命に手を伸ばして
神社のふもとに車を捨てた瞬間、空が割れた。
天気予報にもなかった激しい豪雨が、龍神祭の提灯を、屋台の明かりを、楽しげな雑踏の声を一瞬でかき消していく。
「走れっ!」
俺の声に合図されるように、三人で嵐の中を突き抜けて参道を駆け上がる。
大粒の雨が肌を叩き、視界を白く遮る。冷たい、あまりにも冷たい雨だ。十年前の、あの八月三十日の夜と全く同じ、世界が終わるような嵐。
本殿を通り過ぎ、かつて踏み入れたあの竹林の獣道へ。
泥に足をとられ、草木に肌を切り裂かれながらも、俺たちは止まらなかった。
「奏、手!」
慧が叫び、俺の手を強く掴む。その慧の手を、反対側から勿忘がぎゅっと握りしめる。
十年前と同じだ。俺、慧、勿忘。三人の震える手が一つに繋がった瞬間、頭の中に凄まじい濁流のようなノイズが流れ込んできた。
ドォォォン……!
遠くで上がる花火の火薬の匂い。キミトの声がした。
◇◆◇
『嫌! 希未叶! いやよ! やめてぇッ!』
――視界は、真っ赤な炎と松明の明かりに染まっていた。
今年は村に病気がはやって、作物がとれなかった。
私は白いきものを着せられて横たわっていた。
おかあさんが泣いている。でも、村のひとたちはみんな、笑っている。うれしそうに、すくわれたように。
どうしてだかはわからないけど。
『水守さん。これは名誉なことなのよ。この子の命で、村が救われるのなら』
神主に押さえつけられるおかあさんが、見えた。こっちに手を伸ばしている。
私もおかあさんの手をとろうとして伸ばしたけど、上手く動けなかった。
『希未叶!!きみとっ!!』
おかあさんが必死に伸ばした手を、大人の男のひとたちがふんだ。
水は、つめたかった。
だれかと手を、つなぎたい。
◇◆◇
冷たい水底へと沈められ、息が絶えるその瞬間まで、希未叶は、誰かに手を握ってほしかった。
(ああ、だからか……!)
涙と雨水が顔をぐしゃぐしゃに濡らす。
だからキミトは、十年前、土砂崩れに巻き込まれそうになった俺たちを見た時、命を賭してまで助けたんだ。
かつて自分が誰にも伸ばしてもらえなかった手を、今度は、自分が伸ばすために。
神様としてではなく、一人の少女として、俺たちを救いたかったんだ。
「キミトーーーッ!!」
結界が完全に弾け飛び、俺たちは「龍神の淵」へと飛び出した。
そこには、深く澄んだ青い水が、雨を寄せ付けないように静まり返っていた。
水面の中央。
白く霞む視界の向こうに、あの日と同じ向日葵のワンピースを着たキミトが立っていた。
だけど、その身体は今にも空気へと溶けてしまいそうなほど、薄く、透明に透き通っている。
十年前の姿のまま、キミトは、ただ静かに消滅の時を待っていた。
俺たちの気配に気づき、彼女はゆっくりと振り返る。
きれいだった。




