王太子とヒロインの密会
*
フェドクスは客間に到着して早々、「貴様の役目は終わりだ」と言わんばかりに、ベッドへ横たえられた私の隣にフェドクスが堂々と潜り込む。
彼はこちらをぎゅうぎゅうと抱きしめ、2人に睨みを利かせた。
「子どもを奪われまいと、周りを威嚇する獣かよ……」
「いいんだよ、ガザン。席を外そう」
「これ、貸しだかんな?」
ガザンは指を一本立ててひらひらと手を振ってくる。
だが、フェドクスは2人が退出するまではなんの反応も示さなかった。
――ヒロインの話題、みんなの前で出さないほうがよかったかな……。
そう反省をしている間に、パタンと扉が音を立てて閉まる。
2人の足音が完全に聞こえなくなった頃、ようやく彼が口を開いた。
「俺は、怖い。あの女と出会ったら、エミリエが手の届かぬ場所へ連れ去られてしまうような気がして……」
「私はフェドクスと、ずっと一緒にいるよ」
フェドクスは瞳を潤ませ、弱音を吐き出す。
そんな幼馴染を慰めるため、幼馴染の手を握りしめた。
「もしもそうなったら、頼んでみる。 あなたとだけは、一緒に居させてくださいって」
――ヒロインと攻略対象が出会ったら、身を引くつもりだったくせに。
彼を安堵させるためにその場しのぎの嘘をつくなんて、最低だ。
真実が明らかになれば、「裏切られた」と激怒し、彼が傷つく。
最悪の結末を迎える可能性があるのに、あんなふうに優しい言葉をかけて慰めてしまったのは、意気消沈する幼馴染の姿を見過ごせなかったからなのだろうか?
「あの女は、エミリエの願いを聞き届けてくれるような人間なのか?」
彼の問いかけを受けて、はっと我に返る。
原作で姉妹が会話をする描写は、ヒロインの視点で少し語られていた程度だ。
彼女の都合がいいように捻じ曲げられていた可能性が高い。
幼少期の記憶は朧げで、ほとんど宛にならなかった。
「どうだろう。わかんないや」
「やはり、会うべきではない」
だから、断言できずに曖昧な答えしか出せない。
彼はこちらの解答を聞き、私と繋いだ指先に力を込める。
そうして、私に有無を言わせぬ表情で告げた。
「逃げよう。2人だけで、どこか遠くへ」
――彼はいつだって、恐れている。
私が他者に加害され、奪われてしまうのではないかと……。
その危惧は、神殿の一件があってからさらに強くなってしまった。
「駄目だよ。2人を置いて、行方を晦ますなんて……」
「俺とあいつら、どちらが大切なんだ」
「言わなくても、わかるでしょ?」
「俺は、君の口から聞きたい」
どんなに2人きりの時間を作っても解消できないほどに、不安が募っている。
いくら見返りを求めぬ愛をこちらへ注ぎ込み続けると豪語していたとしても、限界があるのだろう。
――このままじゃ、ヒロインと出会う前に彼が壊れてしまいそうだな……。
原作通りに話が進めば、フェドクスがどれほど傷ついたとしても、お姉様が治療してくれる。
ここは思う存分ガラスハートを粉々に粉砕したほうが、彼らと縁を切るのに都合がいいのではないだろうか?
そんな、最悪としか言いようのない選択肢が頭を過ぎったけれど……。
私はそれを、選び取らなかった。
「大事にしてなきゃ、添い寝なんかさせないよ……」
私の中に魔王の魂が宿ってしまったと言う話も、こうして自分が生き残っていることも、じこファンでは語られていない内容だ。
――私が原作通りに進むのを嫌がって抗ったせいで、攻略対象の歩むべき人生も歪めてしまった。
ゲームの内容を未来予知のように盲信するのは、止めるべきだ。
私たちがこの世界で息をしている限り、これからどうなるかなど、神にしかわからないのだから……。
「いつまでも。ずっと、一緒に……」
「うん……」
幼い頃から、数え切れないほどに抱きしめあってきたからだろうか?
彼のぬくもりを感じていたら、なんだか眠くなってしまった。
私はゆっくりと目を閉じ、夢の国へと旅立った。
*
――ああ、まただ。
『ごきげんよう』
『貴様は……』
『初めまして、殿下。わたしは、ティルタラーテ王国の第一王女。ルティアと申します』
『なんだと?』
暗闇に閉ざされているはずの左目に、ヒロインと王太子の姿が映っている。
彼らはこちらの予想通り、どこかで邂逅したらしい。
『敵国の王女が、なんのようだ!』
『殿下は、婚約者をお探しになっているとか』
『それが、どうした!』
『立候補しに、参りましたの』
彼女は白いレースのついたパラソルを自ら差して、妖艶に微笑む。
彼から怒鳴りつけられても眉1つ動かさず平常心で居続けているあたり、やはりお姉様は大物だ。
サドルーブのほうが動揺し、声を荒らげているのが気の毒でならなかった。
『わ、わかっているのか!? 私の婚約者になるということは、王太子妃になるんだぞ!?』
『ええ。もちろん』
『貴様は、ティルタラーテ王国の跡取りだろう! 王配を娶るのではないのか!?』
『それは、妹の役目です』
王太子に問われたヒロインは、胸を張って堂々と宣言してみせた。
その発言には、こちらも驚きを隠せない。
『なんだと……?』
『ご存知でしょう? 私には、妹がいるんです。13年前、あなたの国へ連れ去られた。その名を――エミリエといいます』
お姉様が私を、女王に仕立て上げようとしている?
そんなの、あり得ない。
だって彼女は、どのルートでもティルタラーテ王国の王座に君臨するのだから……。
『は……っ。あの噂はやはり、本当だったのか……!』
ヒロインだって、サドルーブが素行のよろしくない王太子だと言う知識くらいはあるはずだ。
そんな彼に私の秘密を曝け出すなど、正気とは思えない。
彼女は一体、何がしたいの?
『殿下の弟君と、懇意にされているようですね』
『ああ! あいつらは、将来を誓い合った仲だ! 私を、王太子の座から引き摺り下ろそうとしている!』
ヒロインは彼の口から私とルドルフが恋仲だと勘違いしている話が出たことをこれ幸いとばかりに、微笑みを深めた。
『殿下は、早急に婚約者がほしいのでしょう? 私も妹のそばで暮らすために、自国から出たいのです』
『貴様が私の妻になれば、邪魔なルドルフをティルタラーテ王国へ厄介払いできるのか……!?』
『ええ』
お姉様から悪知恵を与えられたサドルーブは、まるで全知全能の神に出会ったかのような錯覚に陥ったようだ。
『なんということだ……! 貴様は我が国の領土を踏み荒らす侵略者ではなく、勝利の女神だったのだな……!』
『私と婚約を、してくださいますか?』
『ああ。もちろんだ!』
『では、こちらにサインを』
彼はヒロインの提案を喜んで受け入れた。
彼女はこれ幸いとばかりに、懐から取り出した契約書をテーブルの上に置く。
王太子は細かい字でびっしりと書き記された文字を見ようともせず、ペンを手にとってサインを記す。
『サドルーブ・ヴェシェットは、ルティアに絶対服従を誓うこと』
私は目を凝らして先頭から順番に内容を流し見、驚いた。
『この契約は、ルティア・エンジェリィの申し出によっていつでも破棄できる』
――え、何? この規約……。
そこに書かれていたのは、奴隷契約を結ぶ際の文言だった。
ちゃんと目を通していれば、すぐにそれが絶対に署名してはいけないものだとわかるのに――。
馬鹿な王太子は、サラサラとペンを動かして名を書き記してしまった。
『これで、貴様は私のものだ!』
その後、すぐに紙をヒロインに渡してしまったため、すべての文字は確認できなかった。
ただ……。
『署名をした時点から、いかなる理由があってもこの契約に異論を唱えぬことをここに宣言する』
そう書かれた文字を目にして、戦慄する。
――何もかもがお姉様に有利な状態の契約を結び、婚約者に名乗り上げたってことは……。
最初から、王太子妃になる気なんてないんじゃ……?
こちらの想像を肯定するかのように、彼女は満足そうに口元だけを綻ばせると、契約書を丸めて懐へとしまい込んだ。
『ええ。これからどうぞ、よろしくお願いいたします』
『私はこれより、父上に報告してくる! 貴様も、一緒に来るか?』
『いえ。婚約を正式に成立させるためには、双方の王から許可を得なければなりません。私はまだ、殿下の隣に立つ資格がありませんので……。今日のところは、御暇いたしますわ』
『うむ。では、失礼する』
『ごきげんよう』
ヒロインはひらひらと優雅に手を振って、王太子を見送った。
彼女は彼の姿が見えなくなるまでは、口元を綻ばせていたが――。
指していたパラソルをぱちんと音を立てて仕舞った瞬間、まるで汚物を見るような目に変わった。
『姫様~。汚いドブネズミとの会話、終わりましたぁ~?』
『ご覧の通りよ』
『それは、よかったですねぇ~』
お姉様は苛立ちを隠しきれない様子で、この場に姿を見せたラジェスへ向かって声を発した。
それはどうにもじこファンに登場するヒロインらしくなくて、驚いてしまう。
『首尾はどう?』
『驚くほど、警備が薄いです。第二王子と救済の聖女なんて肩書きは、この国ではなんの意味もなさないようで~』
『どこにいるの?』
『3階の角部屋です』
『真正面から、堂々と侵入できそう?』
『さすがに、それは無理ですよ~。人目があるので~』
あっけらかんと言い放つラジェスの声を聞いたヒロインは含みのある笑みを浮かべたあと、ドレスの裾に手をかける。
『なら、やるしかないね』
3階の角部屋は、私たちが寝泊まりしている客間がある場所だ。
まさか、お姉様は――。
彼女がこれから何をしようとしているのか悟った直後、ヒロインは軽やかに駆け出した――。




