2390話 猛撃と不屈
テミスが追撃を仕掛けるべく上体を振りかざした刹那。
僅かに腰が浮いた隙を逃す事無く、タレシアは全力で地面を蹴って己の身体を跳ね上げる。
その衝撃は、勢い良く上体を起こしていたテミスの姿勢を崩し、ほんの僅かな時間ではあるものの、その身体を宙へと投げ出した。
一秒にすら満たないそのこじ開けた隙に、タレシアは全力で長剣を傾けて押し込まれていた大剣を受け流すと、テミスの下から脱出する。
しかし、強烈な頭突きを受けた所為で足元がおぼつかず、タレシアはフラフラと数歩逃れた所でガクリと膝を付いた。
「チィッ……!! 往生際の悪い奴めッ……!!!」
一方でテミスは、崩されかけた姿勢を瞬時に正すと、大剣を振りかざして再びタレシアへと突進を仕掛ける。
今、この場で一気呵成に仕留める。
タレシアにあの強固な防御の構えがある以上、テミスにそれ以外の選択肢は存在しなかった。
この零距離戦法は、いわばタレシアの有する常識の虚を突いた奇策に過ぎない。
故に、一度この戦法を見せてしまった以上、タレシアが体勢を立て直せば当然、テミスの接近を二度と許すまいと警戒するだろう。
そうなればテミスは、タレシアの有する強固な守りに、真っ向から挑まなくてはならない訳で。
「忌々しいッ……!!」
歯が軋む程に固く食いしばられた隙間から、テミスは僅かに苛立ちの言葉を漏らす。
それは、こんな下らない戦いを仕掛けるために、ファントの住人を巻き込んだダレシアに向いているのは言わずもがな。
そんな小賢しい手を用いるタレシア如きに手こずっている自分と、知らずの内に月光斬という技に頼りきりになっていた己へと向けられた苛立ちだった。
「カァッ……!!」
「ぅ……あッ……!!」
タレシアが退いた事で、僅かに開いた距離をテミスは瞬く間に詰めると、苛立ちすら込めて振りかざした大剣を轟然と振るう。
対するタレシアは未だ足元がおぼつかず、自身へ叩き込まれた斬撃を辛うじて長剣で防ぐに留まった。
だが、渾身の力を籠めたテミスの斬撃は、ただ防いだけで逃れられる代物ではない。
その身を両断される事こそ逃れたものの、斬撃の威力をまともに受けた身体は数歩分の距離を一瞬で吹き飛ばされ、タレシアはたたらを踏んで後退に後退を重ねる。
「逃……がすかァ……!!」
「グッ……! ウゥッ……!! くぁっ……!!」
しかし、僅かばかりに凌いだとて、テミスの猛攻が止まる事は無く、ガギン! バギンッ! と、荒々しい連撃は逃れるタレシアを徐々に追い詰めていった。
そして……。
「がっ……!? しまっ……!!」
頼りなくよろめきながら辛うじて剣戟を凌いでいたタレシアは、その背を壁に打ち付けて息を呑んだ。
もはや後ろに逃れる術は無い。
追い詰められたタレシアが目を見開くと、その眼前には高々と大剣を振りかざしたテミスが仁王立っていた。
「終わりだ」
続いて放たれたのは無慈悲で冷たい宣言。
短い言葉には最早欠片ほどの感情も籠っておらず、ただ戦いの終わりだけを淡々と告げていた。
事実。
ここまで追い詰められたタレシアには、戦況を覆す策は一つも無かった。
ただこの一撃を凌ぐだけならばできるだろう。
けれどその次は? 更にその次は……?
ギリギリの所で凌いだとしても、せめて体勢を立て直して仕切り直さなければ、戦況を覆すことなどできない。
「っ……」
最早勝ち目は絶望的。
現状を正しく分析したタレシアは胸の内で密かにそう呟くと、ギシリと固く歯を食いしばって眼前のテミスを睨み付ける。
直後。
テミスは高く掲げた大剣を、直上からタレシアに向けて鋭く振り下ろした。
「ぐッ……!!! ゥァァァアアアアアアッ!!!」
「なっ!?」
だが、タレシアは自らの腕に長剣を添わせて掲げると、雄叫びと共にテミスの斬撃に応じる。
しかし、片手で操っただけの守りでは、渾身の力を込めたテミスの斬撃を防ぎ切ることは叶わず、長剣はタレシアの手から弾き飛ばされ、腕甲に包まれた腕がメギメギと嫌な音を立てた。
「喰らえッ!!!」
獣の如く荒々しい咆哮と共に、右腕を犠牲にしたタレシアは間近に迫ったテミスの顔面に向けて掌を翳す。
狙いはただ一つ。
至近距離での魔法攻撃。
タレシアは魔法を扱う事は不得手ではあったものの、単純な術式程度であれば扱うことはできた。
故に、テミスに向けて放つのは炎の球。
この至近距離で顔面に食らえば、たとえ見向きもされないような弱い魔法であっても致命傷足り得る。
「……ッ!!!」
「私の勝ちだッ!!」
咄嗟に身を捻ろうとするテミスに逃れる間を与えず、タレシアは魔法を放つべく掌に魔力を収束させた。
のだが……。
「ぇ……?」
そんなタレシアの勝利の雄叫びも虚しく、掌にはいつまで経っても魔力が収束する事は無く、放たれるはずの炎の球が現出する事も無かったのだった。




