一度目の襲撃(2)
――私に対する情報収集能力だけは、ずば抜けているからな……。
彼が責任を感じて不安定になるのは、避けられない。
とりあえず今は、フェドクスのことは置いておこう。
私はあえて、自らの意思で話題を変えた。
「王太子殿下は、私たちの関係を誤解なされているようでした」
「仕方ないよ。性格が悪すぎて、3回も相手側から一方的な婚約破棄を宣言されているからね」
「同じご令嬢、ですか?」
「いや? もちろん、全員別人だよ」
ルドルフルートですらも、王太子の描写じゃはほとんどない。
ただ、傲慢で弟と不仲。
そうした記載しかなかったため、殿下が口にした内容は意外で仕方なかった。
「それは……。なんと言えばいいか……。ガザンと同じか、それ以上に恋多きお方なのですね……」
「性格難でも、我慢すれば王太子妃になれる。そういう根性のあるご令嬢を、一人でも引っかけられたらよかったんだけど……。ご覧の有様さ」
――この世界って、婚約破棄は一般的じゃないよね?
何度も繰り返されているのであれば、ご令嬢たちに対する態度が最悪だと言うのはように想像ができる。
「命を狙われるのと、不良物件から愛されるの。どっちがいい?」
「どちらも、勘弁してほしいですね」
「僕たち三英雄から愛されるだけで、手一杯だから?」
――あの人には、近づかないようにしよう……。
そう心の中で強く決心したところ、殿下から意外な問いかけを受けて、驚いてしまった。
――私だって、好きで愛されているわけじゃないのに……。
本当は怒鳴りつけてやりたい気持ちでいっぱいだけど、相手は第二王子だ。
そんなことはできるわけもなく、ぽかんと口を開けて間抜け面を晒す。
そんなこちらの姿を目にした彼は、うっとりと熱を帯びた瞳で自分を見つめてきた。
「ふふ。エミリエは、本当にかわいいね。フェドクスが君を大切に思っていなければ、食べてしまいたいくらいだ」
「私は、おいしくないですよ」
「うんん。そんなことない。砂糖菓子のように甘くて――きっと、蕩けてしまうはずさ」
その後、私の唇を愛おしそうに撫でつけたあと、口元だけを綻ばせて聞いてくる。
「フェドクスとは、もうした?」
まさか殿下の口から、そんな下世話な言葉が聞こえてくるなんて……。
聞き間違いかと思って、面食らう。
――ニコニコと笑顔で聞いてくるような話じゃ、ないよね?
こう言うのは、ガザンの役割だと思っていた。
いくら幼馴染が私を愛していたとしても、こちらにその気はないのだから、唇など、許すはずがなかった。
――でも、長くは持たないだろう。
少年が押されているのは、明らかだ。
異能を使って、助けるべきか。
それとも、みんなに助けを求めるべきか――。
「大丈夫ですよ」
「で、でも……!」
「私には、この子がいますから」
懐から扇を取り出して口元を覆い隠し、車椅子の上に乗せていたくまのぬいぐるみを異能で操った。
「喧嘩は、めっ!」
私の声に反応して、クマヌーがくるくると小さな両手足を回す。
すると、サドルーブの両手から力が抜けた。
「な……っ!」
カランと音を立てて、剣が土の上に転がる。
当然、それは彼の意思ではない。
驚きを隠せない様子で絶句しているのが、印象的だった。
「今よ!」
「ごめんなさい……!」
ルネリィのサポートを受け、ベグラーは王太子の腹部へ頭突きをお見舞いする。
彼は呻き声を上げ、苦しそうにその場へ膝をついた。
「う……っ」
「殿下……!」
この状況には、サドルーブの姿を遠くから見守っていた護衛達も見過ごせなかったようだ。
わらわらと兄の周りに集まり、彼を守るべく立ち塞がった。
「悪いのは、ぼくたちじゃない! 王太子だよ!」
私は甲高い声でクマヌーが話しているかのように偽装したが、王立騎士団の面々は困惑の色を隠せない様子で視線をさまよわせている。
子どもたちは騙せても、大人に「ぬいぐるみが喋っている」と信じ込ませるのは無理があったようだ。
「いくらこちらに非があったとしても、彼が殿下を突き飛ばしたのは事実です」
「降伏して、頂けますね?」
騎士たちは疑問形で話しかけてきたが、こちらに拒否権を与えるつもりはないのだろう。
――フェドクスが王立騎士団入りを断って、本当によかった。
少し彼らと話をしただけでも、その異常性は明らかだ。
王太子に絶対降伏を誓う彼らの中に幼馴染が入ったところで、トラブルを起こすのは目に見えていた。
私はふるふると左右に首を振り、1人芝居を続ける。
「ご主人様は、嫌だって言ってる!」
「ルネリィ。お兄ちゃんたちを、呼んでくるんだ!」
「で、でも……! わたしは、お姉ちゃんを1人にしちゃ駄目って言われてるよ?」
「ぼくがいるだろ!?」
「ベグラーだけじゃ、頼りにならないよ!」
子どもたちは、ああでもないこうでもないと言い合いを始めてしまった。
――その隙を、鍛え抜かれた騎士たちが見逃すはずがない。
彼らは剣を引き抜き、一斉に襲いかかってきた。
「うわぁ!」
サドルーブだけならともかく、大人たちから寄って集って襲われては手も足も出ない。
ベグラーは悲鳴を上げ、逃げ惑い始める。
「お、お姉ちゃんは、わたしが守るんだから……!」
そんな中、私を庇うように勇敢な少女が騎士たちの間へ割って入ってくれる。
彼女は全身を小刻みに震わせながら、両手を広げて大人を見上げていた。
「退け!」
「絶対に、嫌!」
「ならば、死ね……!」
彼らが容赦なく剣を振り下ろす姿を、黙って見ているわけにはいかない。
「駄目……っ!」
こちらが防壁魔法を展開するよりも早く、ルネリィが身につけていたブレスレットが弾け飛ぶ。
あれは神殿で何かあってはいけないと、身を守る力を込めたアクセサーだった。
「な、なんだ!?」
「これは、魔法……!?」
――まさか、ここで使うことになるとは思いもしなかったな……。
王立騎士団員も、まさか私たちが魔法を使うなど想定外だったのだろう。
驚きを隠せない様子で、慌てふためいた。
「お姉ちゃん! こっち!」
相手がうろたえた隙を、見逃すはずなどない。
私たちの中で真っ先に動いたのは、ベグラーだった。
女性陣2人の手を掴んで駆け出そうとしたが、焦っていた彼はすっかり忘れていた。
私が左半身を動かせず、右手で杖をつかなければ歩けないことを――。
「ベグラー! 待って!」
「ぁ……っ」
ルネリィが引っ張るなと異論を唱えるよりも、こちらの足が縺れて身体が傾くほうが早かった。
――倒れる……っ。
私が痛みを覚悟し、受け身を取った直後――。
――パァンッ。
遠くから、銃声音が聞こえてきた。
その直後、誰かに抱き留められる。
それが誰かなど、確認しなくてもすぐに把握できた。
「う……っ!」
「スナイパーだ!」
「どこから、撃ってきた!?」
「近くにはいないぞ!?」
射撃の名手とまで言われたガザンが、敵から見えるような場所で狙撃をするわけがない。
幼馴染ならば、痛いくらいに私を抱きしめるはずだ。
つまり、この場に姿を見せたのは――。
「殿下……」
「兄上。僕たちのエミリエに手を出すなと、何度も申し上げたはずですが……」
口元だけを綻ばせ、兄を鋭く睨みつける――ルドルフだった。




