス。これは「共鳴」なんだよ。私たちが、「存在し続ける」ための)

 モルテの手が、欠片を引っ掴んだ。


 ザバァッ! と彼女は腕を小川から引き抜いて欠片を地面へと放り投げた。

(ゲルミナスの力の方も痛いけど、この欠片も痛い!)

 もうどっちも痛くてどっちが痛いか分からない。

 同時に、片方の手を掴んでいたゲルミナスの手がパッと離される。ビリビリとした痛みと振動がやんだ。

 モルテはそのままゴロンと地面に仰向けになる。回復するまで倒れてよう、そうしよう。

 ゲルミナスは地面に転がった欠片によろよろと駆け寄り、恐ろしく冷たいはずのそれを手に掴んで――取り込んだ。モルテの視界の端で、彼の「生神」としての存在感が大きくなったのが見て取れた。そして彼はそのまま、ガクッと力尽きたように地面に転がった。


 空間が元通りになる。凍てつくような寒さは徐々に小川の熱と混じり合い、穏やかさを取り戻していった。


(おーい、ゲルミナス、大丈夫?)

 彼よりも早く回復したモルテは、ひょこっと顔を覗き込んだ。

 ゲルミナスはちょっと疲れたように彼女を見上げる。

「……久々に、貴女の『声』を聞きましたよ。しかし、無理心中じゃなくて『共鳴』ですか……。ははっ、モルテらしい」

 そのいつもの理屈で固められた鎧を取った、素のゲルミナスは、とても眩しく、鮮やかに笑う。

(……あ、あれ……?)

 なんだか、眩しくて、落ち着かなくて。

(ゲルミナスの顔、見れないな……?)


温度は、物質の振動の強さで「熱い」「冷たい」を感じているんですね!

へえーと思いながら書きました(ほんとか?)

熱湯を口に入れるモルテ、我々にしてみたら恐ろしい行為ですね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ