2399話 亡者の世界
フリーディア達がファントの町から出撃した頃。
テミスは亮と肩を並べて亡者の蔓延る町の中を練り歩き、この世界からの脱出口を捜索していた。
「フゥム……防壁の外へは出る事ができない。かといって、町の中心に核がある訳でもないとなると、いよいよお手上げだな……」
当てどなく歩き回りながらそう言葉を漏らしたテミスは、どんよりと重く霧に淀んだ向こう側に広がる闇色の空を見上げて、ゆっくりとため息を吐く。
こういった類の閉鎖空間には、得てして閉ざされた空間の内部に世界を維持するための宝珠なり機構なりが存在しており、それを破壊すれば脱出できると相場が決まっている。
しかし、その手の空間の核となる存在が何処にあるのか、はたまたどのような形をしているかなどはテミスが知る由もなく。
結果としてテミス達は、広いファントの町の中を、時折襲い来る亡者たちを退けながら、探し回る羽目になっているのだ。
「亮、お前は何かわからないのか? ほら、私を見付けた時に何とか言っていただろう?」
「残念ながら期待には応えられん。元より私はこういった呪い事の類には疎くてな。お前を見付けたのも、生者が纏う生気に誘われたに過ぎん」
「ハァ~……ともあれ歩き回ったわかったが、見慣れたはずの町がこうも廃墟然としているのは、どうにも癪に障るな」
「深く考えるな。似て非なるものだ。どうしても気になるというのならば、虚ろの町とでも呼び方を改めれば良いだろう」
街路を歩みながら、テミスは亮と言葉を交わすと、皮肉と共に昏い笑みを浮かべてみせる。
亮が存在している時点で、この場が現実で無い事は百も承知なのだが、やはりファントの町並みには愛着があるせいか、顔見知りが住んで居るはずの建物が骸の如き姿を晒しているのを見るのは、やはり気分が良いものではない。
「くっ……! それに、妙に疲れる。この鬱屈とした景色のせいか……?」
テミスは苛立ち交じりに石畳を蹴るが、僅かな段差に蹴躓いて転びかける。
それはタレシアとの戦闘の後から感じていた漠然とした不調が、実害となって明白になった瞬間でもあった。
「……これは仮説だが、この場が死者の町であるというのなら、この空間には生気が枯渇していると考えるのが道理だろう」
「やはり何か知っているのか?」
「いや、想像だ。だがお前が不調を感じているというのなら、恐らく正しいと思われる。俺は今も、お前から放たれる生気を感じる事ができている」
「やけに持って回った言い方だな? はっきりと言え」
「生者であるお前は、今こうしている間も消耗しているのではないか? と言っているんだ。真夏に放置された氷が解けて行くように、お前の生気もまた周囲に流れ出続けているのやもしれん」
「っ……! なるほど……そうなると、少々まずいな」
足を止めたテミスを振り返り、亮がつらつらと語った仮説は、生気とやらを感じ取る事のできないテミスから見ても、筋が通っていると思えるほどには正しく思えた。
亮の語る生気がどのようなものであるかが定かでは無いものの、これが魔力や体力のような者であると仮定するのなら、まさしくこの疲労感はそれらが流出している事が原因だと考えられる。
「チッ……!! とはいえ、これだけ探し回っても脱出口らしきものは未だ手掛かりすら見当たらない……。このままでは遅かれ早かれ、私が力尽きるのが先だぞ……!」
「…………」
知らずの間に窮していた事実に、テミスは歯噛みをしながら吐き捨てると、魔力を収束させる要領で感知できない生気の流出を留めようと試みる。
しかし、亮の反応を見る限り、幾ら力を絞ろうとも生気の流出が止まっている様子は無く、テミスは更に危機感を募らせた。
目の前に敵がいるのならば、まだやりようはある。
それが例え、どれほど強力な敵であったとしても、倒せば脱出できるのだから、やるべき事は明白だ。
だが現状は、どこへ向かえば良いのかもわからず、何をすれば脱出できるのかさえ定かではない。
そこに、生気の流出現象というタイムリミットまでが加わったのだ。
眼前に聳え立った絶望に、テミスの思考が徐々に焦りへと染まっていく。
「クソッ!! いっそのこと、手当たり次第に町を破壊するか……? だが、月光斬無しではどこまで壊せるか……!!」
「……テミス」
「何だ? 何か策を思い付いたのならば早く言え。違うのならば黙って私を手伝え」
もはやヤケクソとしか言えない案が、テミスの思考から零れ落ちた時だった。
真正面から静かな瞳でテミスを見据えた亮が、低く静かな声でテミスの名前を呼んだ。
しかし、焦りに呑まれかけているテミスは、苛立ちを募らせながら背負った大剣の柄へと右手を伸ばす。
「……策と言えるほどの者ではないが、一つ……試す価値のある案はある。尤も、お前が私を信用できるのならば……だがな」
そんなテミスの目を覗き込みながら、亮は感情の読めない揺れない瞳でテミスを見据えて、変わらない低く静かな声で告げたのだった。




