再会
――左目が再び、暗闇に閉ざされる。
右目には、幼馴染の心配そうにこちらを覗き込む表情が大きく映し出されていた。
――今見えた光景が、別の場所でリアルタイムに起きているものなら――。
確かめなくちゃ。
私は気配に敏感な彼に、思い切って問いかけた。
「外からこちらを窺う、見慣れぬ気配。数分前に、あった?」
「いや」
しかし――。
幼馴染はこちらの想像に反して、不審な人物の気配は読み取れなかったと首を振った。
――おかしいなぁ……。
ラジェスがこちらの様子を窺っているのが本当なら、フェドクスが気づかないはずがないのに……。
「誰も、いなかったの?」
「何度か察知経験のある男なら、数分前までいた」
「やっぱり……」
こちらの疑問は、すぐに解消された。
どうやら、質問の内容がよくなかったらしい。
――もっと早くに、気づくべきだったのだろう。
そうすれば、こんなふうに焦ることはなかった。
「何を見たんだ」
「準備して。説明している時間は、きっとない」
フェドクスがラジェスの存在を感知していても、私に情報共有をしなかったのは、彼に敵意がないせいだ。
幼馴染を責めるのは違うし、今はとにかく、移動することだけを考えなくちゃ。
左半分が不自由な自分は、フェドクスの力を借りなければ、急いでここを立ち去ることなど不可能なのだから……。
「どこに行けばいい」
「とりあえず――」
ここへの出入り口は、左側に1つだけしかない。
右手に見える窓からの侵入は、木登りでもしない限りは無理だ。
――追っ手から逃げるのであれば、人目のあるほうがいい。
でも、こういう時のフェドクスは――。
何も言わなければ、野性的な本能で右側からの脱出を選んでしまう。
「待って! そっちは、だ……!」
「え……っ!?」
こちらが、止める暇もなかった。
私を抱き上げた幼馴染が立ち上がってカラカラと窓を開けた瞬間、木の枝から飛び出した女性が勢いよくこちらに向かって、降ってきたからだ。
フェドクスは私を抱きかかえているから、彼女を受け止められない。
それどころか、後方に下がって避ける始末だ。
「姫様~!」
その様子を目にして、ラジェスが焦った様子でこちらへ飛び降りる。
どうにか2人は抱き合うことで転倒を免れたが、王城の一室に招かれざる
客が不法侵入してきたのは事実だ。
当然、フェドクスの機嫌は最下層まで下落した。
「もっと華麗に、登場するはずだったのに! これじゃ、全然格好がつかないじゃない!」
「不法侵入している時点で、綺麗に着地を決めても妹君からの賞賛は得られなかったと思いますよ~?」
床に転がった侵入者は、こちらが固まっているのをいいことに言い争いを始めてしまった。
私は左目が見せてくれた遠隔視によって、彼らの素性を知っている。
しかし、この国から出たこともなければ、平民として過ごしていた期間の長いフェドクスは、2人が何者かを知る由などない。
「誰だ……!」
幼馴染は地を這うような怒声を響かせ、彼らに問いかけた。
「あれ? 私を、ご存じないの?」
「たとえ女であろうとも、エミリエの命を狙う奴は容赦しない」
「そんな人が王城で暮らしているなんて、思いもしなかった! あなたは、エミリエの騎士にはふさわしくないみたいだね」
「エミリエの名を、呼ぶな……!」
――私がみんなのそばにいられるのは、ヒロインと攻略対象が顔を合わせるまで。
じこファンのストーリーが始まったら、身を引く定め立と信じて生きてきた。
フェドクスと彼女の出会いは、原作とはまったく異なる状況になってしまったが――。
ヒロインがフェドクスとの口論を中断し、目元を潤めてこちらへ話しかけてきた瞬間、私は死ぬよりも恐ろしい感情を抱く羽目になる。
「久しぶり。ずっと、会いたかったよ」
私にはもう、幼馴染の腕に黙って抱かれる権利が、なくなってしまった。
――口ではずっと一緒にいると約束したくせに、いざ予定調和が現実のものとなったら、離れがたくなってしまうなんて、どうかしているとしか言いようがない。
「こんな役立たずに黙って抱かれていないで、こっちにおいで。お姉ちゃんと一緒に、母国に帰ろう?」
私は夢にまで見た再会を喜び、こちらに手を差し伸べてくる姉へと指先を伸ばし、決別するべきなのに――。
顔面蒼白な表情を浮かべて、声を震わせながら彼女を呼ぶのが精いっぱいなんて、絶対におかしい。
「お姉、様……」
「な……っ!」
――正しい選択肢を、選び取れなかった。
そのしわ寄せは、幼馴染に向かった。
幼い頃から私がティルタラーテ王国の第二女王だと知っていた彼も、いつかこうなると予測済みだったせいか。
彼女に奪われないように己をきつく抱き締め、敵意を剥き出しにした。
「貴様が、エミリエと俺を引き裂く魔女か……!」
お姉様はフェドクスが身に纏っている黒い制服を目にしただけで、幼馴染が辺境伯騎士団に所属していると気づいたらしい。
高貴なる身分である自分に不躾な視線を向けてくるのが心底不思議で堪らないと言わんばかりに、こてりと小首を傾げて問いかけてきた。
「辺境伯騎士団の一員なのに……。私の顔を知らないどころか、睨みつけてくるなんて……。エミリエは、どうしてこんな人をそばに置いているの?」
ヒロインはフェドクスが私と一緒にいることが、どうにも納得できないようだ。
――確かに原作でも、2人の初対面は最悪で、長い時間をかけてわだかまりを解いて言っていたけれど……。
あの時の描写とは比べ物にならないほど、お姉様の反応が辛辣すぎる。
私は彼らの間に割って入り、フェドクスを庇った。




