点より面、等電位の抱擁
今回は電流です。
これで回収した欠片は三つ。ゲルミナスは四割強、神体に近づいたことになる。
「うーん……」
彼は土を手のひらに乗せ、しばらく唸っている。初めはしゃがんで唸っていたが、そのうち足が疲れたのか、地面に座り込んでいる。
(何してんの)
石を削ることで力制御の練習をしていたモルテは、その手を止めてしゃがんでいるゲルミナスを観察した。モルテの「工芸品」は、今や様々な種類が出来上がって、彼女の力制御はなかなか上達してきた。目標としていたゲルミナスとの「ハイタッチ」までもう少しか。
「…………」
やがて彼の手の土が小さく盛り上がり、ぴこ、と新芽が芽吹いた。
(……!)
「ふう……、まだまだですねえ。あの頃はなんて傲慢に芽吹かせていたのか……」
たたた。モルテはゲルミナスに近づき、ぴょんぴょんと飛ぶ。
(やったじゃん、ゲルミナス! 芽吹いた! 芽吹いた!)
嬉しそうなモルテを見て、やや目を瞠った後、彼は苦笑する。
「貴女がそこまで喜ぶとは……。ええ、かなり時間が掛かりましたが、少し芽吹かせる事が出来ました」
ふふ、と彼は嬉しそうにはにかんだ。
あ。今なら、できそうな気がする。モルテは片手を挙げた。
(ゲルミナス、「イエーイ」、しよ!)
彼は不思議そうに彼女の挙げられた手のひらを見た。
(通じないの……!?)
手を軽く動かし、ゲルミナスの手を指さす。そこでようやく合点がいったのか彼は「ああ」と呟いた。
「珍しいですね。モルテがそんな事言うなんて」
はい、と手を出される。
(ハイターッ――!)
チ、の瞬間、ゲルミナスの手とモルテの手との間を、「バッチーン!」と大きな音を立てて青白い光とともに電気が流れた。
「痛ー!?」
(いったーー!?)
なんで!?
涙目で手を振るモルテを、ゲルミナスが申し訳なさそうに見た。自身も同じく手を擦っている。
「……痛かったですか、モルテ」
(うん。めっちゃ痛かった。あれ何?)
ただの静電気であれば、痛覚を持たないモルテは痛くない。ゲルミナスだけが痛いと叫んで終わったはずだ。
と、言うことは。
(もしかして、ゲルミナスの……?)
「恐らくですが、私の『生』の力が影響しているのではないかと……。四割とは言え、周囲に『秩序』をもたらすエネルギーが放出されているのだと思います。ほら、私も貴女も、以前は歩くだけで力を振りまいていたでしょう?」
モルテは最近は日常的に力を抑えている。彼女はもう、草を踏んでも土に還さない。まあ、萎びるけれども。
彼女の努力を知ってか知らずか。もしかしたらゲルミナスは「何か最近枯れてないな」くらいの感覚かもしれない。
(それでもいい。こんなの知られたらカッコ悪いし)
単なる理由が、モルテが、ゲルミナスに触れたかったから、だなんて。エゴが過ぎる。
(ま、うん、そうね。前はめっちゃバチバチしてたよね)
うんうん、とモルテは頷く。
「私の体は、回収した欠片の『生』の膨大なエネルギーを溜め込んでいます。対してモルテ、貴女はこのエネルギーをびた一文も持っていません。なので、私たちにこのエネルギーの差が生じていました。手が近づいて、その間の空気の層が薄くなった瞬間、エネルギーの差に耐えられなくなった空気が『道』を作って一気に衝撃が流れた、というわけです。まあ、いわゆる雷の仕組みと同じ『火花放電』ですね」
がーん。モルテはショックを受けた。
(……ハイタッチすらも許されないの?)
初めはモルテが触れるとゲルミナスが死ぬ危険があった。その次は火傷。程度はどんどん小さくなって、今度はモルテも傷つくなんて。
(いや、どうせすぐ治るから良いんだけど。なんか、なんか釈然としないなぁ!)
ふっ、と辺りが暗くなる。ぽつ。空から水滴が頬に当たった。やがてそれは数を増やし、けぶるように白く視界を染める。
(あー、雨かあ。濡れちゃうなあ。ゲルミナス、大丈夫かなあ)
モルテは空を見上げる。黒く重い雨雲はゆっくりと空を流れており、まだしばらく降りそうだ。雲の隙間からピカピカと一瞬の光が見え隠れしている。あれは。
「モルテ、何突っ立っているんですか! 木から離れて、姿勢を低く! この雨雲が通り過ぎるまでこの姿勢を続けてください、雷が来ますよ!」
声に振り返ると、ゲルミナスはつま先立ちでかかとを合わせ、深くしゃがみ込んでいた。よく見ると、彼は耳を塞いでいる。
(……私、雷に打たれても死なないんだけどなあ。いや、ゲルミナスのほうが「バグ」だよね? 私のこと死神ってよく忘れるねえ!)
まあ、いいか。叱られるのは面倒なので同じ体勢になる。モルテの長い髪やドレスは激しい雨で濡れ、水分を含んで重くなった。
水は、熱を奪う。また風邪引かなきゃいいけど。
カッ! と閃光が空を割った。続いてドドォ……! と地響きを伴った爆音が通る。まだ光と音の僅かな差がある。頭上を取りすぎるまでもう少し。ザアアア……、と雨足が強くなる。首筋を冷たい水が這い、モルテは僅かな不快を覚えた。
ド……ガアァァンッ!! 突然すぐ近くに爆音が響いて、モルテの肩がビクリと動いた。真っ白な光と地を揺るがす衝撃。近くの木に落ちた。雨の中、焦げた臭いが鼻を突く。
やがて雨は弱くなり、黒い雲は通り過ぎていった。空は汚れを落としたかのように、澄んだ青が広がっている。ゆっくりと立ち上がって、濡れた髪とドレスを絞る。そのうちすぐ乾くんだけど、気分的に、だ。
「大丈夫でしたか、モルテ」
やや青い顔をしたゲルミナスが尋ねてきた。それに頷く。いや、むしろ。
(そっちのほうが大丈夫?)
駆け寄ろうとしたモルテを、ゲルミナスが焦ったように鋭い声で止めた。
「来ないでください!」
ぴた。モルテの足が止まる。なんで? 雷という脅威は去ったはず。
「私たちの服が濡れているからです! 水というのは電気をよく通します。この状態で近づいたら、先程の『火花放電』では済まされない、感電します!」
と言っている間に、モルテの髪と服は水を弾き、またたく間に乾いていった。ゲルミナスはしばし無言の後。
「……私が感電します!」
言い直した。
しかし、異変は始まっていたのだ。バチ、バチチチ……、と木々の葉が風で擦れるたびに火花が飛ぶ音がする。その音に伴って、蛍光色に光り始めた。上空には、緑や桃色の光が、地を這うようにカーテン状に色を変えながら揺れている。その光からは「コー……」という重低音が耳朶を打ち、生臭くツンとした匂いが辺りに漂った。そしてモルテの乾いた髪はぶわりと持ち上がり、肌はピリピリしている。
(わあ、何あれ……?)
見たことのない現象に、モルテは瞳を瞬かせた。いつもなら意気揚々と説明を始めるゲルミナスを見る。と、彼は真っ青な顔でそれらを見上げていた。
「あれは、オーロラ!? そして、あの葉の輝き。本来なら電気を通さないはずの空気が『絶縁破壊』されている……まさか、コロナ放電!? ということは、ここで、異常な強電界が発生している状態ということです。これは、どこかに欠片があります!」
(きょう、でん……かい……?)
モルテは首を傾げた。しかし、ゲルミナスはというと。
「今回は説明は後です! 感電死したくありません!」
(じゃあ、どこかにある欠片を探せばいいのね)
となると。あの光のカーテンの下が怪しい。モルテは歩き出そうと片足を上げた。
「ああっ!! モルテ!」
(ん?)
モルテの中で、静かに、だが勢いよく電気が体を駆け巡った。服の隙間から青白い火花が漏れ、ビリィイ、と振動する。
「も、モルテー!?」
絶望的なゲルミナスの声。半泣きだ。
(あー、びっくりした)
だが、モルテはケロッと立っている。だが、よく見ると彼女の持つドレスの裾が焦げ、微かに煙が出ていた。
「貴女、今、数万ボルトが体を通り抜けたんですよ! いくら大丈夫とは言え……私の心臓が持ちません! 気をつけてください!」
(えー……。ごめーん)
そうか、今ので普通は死ぬのか。モルテは彼の反応で理解した。どうやらこの空間は、とんでもない電気が溜まっているらしく、下手な行動をすると雷に打たれるような現象が起こるようだ。
「いいですか、モルテ。この強電界の中では、地面の場所によって電位差が生じることがあります。大股で歩くと、左右の足で電圧の差、『歩幅電圧』が生まれ、感電します。すり足ですよ、すり足!」
そう言って彼はズリズリと足を引きずって歩く。
(……いや、理屈は分かったけど、絵面的にどうなんだろ……)
さらに、と彼はモルテの方へ手のひらを向けた。
「尖ったものや木の枝、岩からも放電されます。いいですか、絶対に近づいてはなりません! あと、私にも絶対近づかないでくださいよ!」
(……はいはい)
頭上には幻想的な光のカーテンが揺れ、火花が舞い、蛍光色に発光している木々たち。そんな世界の終わりのような光景の中、ズリズリとすり足で移動する。ピリピリとした微かな電気が肌の上を走っているのを感じた。
光のカーテンの下に、空間の裂け目があり、そこから青白い火花がチカチカと漏れ出ている。そこに向かうにつれ、空気が粘り気を帯びたように重くなっていく。肺を焼くような生臭さ。
は、と離れたゲルミナスの呼吸が荒い。
「これ、は、強電界によって……酸素が、オゾンに、変わっているのです……」
(苦しいなら解説やめなよ!)
彼の濡れた上着からは、放電による熱で絶えず蒸気が上がり、彼自身がひとつの青白い「光源」と化していた。
空間の裂け目には、高電位が停滞し、肌にはピリピリどころかパリパリとした火花が散って、これ以上近づいたら高電圧が流れるだろうことは容易に想像できた。
すり足で来た地面すらも、ここではすり足すら意味を成さないような小さな稲妻が表面を走っている。
ゲルミナスは恐る恐る割れ目を覗き込んだ。パリ、パリ……と弾ける音の中に、欠片らしき物が見える。
「欠片……!」
だが。手を伸ばして取ろうとすれば、間違いなくゲルミナスの体に高電圧が流れ、感電死する。四割の神体。彼の過半数は人間なのだ。
(私が取ってこようか?)
モルテは自分を指差して欠片を次に指した。ゲルミナスは勢いよく首を振った。
「だめです! 貴女は先ほど歩幅電圧で電気の流れる道ができてしまいました。あれよりもさらに高電圧です! どうなるか分かりません!」
(いや、だから大丈夫だってば)
平気だよ、と首を振るが、彼は苦い顔をしたまま。
「……貴女に、甘えてばかりでは……。それに、あの欠片は貴女の手を……っ」
(だーかーらー! ゲルミナスが行ったらホントに死んじゃうって)
どうしたものか。
(ん?)
電気の通り道?
モルテは自分を指差し、手で稲妻を描いた。これで「感電」。もう一度稲妻を描き、自分の頭からすっと指を一本振り下ろした。これで「電気の道」。首を傾げる。
「モルテ……稲妻の……通った……?」
(ゲルミナス、解読のキレが悪いよ!)
今日はあんまり物理モードじゃないのかなぁ。
「……ええと、電気の道ができたことを聞いているのですか?」
少し時間は掛かったけれど通じた! うんうんと頷く。
「貴女の乾いた体は、ある種の絶縁体――電気を通さないもの――でした。ですが、歩幅電圧によって一度電気が流れた。この時、電気を通さないものから、電気の通り道ができたものとなりました。しかも、感電の衝撃を受けず、電気にとっては理想的な『頑丈な近道』です。いや……待ってください……。これは、『避雷針』……?」
(ひらいしん?)
「避雷針は通常、雷を受けて流す役割を持っています。電気というものは、『楽に通れる道』を常に探しています。その電気が通りやすい素材、形状で作られたものを避雷針と言い、それを通すことで他に落雷しないようにする防衛手段です」
ふむ。つまり、今のモルテは「電気が通りたい道」になっている、と。
(それだよ! 私が、それになれば、ゲルミナスは欠片を取れるよね?)
「ですが、そうなるには、私と等電位化する必要があります」
(なにそれ?)
彼は言いづらそうに躊躇した。眉間にしわが寄せられ、何度か口の開閉を繰り返す。
「私とモルテでは、かなりの電位差があります。その電位差を無くすことをボンディングと言います。……簡単に言ってしまえば、モルテは私とゼロ距離になるということ」
(……くっつけってことだよね? そこ、なんか説明分かりにくいよ、ゲルミナス)
モルテは拳を作って右手と左手をくっつけた。ゲルミナスはしぶしぶ頷く。
「電気的に一つの塊になれば、私に流れるはずの電気は貴女に流れていく。けれど……」
(今日ホントにキレ悪いよ?)
「……いいんですか。私の力で、貴女が焼かれてしまう」
ぱちくり。モルテは一つ瞬いた。
(……忘れてた。でも、「いいよ」)
私の力が、貴方を焼き切らないのであれば。
モルテは頷かなかったが、その微笑みを見たゲルミナスは言葉を失った。
「……っ! 等電位となった時、一瞬だけ現象が収まります。その時を狙います。すぐ、終わらせますから……耐えてください。……貴女を利用している自分が、つくづく嫌になる」
ゲルミナスは空間の割れ目と対峙していた。
「……私はいつでも」
(じゃあ、行くからね!)
諦めたような、やるせない声に、モルテは頷いて彼の背中にぎゅうと抱きついた。
(いだぁー!)
ゲルミナスに回した腕、背中に付けた顔、体全てにバチチチチッと音が立つ。モルテはそんな全身の痛みに耐える。けれど、自分の力は抑えることは忘れない。
(これで私の力出しちゃったら、ゲルミナスの死因が「私」って確定しちゃうもんね)
特訓は実を結んだ。けれども。
(ハイタッチより先に抱きつくのって、やっぱりなんか釈然としないなあ!)
ゲルミナスに溜めに溜められていた高電位がモルテへと流れ、バチバチと電気的な音を立てていた二人は等電位となった。
光が収まって、耳が痛くなるほどの静寂。
(今――!)
ゲルミナスは割れ目に腕を突っ込んで、欠片を引っ掴んだ。
「回収です! モルテ、手を離して!」
(おっと、危ない!)
そして、四つめの欠片は、待っていたようにゲルミナスに組み込まれた。
幻想的な景色は、フッ、と電気を消したように消え去った。
モルテは、ゲルミナスに回していた腕をじっと見ていた。焼けただれた手や顔は、瞬時に修復していく。
(……なんか、前より痩せた……? 美味しいもの、いっぱい食べないとね)
電気は理解できない!頭が理解を放棄しました。
すり足の絵面……。




