2392話 空っぽの勝利
突如として訪れた静寂の中。
テミスは一人、抜き放ったままの大剣を携えたまま、やり場のない激情に身を焦がしていた。
間違い無く、戦いに勝ったのはテミスだ。
だが、この訳の分からない世界から脱出する方法も聞き出せず、相対した敵を討ち取る事もできなかった。
せいぜい成果と言えるものは、この騒動を引き起こしている者が、元・魔王軍第九軍団長タラウード・ヒュブリディスの娘であるタレシアと、元・魔王軍第十一軍団長シモンズの孫娘であるシアナであるという事だけ。
尤もその戦果も、テミスがこの世界から現実へと帰還を果たす事ができなければ、何の意味も無いものなのだが。
「……終わったか」
「亮か……。お前、露払いをするのではなかったのか? たった今、一対一の決闘に水を差されたぞ?」
「気持ちは察するが、八つ当たりは止せ。虚しいだけだ」
「わかっているッ!! だがッ!! だったらこの苛立ちは……この抜き放った刃は何処へ向ければ良いんだッ!!!」
ドズンッ!! と。
テミスは怒りの咆哮と共に大剣を振り下ろすと、その鋭い切っ先を勢い良く地面に突き立てる。
亮に怒鳴り散らす事が八つ当たりであるなど百も承知だ。
だがそれでも、たった一秒でも亮がシアナを足止めできていれば、少なくともタレシアを仕留める事はできていた。
しかし、タレシアに末期の名乗りを許す事無く刃を振り下ろしていれば、逃す事無く仕留め切れていたのもまた事実。
「っ~~~~!!!!!」
「……気は済んだか?」
胸中で暴れ狂う激情に任せて、テミスは力任せに地面を蹴り付け、振りかぶった拳を傍らの壁へと叩き付ける。
そうしてしばらく暴れ回った後。
亮は揺れる事のない静かな声で、ゆっくりとテミスに問いかけた。
「……多少はな」
「フッ……お前の事だ、既に理解しているだろうが、乱入してきた女もまた生者。お前が倒すべき敵だ」
「やれやれ、厳しい奴だな。少しくらい、手を貸してくれたって良いだろうに」
「俺は既にお前に敗れ死した身だ。死者が徒に現世に関わるべきではないだろう」
「お硬い奴め。だが、正論だ」
滾々と諭すように言葉を紡ぐ亮に、テミスは肩を竦めて言葉を返すと、静かに溜息を零す。
死者である亮は、たとえ言葉を交わし、共に肩を並べて戦う事ができていたとしても、既に在ってはならない存在で。
在るべきではない者であるからこそ、人々は死してなお現世に害意を以て干渉しようとする存在を、怨霊や悪霊と呼んだのだ。
「たとえ敗北の辛酸を舐めたとて、戦いの果てに私が辿り着いた結末を穢す気はない。如何な結末であれ、これこそが私の貫いた人生だ」
「こうまで潔い死に様を見せ付けられては、文句の一つも出て来んよ」
「とはいえ、私が何一つ遺す事なく死したのは事実。心残りが全く無い訳ではないがな」
胸を張って迷いなく告げた亮に、テミスは眉根を潜めて苦笑いを浮かべる。
この手で亮の命を絶った者の身としては、当人がこうまで割り切っている様を見るのは、何とも言えない妙な気分になってくるというものだ。
とはいえ、死者である亮が遺恨を引き摺っていないのであれば、気負い過ぎるべきではないのだろう。
「よしっ! いつまでもウダウダと愚痴を垂れ流していても仕方が無い! 予定とは少し異なる形となったが、当初の目的を果たすとしよう」
そう判断したテミスは、怒りに任せて地面に突き立てた大剣を抜き放つと、一度空を薙いで刀身を清めてから、静かに背中へと納める。
「あっ……! そういえば……」
剣を収めた瞬間。
テミスはふと、戦闘中にタレシアが取り落とした長剣の存在を思い出すと、きょろきょろと周囲に視線を走らせた。
しかし、目を凝らして探してみても、さほど遠くへ弾き飛ばされた訳では無いはずの漆黒の長剣が転がっている様子は無く、テミスは眉を吊り上げて首を傾げる。
「どうした?」
「いや、弾き飛ばした奴の剣を回収できれば何かに使えるかと思ってな」
「剣……? あぁ、あの黒い長剣か。それならば、妙な声の女が、お前が倒したタレシアとかいう女を助ける前に回収していったぞ」
「っ……! チッ!! どこまでも抜け目のない奴め……!! 忌々しい、礼など言い残していったが、そういうところは、あの忌々しいヒヒ爺そっくりじゃないか」
「クククッ……! いや、失敬。お前もそんな顔をするのかと思ってな」
「ヒトの顔を見て笑うなど、流石に失礼が過ぎるんじゃないか?」
さらりと軽い調子で亮が告げると、テミスは舌打ちと共に文句を吐き散らしながら、町の外へ続く門へ向かって歩き始めた。
その間も、後に続く亮との他愛もない会話は続き、いつしかテミスの心は凪を取り戻していた。
「さて……どうなる事やら……」
言葉を交わしながら町と街道の境界線まで移動したテミスは静かに掌を持ち上げると、ゆっくりと町の外へと腕を伸ばしていく。
そんなテミスの手が、町との境界線あたりに到達した時だった。
バチンッ! と。
弾けるような音と共にテミスの手を衝撃が襲い、まるで町の外へ出るのを阻むかの如く弾き戻されたのだった。




