ヒロインは闘牛士?
「フェドクスは幼い頃からずっと、私を守ってくれました。彼を悪く、言わないでください」
彼女はこちらが敬語で声を発したのが、気に食わなかったらしい。
どこか悲しげに眉を伏せながら、口元を綻ばせた。
「他人行儀な口調は、止めてほしいな。一緒に暮らしてた時みたいに、仲良くしよう?」
「母国に、私の居場所はありません」
「大丈夫! わたしだって、もう子どもじゃないわ。両親から守ってあげられるくらいの力は、手に入れたもの!」
私たちは、同じ両親の血を受け継ぐ姉妹だ。
フェドクスと話をする時のように、砕けた口調で言葉を発したとしても、不敬には当たらない。
しかし――。
どうしても、彼女の言う通りにはできなかった。
「姉妹が離れて暮らすなんて、あり得ないよ」
「申し訳、ありません」
――私が前世の記憶を持っていなかったら、こうして大好きなお姉様が迎えに来てくれたことを、心の底から喜べたんだろうな……。
もしもの可能性を脳裏に思い浮かべて、すぐにかき消す。
そもそも、じこファンをプレイした記憶を保持していなければ、私はヒロインとは再会できなかった。
彼女を悲しませることになったとしても、今はフェドクスのメンタルケアが最優先だ。
表面上はお姉様の誘いを断り、夜にこっそり抜け出せばいい。
そうすれば、きっと――。
「わたしが会いに来たのは、迷惑だった……?」
「そんな、ことは……」
「よかった!」
――誰も傷つけずに、ここから抜け出せるはずだ。
そんなふうに考えを巡らせるのに必死だったせいで、自分が生返事をしていることに気づけなかった。
お姉様はパンっと手を叩いて、笑顔で毒を吐いた。
「わたしも、妹の悲しむ姿なんて見たくない。どうしても嫌だって言うなら、その人を痛めつけるしかなくなってしまうもの」
「お姉、様……?」
「平和な話し合いで解決できるに、越したことはないもんね?」
ヒロインはプレイヤーの行動によって、5大精霊を操る精霊魔術師として名を馳せる。
ティルタラーテ王国に生まれた子どもたちは、精霊の守護を受けるのだ。
――私は精霊に、選ばれなかった。
だから……。
ここで彼女が精霊に命令してフェドクスを傷つけようとしても、障壁魔法を使って身を守るくらいしか、抗う術を持たなかった。
「お姉様のお言葉に従わなければ、フェドクスを傷つけるおつもりなのですか……?」
「うん! だって、そうしないと、一緒に暮らせないんでしょう?」
せめて、ルドルフが一緒にいてくれたら……。
私はちらりと、窓の外へ視線を移す。
いつの間にかそこを塞ぐように、ラジェスがウトウトと居眠りをしながらそこへ立っているのに気づく。
どうやら幼馴染の腕から抜け出し、閃光弾を空に放って助けを呼ぶのは難しい状態のようだ。
「もう二度と、わたしの目が届かぬところまで連れ去られないように、ゴミはきちんと掃除しておかなくちゃ!」
お姉様はこちらが絶体絶命の危機に陥り、なんとかこの状況を打破するべく四苦八苦しているなど知りもせず、「妹に近寄るありとあらゆる害虫はお姉ちゃんが退けてあげる」と言わんばかりに拳を握りしめた。
――作中、ヒロインが命を落とした妹を懐かしむエピソードからも、彼女がエミリエを大事にしていると言うのは痛いくらいに伝わってきてはいたけれど……。
これは「年の離れた妹が心配」というだけでは、説明がつかないのでは……?
頭の中で、シスコンという文字が踊る。
私は慌てて、ヒロインを止めた。
「や、やめてください……!」
「そんなに、それが大事?」
「私のせいで大切な人たちが争い合う姿など、見たくありません……!」
仮にも攻略対象を、「それ」呼ばわりなんて、あまりにも酷い。
私はなんとか2人が仲良くなれるように、説得を続ける。
だが――。
お姉様は自分を腕に抱くまでは、一歩も引く気がないらしい。
「なら、自らの意思で、わたしのところまで来て。そうしたら、何もしないであげる」
――私が彼女とこの国をあとにすれば、フェドクスに危害を加えられることはない。
ただ……。
その場合、目的を達成したヒロインと攻略対象が恋仲になれるかどうかは、怪しいものがあった。
――どうしよう。
長い間悩んだ結果、お姉様の申し出を受け入れるために、彼と繋いだ指先を離そうとしたのだが……。
フェドクスに強い力で絡め取られてしまい、叶わなかった。
「許すと、思うか」
彼は相手が誰であろうとも、一度敵だと決めた人間には容赦ない。
彼は器用に私を抱きかかえて手を繋いだまま、紫色の瞳から生気を消失させた。
「あなたは、剣士だよね? エミリエを守りながら、戦えるの?」
「馬鹿に、するな……!」
私は慌てて手を離し、振り落とされぬように首筋へ腕を回した。
彼は怒りに身を任せて剣を引き抜き、体制を整えてお姉様に斬りかかる。
「まぁ。この程度の挑発で、心を揺れ動かされるなんて……。精神的にも弱いのね?」
「フェドクス!」
「貴様が誰であろうとも……! エミリエを狙う奴は全員、俺の敵だ!」
「随分と、勇ましい騎士さんだね。まるで、闘牛みたい」
意外にも、ラジェスはヒロインを止めに入らなかった。
ぱちりと目を開けた護衛騎士から受け取ったパラソルを器用にくるくると回転させては、時折パッと開いて幼馴染の攻撃を受け流す。
その姿は、赤いドレスも相まって闘牛士のように美しかった。




