王太子の婚約者
「お帰り、フェドクス」
「怪我は!?」
「心配いらないよ。小さな侍女と騎士が、エミリエを守ってくれたんだ」
「すまない……! 俺は、エミリエの護衛騎士なのに……! ずっと、一緒にいればよかった……!」
2人は一斉に歩みを止め、フェドクスはルドルフの前に力なく崩れ落ちる。
天を仰いで後悔を滲ませる彼の瞳には、涙が溜まっていた。
「泣かないで。大丈夫だから。ね?」
「ほんと、泣き虫だよなぁ」
「それだけ、エミリエが大事なんだよ」
「オレたちと、一緒だな」
「うん」
フェドクスを必死に慰めようとする自分を横目に、親友コンビは微笑み合う。
その後、ルドルフは穏やかな口調で彼に諭す。
「遅れてきた罰だよ。部屋までは、僕がエミリエを連れて行く。いいね?」
フェドクスは納得がいかない様子で殿下を睨みつけていたが、ここで言い争ったところで私に怒られるだけだと悟ったのだろう。
渋々、ルドルフの右隣に控えた。
「しかし、サドルーブには困ったもんだな。あいつ、これからどう出ると思う?」
「僕とエミリエが、ただならぬ関係だと誤解している以上――早急に、王太子妃候補を探すだろうね」
殿下の予測を耳にしたガザンは、露骨に嫌そうな顔をする。
幼い頃から彼と交流を持ち、王城に出入りしているのだ。
王太子の歴代婚約者たちとも、面識があるのだろう。
「げっ。また意味わかんねぇ女が、ここに出入りすんのかよ」
「最悪の場合は、エミリエにもちょっかいをかけてくる」
「許さない」
「君なら、そういうと思っていたよ」
殿下はフェドクスが予想通りの反応をしていたのがよほど嬉しかったのか、くすくすと笑みを浮かべる。
その姿を確認して「馬鹿にされている」と感じたのか、幼馴染の視線が鋭くなった。
――あんまり刺激、しないでほしいんだけどな……。
こちらがいつ口論になるかと心配していたところ、ルドルフが頬笑みを消失させて本題に入った。
「これから、王城には嵐が吹き荒れるだろう」
「危険だとわかっているなら、ここにいる理由はない。エミリエを連れて、出ていく」
「それは、駄目だよ。ここにいたほうが、安全だ。今のところは、ね」
フェドクスが私を連れてどこかへ身を潜めようとしたところ、待ったをかけたのルドルフだった。
彼は左隣にいるガザンへ視線を移し、口元だけを綻ばせた。
「本当に危ないと思ったら、辺境伯に避難してもらう予定だよ。あそこには、ガザンの最愛に手を出す不届き者なんていないから」
「おう。任せとけ」
ガザンは「大船に乗ったつもりでいてほしい」と胸を張ったが、フェドクスは彼を心の底から信頼していないせいか。
なんの反応も示さなかった。
――ご機嫌斜めは、継続中ってことなんだろうな……。
2人きりになったあとが、ものすごく怖い。
訪れるであろう未来の光景に戦々恐々としていたところ、ルドルフが不穏な言葉を口にした。
「身分とか、出生なんて関係ないよ。僕たちにとって、君は――神に等しいんだ」
自分は救済の聖女なんて崇められているが、その名で呼ばれるような人間ではなかった。
彼らのほうが、よっぽど凄い。
だから、そんなふうな目で私を見ないでほしい――。
「お願いだから、言いたいことがあるならちゃんと伝えて。我慢なんか、しなくていいんだよ」
こちらが嫌そうに唇を噛み締めたからか。
殿下は口元を優しく撫でつけ、言葉を発するように促してきた。
――遠慮するなって言うなら、お言葉に甘えよう。
少しだけ、踏み込んでみようかな……。
私は恐る恐る、問いかけた。
「王太子の、結婚相手。殿下は、誰に白羽の矢が立つと思いますか」
ルドルフは、ちらりと右側に佇むフェドクスの顔色を窺った。
つまり、素直に打ち明けたら、彼が激怒する内容と言うことだ。
――やっぱり、そうなんだね。
殿下が説明したら、フェドクスの怒りがルドルフに向かってしまう。
それだけは、駄目だ。
目の前で、三英雄が険悪な雰囲気になるくらいなら――私から、話題を提供したほうがいい。
「ティルタラーテ王国の、ルティア王女ですよね」
「エミリエ!」
「私が遠隔視を初めて使った時、彼女は言っていました。必ず、迎えに行くと。2人の利害は、一致しています」
第二王子が王位継承争いに名乗り出ないように、王太子の座を確立したい兄。
そして、幼い頃に連れ去られた妹を助けるため、リジェンタス王国へ足を踏み入れる機会を虎視眈々と狙うルティア――。
「彼女は、リジェンタス王国の後継者だ。王太子妃には、ふさわしくないよ」
「私も、そう思います」
「なら……」
「考える頭があれば、私に剣を向けてなど来ないのではありませんか?」
救済の聖女は、三英雄と同等の存在である。
いくら彼が王族であったとしても、「視界に入ってくるのが目障りだから」という理由だけで、襲いかかって言い訳がない。
王太子がこのまま王座へ座るのであれば、間違いなく暴君として歴史に名を刻むだろう。
ルドルフも私と同じ意見なのか、どこか疲れたようにため息混じりの声を発した。
「頭の出来が悪い兄上を持つと、苦労するよ」
私たちの中で1人っ子なのは、フェドクスだけだ。
ルドルフは4歳違いの兄、ガザンと私は、5歳違いの弟と姉――。
みんな、年の離れた兄弟がいる。
同じくらいの年齢差ではあるけれど、その関係性は異なっていた。
殿下の言葉を借りるならば、自分の場合は「頭が回る姉を持つと苦労する」と言うことになるのだろうか?
両国の王族を巻き込んで大騒ぎするほどの価値など、私にはない。
それを姉に伝えないと――大変なことになる。
――ヒロインは作中、行動力の塊だった。
遠隔視で確認した限り、そうした性格はきちんと引き継がれているように見える。
――不出来な王太子と、私では手に負えない王女様……。
これからあの2人が、タッグを組んで襲いかかってくるかもしれない。
そう考えるだけでも、頭が痛かった。
「顔色が悪い。早く、部屋に戻ろう」
「そうだね」
私がズキズキと痛む頭部を抑えていると、些細な仕草に目敏く気づいたフェドクスがルドルフを促す。
こうして私たちは、みんなで一緒に客間へ戻った。




