2391話 仇討ちの終わり
「な……んっ……!?」
激しい剣戟の末に訪れた静寂を破ったのは、驚愕に目を剥いたタレシアが息を呑む声だった。
魔力の流出現象。
タレシアの掌に集められた魔力は、留まることなくただただ徒に漏れ続け、その結果として魔力を編んで作られる術式も、発動する事無く宙へと霧散したのだ。
それは、この戦いの最初にテミスが経験した、月光斬の不発と同じ現象で。
眼前で起きた不可思議な現象の衝撃からタレシアが抜け出せぬうちに、テミスは一足先に我を取り戻すと、大剣を振り払って再び振りかざした。
「悪くない足掻きだったが、これで終わりだ」
「くっ……ぐぅッ……!!」
テミスが皮肉気に放った言葉でタレシアも我に返ったものの、携えていた長剣は既に弾き飛ばされており、手の届く場所には無かった。
加えて、咄嗟に振り上げようとした腕も、先ほどテミスの斬撃を受け止めた所為で痛めたらしく、僅かに動かしただけでずきりと激しい痛みが貫き、タレシアは低いうめき声をあげる。
「諦めろ。手甲のお陰で両断こそ免れているが、骨が砕けた感触がした」
「ふ……ざけるなっ……! 私、はッ……!!」
「最後まで足掻くその姿勢は嫌いではない。故に、最期に名乗りの機会をくれてやろう。お前が何者で、誰の仇を討ちに来たのか。私はその全てを呑み下した上で、お前を斬ろう」
「ッ~~~~!!!」
既に勝敗が決した事は、タレシアも骨身に染みて理解しているのだろう。
もしも、叩き込んでやろうと構えていた渾身の魔法が発動していたのならば、例えテミスを一撃で倒すには至らずとも、五分の戦いには持ち込めていただろう。
しかし、己が身を護り、敵を斬る為の剣は己が手を離れ、利き手もまともに動かす事は叶わない。
この身に纏う鎧さえあれば、斬撃だけならば辛うじてあと数度は凌げるのだろうが、斬撃を受けた利き腕と同様に、ただで済む事は無いだろう。
つまるところ、痛みを堪え、誇りを棄てて生き足掻いた所で、得られるのは命を永らえるだけの数秒のみ。
ならばせめて、騎士として名乗りをあげ、仇敵を睨み付けて死んでいこう。
「すぅっ……っ……!!」
「…………」
時間にして一秒にも満たない刹那。
けれど、タレシアはこの瞬きにも満たない時間の内に意を決すると、静かに息を吸い込んで眼前のテミスを睨み上げて口を開く。
「私の名は、タレシア・ヒュブリディス。アンタに討たれた、元・魔王軍第九軍団長タラウード・ヒュブリディスの娘だ」
「っ……! ククッ……なるほど。奴の娘か」
「父様の元へ向かう前に一つ聞かせろ。お前にとって父様は……タラウードは、強かったか?」
「……あぁ、厄介な敵だった。思い出したくもない程にな」
「フッ……そうか……なら、良い……」
静かな声で名乗りを上げたタレシアに、テミスは僅かに目を見開いて驚きを露にした後、皮肉気に頬を吊り上げて答えを返した。
そして、続けて問われた末期の問いにテミスが答えを返すと、タレシアは満足気に微笑みを浮かべてみせる。
「では、さらばだ」
「っ……!」
そんなタレシアの意を汲むかの如く、テミスは静かな声で別れ告げると、ヒャウン! と甲高い風切り音を奏でて大剣を振り下ろした。
狙いは首。
確かにここで殺してしまえば、魔王軍との間に致命的な不和が生じるかもしれない。
だがそれでも、親の仇を討つべく最後まで足掻き続けたというただ一点の美徳は、テミスにただの反逆者として魔王軍に処刑させるべきではないと判断を覆させたのだ。
しかし……。
「……っ!?」
「っ……!! …………。 へっ? えぇっ!?」
ガチンッ!! と。
タレシアの首を狙ったテミスの斬撃は空を切り、放たれた刃はガチンと音を立てて石畳を打った。
驚きに息を呑んだテミスの眼前では、頑強な壁にずぶずぶと瞬く間に身体を呑み込まれたタレシアが、壁から驚愕の表情を浮かべた顔だけを覗かせていた。
「困るんだよねぇ。勝手に死なれたらさぁ」
止めの一撃をタレシアに躱させた何者かが居る。
テミスがそう察するのと同時に、何処からともなく間延びした眠た気な声が響くと、辛うじて顔だけを覗かせていたタレシアが完全に壁の内へと呑み込まれた。
「やっぱ、素の力じゃ勝てないよねぇ……。いや手間をかけて申し訳ない。どうしても自分の力でアナタを殺したいって言うからさ」
「……何者だ? 喋る時くらい、顔を見せたらどうなんだ?」
「やだ。でも安心して。私は別にアナタに仇討ちをしようだなんて思っていないから」
「その口ぶり……もしや……」
「うん。私はシアナ。元・魔王軍第十一軍団長、死霊術師シモンズの孫娘。あのゾンビ爺を殺してくれてありがと。それじゃ、また」
テミスが周囲に意識を向けながら、慎重に言葉を選んで返す。
しかし、そんなテミスの思惑を見通しているかのように、眠た気な声の主は名乗りだけを残一方的に残して立ち去ったらしく、それ以降眠た気な声が響く事は無かったのだった。




