【3-1】1度目の襲撃
「貴様が、私の弟を誑かした聖女だな!」
私の左目に、魔王の魂が宿っている。
そんな衝撃徹な事実を三英雄と共有をしてから3か月後。
専属侍女になったルネリィと、王立騎士団の護衛騎士になったベグラーと一緒に、中庭ですっかり日課になった歩行訓練を行っていた時だった。
「魔王に取り憑かれた、おぞましい魔女め……!」
ルドルフの兄――王太子のサドルーブが鬼の形相で私達を睨みつけ、大声で叫ぶ。
彼は三英雄が私のそばにいない時を、虎視眈々と狙っていたのだろう。
腰元の剣を引き抜くと、当然のように襲いかかってきた。
「お姉ちゃん!」
ベグラーは小さいけれど、護衛騎士としてここにいる。
これまでみっちりと訓練を積んできたおかげか、体格差のある殿下の剣を受け流すくらいの力はあった。
彼は私を優しく抱き留めながら、静かにキレていた。
その証拠に、キラキラと光り輝く金色の髪に雷を纏っている。
普段は微笑んでいる弟がここまで激昂する姿は、目にした覚えがないのだろう。
王太子は慌てた様子で、罪から逃れようと目論んだ。
「わ、私は、何もしていない!」
「父上の冗談を、真に受けるとは……。いずれこの国を担う王太子が、聞いて呆れますね」
「く……っ。あとから生まれたくせに……! 私を馬鹿にするとは、何事だ……!」
サドルーブは悔しげに唇を噛み締め、ルドルフに食ってかかる。
しかし、彼は一歩も引かなかった。
優位に経っているのは自分だと言わんばかりに、淡々と言葉を発して追い詰めていく。
「僕は事実を述べただけです。それの、何が悪いと仰るのでしょうか」
「ぐ……っ。その女と結婚し、私を王太子の座から引き摺り落とそうと目論む。貴様が悪い!」
「仰っている意味が、よくわかりません」
「い、今に見ていろ! すぐに、王太子妃に相応しい女を見つけてみせる……!」
兄は意味不明な言葉を口にすると、王立騎士団の面々を引き連れて去って行った。
――あの人、謝罪してくれなかったな……。
プライドの高い彼らしい態度ではあるが、いい気分はしない。
残された私たちの間には、気まずい沈黙が流れた。
「ごめんね。僕のせいで……」
「いえ。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」
「どういたしまして」
殿下は私を、助けてくれたのだ。
責任を感じる必要はないとお礼を告げたところ、彼は申し訳なさそうに眉を顰めながら己を抱きかかえた。
「このまま、抱き上げて移動するね」
「殿下の手を、煩わせるわけには……」
「君が、心配なんだ」
そう言われてしまえば、無碍にはできない。
私は渋々、こくりと頷いた。
「小さな騎士と勇敢な侍女は、優秀だね」
「殿下……! ごめんなさい! ぼくが、弱かったから……!」
「わたしが攻撃魔法を使えていれば、お姉ちゃんを危険な目に遭わせなくて済んだのに……!」
「君たちは立派だったよ。本当に、ありがとう。下がってくれる?」
第二王子の命令に、子どもたちが逆らうわけにはいかない。
彼らは渋々頭を下げると、2人仲良くその場をあとにした。
「もっと早くに、使えばよかったのに」
子どもたちがいなくなったのを確認し、声を顰めた彼が語りかけてくる。
私は深く反省をしながら、謝罪を繰り返す。
「手の内は、明かさないほうがいいと思いまして……」
「だったら、助けを求めるべきだよ。あれだけの人数を相手にするのは、あの子たちだけじゃ無理だ」
「申し訳、ありません……。立っているのが、やっとでしたから……」
「移動手段を、考えないといけないみたいだね」
つねに王族として、どこか一歩引いたような行動を取っているルドルフが、己に対してこんなふうに独占欲を滲ませるなど、思いもしない。
私はどうにか身を乗り出し、殿下の腕から抜け出ようと試みる。
「1人でも、歩けます」
「襲われなければね」
「約束は、守ったはずですよ」
「誰かと一緒に行動するって言うのは、僕たち三英雄のうち誰かと一緒にいるって条件のはずだけど」
「それは約束が、違うのでは……?」
しかし、有無を言わせぬ笑顔を浮かべる彼の前では、無力だった。
結局説得に失敗し、殿下に抱き上げられたまま移動する。
「珍しいね。フェドクスが一緒に、いないなんて」
「今日は、命日なんです」
「あぁ……」
――9月9日。
それは、ハルル村の悲劇が起きた日だ。
魔王討伐の旅を続けた際は、顔色1つ変えずに普段通りの日常を過ごしていた。
でも――。
一晩にして失ってしまった両親や友人を思って、夜空で光り輝く月を見上げ、物憂げな表情を浮かべたことを――私だけが、知っている。
「出身地までは、距離がありますから。今頃、教会で神に祈りを捧げている頃だと思いますよ」
「よく、君を連れて行こうと言わなかったね」
「ハルル村が滅亡したのは、私のせいなので……」
――あの日。
ハルル村の人々が犠牲にならなければ、生贄に捧げられていたのは自分だった。
彼らの安寧を一緒に祈ろうとすれば、私が傷つく。
それをわかっているから、彼は1人で教会に向かったのだ。
――離れる必要性があれば、別行動を取ることだってある。
だが、周りからはつねにベッタリと引っついていると思われているため、ルドルフからしてみれば、この状況は意外で仕方がないようだ。
彼はどこか困ったように、瞳を細めた。
「兄上に襲われたなんて聞いたら、また過保護になりそうだね」
「黙っていて、頂けませんか」
「それは、無理かな。王立騎士団の連中は、口が軽いから」
あれほど大声で口論をしたのだ。
殿下を口止めしたところで、どうやら無駄でしかなかったらしい。
後々顔を合わせた時、殿下も「どうして俺に報告しなかった」と凄まれるのはごめんなのだろう。
こちらへ諦めるように告げてきた。




