↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/9

命に手を伸ばして

 神社のふもとに車を捨てた瞬間、空が割れた。


 天気予報にもなかった激しい豪雨が、龍神祭の提灯を、屋台の明かりを、楽しげな雑踏の声を一瞬でかき消していく。


「走れっ!」


 俺の声に合図されるように、三人で嵐の中を突き抜けて参道を駆け上がる。


 大粒の雨が肌を叩き、視界を白く遮る。冷たい、あまりにも冷たい雨だ。十年前の、あの八月三十日の夜と全く同じ、世界が終わるような嵐。


 本殿を通り過ぎ、かつて踏み入れたあの竹林の獣道へ。


 泥に足をとられ、草木に肌を切り裂かれながらも、俺たちは止まらなかった。


「奏、手!」


 慧が叫び、俺の手を強く掴む。その慧の手を、反対側から勿忘がぎゅっと握りしめる。


 十年前と同じだ。俺、慧、勿忘。三人の震える手が一つに繋がった瞬間、頭の中に凄まじい濁流のようなノイズが流れ込んできた。


 ドォォォン……!


 遠くで上がる花火の火薬の匂い。キミトの声がした。


 ◇◆◇


『嫌! 希未叶(きみと)! いやよ! やめてぇッ!』


 ――視界は、真っ赤な炎と松明の明かりに染まっていた。


 今年は村に病気がはやって、作物がとれなかった。


 私は白いきものを着せられて横たわっていた。


 おかあさんが泣いている。でも、村のひとたちはみんな、笑っている。うれしそうに、すくわれたように。


 どうしてだかはわからないけど。


『水守(みずもり)さん。これは名誉なことなのよ。この子の命で、村が救われるのなら』


 神主に押さえつけられるおかあさんが、見えた。こっちに手を伸ばしている。


 私もおかあさんの手をとろうとして伸ばしたけど、上手く動けなかった。


『希未叶!!きみとっ!!』


 おかあさんが必死に伸ばした手を、大人の男のひとたちがふんだ。


 水は、つめたかった。


 だれかと手を、つなぎたい。


◇◆◇


 冷たい水底へと沈められ、息が絶えるその瞬間まで、希未叶は、誰かに手を握ってほしかった。


(ああ、だからか……!)


 涙と雨水が顔をぐしゃぐしゃに濡らす。


 だからキミトは、十年前、土砂崩れに巻き込まれそうになった俺たちを見た時、命を賭してまで助けたんだ。


 かつて自分が誰にも伸ばしてもらえなかった手を、今度は、自分が伸ばすために。


 神様としてではなく、一人の少女として、俺たちを救いたかったんだ。


「キミトーーーッ!!」


 結界が完全に弾け飛び、俺たちは「龍神の淵」へと飛び出した。


 そこには、深く澄んだ青い水が、雨を寄せ付けないように静まり返っていた。


 水面の中央。


 白く霞む視界の向こうに、あの日と同じ向日葵のワンピースを着たキミトが立っていた。


 だけど、その身体は今にも空気へと溶けてしまいそうなほど、薄く、透明に透き通っている。


 十年前の姿のまま、キミトは、ただ静かに消滅の時を待っていた。


 俺たちの気配に気づき、彼女はゆっくりと振り返る。


 きれいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。