2398話 二兎を追う
毅然と揃った軍靴の音が、平穏なファントの町に響き渡る。
その先頭には、凛と前を見据えるフリーディアと、不敵な微笑みを浮かべたサキュド。
二人の背に続くのは、白翼騎士団の正式装備に身を包んだ精鋭一個中隊と、ヴァイセ率いる黒銀騎団第三中隊の面々だった。
全軍が動員されている訳でこそ無いものの、重厚な軍装に身を包んだ黒銀騎団が出撃する姿は勇壮そのもので。
ファントの町の人々は、僅かな不安の混じった尊敬のまなざしを向けながら、フリーディアたちを見送っていた。
「……一応、褒めておくわ」
「ふふっ、ありがとう。あなた達がテミスに向ける忠義も大したものよ」
淀みの無い足取りで前へと進みながら、ふと明後日の方向へ視線を逃がしたサキュドがボソリと呟くように告げる。
その捻くれた礼にも、フリーディアはにっこりと満面の笑みを浮かべると、穏やかな言葉で言葉を返した。
執務室でサキュドに促されたフリーディアがした事はたった一つ。
盲目的にテミスを救わんとするマグヌス達に、可能性を示してみせたのだ。
「でも調子に乗らない事ね。まぁ、蛮勇を掲げて死にたいというのなら止めはしないけれど?」
「そんなつもりはないわ? 心配しなくても、一番槍の役目は貴方こそが適任だわ?」
「心配なんかしていないわよ! わかっているなら良いの! わかっているなら!!」
ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべて言葉を続けたサキュドに、フリーディアは変わらない爽やかな微笑みを浮かべて応じてみせる。
フリーディアが示してみせた可能性。それは、ギルドから討伐依頼のあった『冒険者狩り』と、テミスに何らかの攻撃を仕掛けている者が同一である可能性だった。
根拠は二つ。
テミスが倒れて尚、真っ向から部隊を率いて攻め込んでこない時点で、相手の数はそう多くはないという点。
そして、少人数で姿を隠している慎重さを鑑みるに、恐らくは町の出入りで記録を取られるファントの町に入ってはいないという点だ。
そうなれば、必然的に物資の補給はままならなくなる。
けれど、物資の補給も無しに活動できる者は居ない。
そこで敵は、わざわざ距離のある他の町からこそこそと隠れて物資を輸送するよりも、ファントの町から出てくる冒険者を襲って調達するという手段を選んだのではないだろうか。
そう予測を立てたフリーディアは、マグヌスとサキュドを説き伏せ、自ら部隊を率いて『冒険者狩り』の討伐へと向かったのだ。
「ま、ギルドから寄越された情報によれば敵は二人よ。アンタには弱そうな方を一人分けてあげるわ?」
「……弱そうな方?」
「魔術師の方。黒い甲冑と長剣を持ってる奴はアタシの獲物。初撃で牽制してあげるから、隙を突いて懐に潜り込みなさい」
「わかったわ。じゃあ、部隊の役割は包囲ね。万が一にも逃がす訳にはいかないもの」
肩を竦めて一方的に告げたサキュドの策に、フリーディアは真剣な面持ちでコクリと頷いて返した。
もしもこの『冒険者狩り』が、テミスに攻撃を仕掛けた敵と同一人物であるのなら、生中な実力の者を前に出すべきではないと判断したのだ。
精鋭中の精鋭である黒銀騎団の面々といえど、テミスの副官を務めるサキュドや、テミスとも渡り合う事のできる実力を有するフリーディアと比べてしまうと、戦力として差があるのは事実だ。
それに相手に力も未知数。
ただ一つわかっているのは、搦め手であろうと予測されているとはいえ、テミスをも行動不能にし得る手段を持っているという事だ。
「……もしもこいつ等が敵なら、本命は魔術師の方よ。アンタに任せた意味、わかっているわよね?」
「えぇ。勿論。正しい役割分担だと思うわ。腕の立つ護衛は貴女が、私は魔術師を捕えてみせる」
短い沈黙の後。
サキュドはフリーディアを睨み上げると、念を押すように問いを重ねた。
その問いに、腰に提げた剣の鞘を掴んだフリーディアは、力強く頷いて応えてみせる。
この剣はテミスが誂えた予備の剣で。
そういう意味でも、フリーディアは今自分がこの場に居る意味を、再び己の心に刻み込んでいた。
心中を察するのなら、サキュドはテミスを害した魔術師を真っ先に始末したいというのが本音だろう。
しかし、テミスが敵の術中に在る以上は、ただ魔術師を殺せば解決するという訳では無く、殺意が先行しがちなサキュドは、それも自覚した上でフリーディアに任せたのだ。
「クス……! そういう事よ。アタシたち黒銀騎団を舐めた報い、必ず受けさせてやるわっ!!」
「そうね。実は私、これでもけっこう怒ってるのよ。アリーシャをあんな風に泣かせて……!! 絶対に謝らせてやるんだから……!!」
言葉を交わしながら通用門を潜り、ファントの町を出ると、サキュドは即座に魔力を練り上げ、気迫の籠った言葉と共に紅槍を現出させる。
そんなサキュドに呼応するかのように、フリーディアも胸の内で静かに燃えていた怒りを滾らせ、固く拳を握り締めたのだった。




